ドラッグ×ドラッグ
「わっ!」
執務中、急にハルセさんの声が響き渡った。
その反応に何事だと執務室にいる全員がハルセさんに視線を送ると、どうやら机の引き出しを開けて驚いたようで、椅子を引いて立ち上がっている。
何、どうしたの?と声を掛けようとしたのも束の間、視界の端にヒュウガのニマニマとした締りのない顔が見え、口を閉じた。
どうせヒュウガのいつもの悪戯だろうと、踏んだのだ。
案の定、開きっぱなしのハルセさんの机の引き出しからクロユリくんが取り出したのはやけにリアル感があるおもちゃの蛇だった。
悪戯に子どもっぽいも大人っぽいもないが、今日のはいつのも増して幼稚な悪戯だ。
いつもはもっと、どこで手に入れてきたのかわからないような薬やらなんやらを使って本格的だから、若干の違和感を覚えたが、たまには趣向を変えてみた。と言われればそれ以上疑いようがない。
「馬鹿じゃないのヒュウガ。」
苦笑しているハルセさんより余程お冠なクロユリくんの冷たい目線と声色に、ハルセさんのことが大好きなクロユリくんの攻撃は誰であれ容赦ないことを知っている私とコナツくんは巻き込まれないように書類へと目線を落として素知らぬふりを決め込む。
「あだ名たん助けて!」
「え、嫌。」
せっかく存在感薄く他人のふりをしていたのに、私の背後に隠れるものだから、クロユリくんの冷たい視線はこちらにまで及んできた。
あの冷たい視線はアヤナミ様直伝といった感じで心まで凍りつきそうだ。
「恋人が今にもクロたんに射殺されそうなんだよ?!?!」
「だから?」
「オレ、今ほどあだ名たんの愛情を疑ったことないよ…。」
自分が暇だからって人に悪戯するという点を除けば好きだから安心して。と慰めにもならない言葉を言おうとしたが、それより先にクロユリくんのザイフォンが飛んできたため、ヒュウガは執務室を飛び出していった。
もちろんその後をクロユリくんが追う。
嵐が去った。
そう思い、書類の続きをしようとした瞬間、隣のカツラギさんに違和感を感じた。
カツラギさんにないはずの長い髪の毛と華奢な四肢が見える。
おかしい、どこからどう見ても女性にしか見えない。
なのにカツラギさんの面影があるというのはどういうことか。
私の視線に気づいたのか、ハルセさんもコナツもカツラギさんを見るなり目を擦り、私たち三人は目を合わせて息を飲みこんだ。
「カ、カツラギさん…??じゃない、です…よね?」
カツラギさんったらいつ身代わりの術を使ったんだと笑う準備をしたのに、マグカップを机に置いた女性は深く息を吐き出す。
「どうやらヒュウガくんにやられましたね。」
ヒュウガぁぁあぁぁぁ!!
お前何やってくれてんのぉおぉぉぉ!!
私と同じくらい声が高いそれはもう女性そのもので、よくよく見ればド迫力美人じゃないか。
白旗を上げたくなった私は相当パニックになっているようだ。
コナツなんて少佐のベグライターとしての性か、土下座しそうな勢いで謝っている。
「今日の悪戯は幼いと思っていましたが、こちらが本命のようですね。」
性別が変わる薬でも一服盛られたのでしょう。と落ち着いて推測する女性版カツラギさんは立ち上がる。
クロユリくんに交じってヒュウガをついに殺ってしまうのか…。
それなら彼女として今フォローを入れて置くべきなのか。
いやしかし悪いのはヒュウガだと、一人葛藤していると、カツラギさんは「申し訳ないのですが、この姿で仕事をしているところを人に見られては面倒ですし、今日は上がります。後は任せました。」と気配を消して執務室を出て行った。
後は任せました、というのは、ベグライターである私に『書類』をお願いしたのか、『ヒュウガの抹殺』をお願いされたのか、悩むところだ。
「少佐ってば…なんてことを…。」
「大佐、どのくらいで戻るんでしょうね。」
「ヒュウガのことだからそんなにしつこくないと思うし、長くても今日一日くらいじゃないかな。」
むしろそうであれ。そう願うばかりだ。
***
「わっ!!」
あぁ、デジャブ。
そう思ったが、昨日とは違い、声を上げたのはヒュウガの方だった。
引き出しを開けて驚いているヒュウガの手には蛇。
どうやらクロユリくんが昨日の仕返しとばかりに仕組んだようで、鼻で笑っている。
よく見れば、ヒュウガの手に握られている蛇はニョロニョロと動いているではないか。
引き出しを開けた時はおもちゃだと思っていただろうし、そりゃさすがに驚くに違いない。
「うわ、本物?!?!もぅ、ヤだ…。」
朝から止めて欲しい。
もう昨日のヒュウガの悪戯で胸いっぱいお腹いっぱいなのだ。
「今日も朝から元気で何よりですね。」
昨日薬を盛られたカツラギさんはいつもと変わらず爽やかな笑顔を浮かべ、朝の日課である皆の分のコーヒーを淹れてきてくれた。
このカツラギさんのコーヒーを飲むと『さぁ今日も仕事しよう!』という気になるから、本当は下っ端の私が淹れないといけないのに、ついいつも甘えてしまう。
「熱いので気を付けてくださいね。」
「はーい。」
ヒュウガが窓から蛇を外へ放り投げているという光景以外、いつもの朝の光景に、漸く平和がやってきたとコーヒーを啜る。
「それよりもさぁ、オレもカツラギさんが女になった姿見たかったなぁ♪」
「ヒュウガなんて蛇に噛まれたら良かったのに。」
私達3人が昨日どれほど肝っ玉を冷やしたことか。
知らないヒュウガは残念がっているし、ため息しか出ない。
それなのにカツラギさんなんて、「面白い経験させてもらいました。」と微笑んでいるし、器の大きさに感激する。
どうやら夜には元に戻ったようで一大事にならずに済んだのは不幸中の幸いか。
「ですがもうしないでくださいよ。仕事が進みませんからね。」
「まだ薬あるんだけどなぁ〜…。じゃぁ今度はコナツが女になってみる?」
「なりません!!」
コーヒーを飲みながら笑っている全然懲りてないヒュウガに頭痛を覚えながら、私の机の引き出しを恐る恐る開けてみる。
そろそろ私に悪戯が回ってくる番かも知れないと内心ドキドキしていたが、いつもと変わらぬ引き出しの中身にホッと胸を撫で下ろした。
「え?あれ?」
「少佐っ?!?!」
ずっと、女になる?なりません!と言い争っていた2人の会話の内容がふと変わったことに、引き出しから目線を上げた。
「ちょ、ヒュウガ?!?!」
足から消えていくヒュウガの名前を呼ぶが、瞬きをする間もなく、あっという間にヒュウガは消えてしまった。
目を疑う中、持ち主を急に失ったコーヒーカップは重力に従って落ち始めたが、すかさずカツラギさんがコーヒーカップを空中で受け止めたため、被害はでなかった。
いや、ヒュウガがいないという被害はあるが。
「安心してください、透明になっただけです。夜には元に戻りますから。」
いつ戻るのだろうかと聞き辛いほどのニッコリ笑顔。
ヒュウガがすぐそこにいるであろう場所を眺める。
ヒュウガの気配すら感じないからすごい。
「さ、これで静かになりましたね。」
コーヒーを淹れてきてくれた時となんら変わらないカツラギさんの笑顔と、受け止められたコーヒーカップを交互に見ながら、私はカツラギさんだけは怒らせないようにしようと心に誓った。
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