再愛



冬が終わって春が来て、過ごしやすい季節を肌で感じる中、私は友人たち3人で一区にプチ旅行に来ていた。
親の脛を齧って高校に通っている身ではあるが、冬はバイトを詰められるだけ詰めて自分で稼いだお金で旅行をするのは初めての経験。
一区の名所はもちろん、おいしいものをたくさん食べてすっかり満足し気分が高揚していた私たちは『来年は卒業旅行しようよ!』と新幹線のホームへと向かっている。

この時期はそれこそ卒業旅行を楽しんだであろう高校生や大学生で駅がごった返していたが、私達のテンションはまだ上がったままだ。
きっと帰りの新幹線の中では少し寂しいような気持ちになるんだろうと一人思いながら、ふと時計を見るとすでに出発まで10分を切っていた。


「ちょっと走った方がいいかも。」


そう切り出したのは友人で、私も頷いて走るために左手に持っていた荷物を抱え直した時だ。
視界の隅で、腰を曲げたおばあさんのバックから財布を取り出すのと共に新幹線の券が落ちたのが見えた。


「ごめん、先行ってて!新幹線先に乗ってていいから!」


ちょっとどこ行くの!!新幹線来るよ!!と背後から声が聞こえたが、私はすでに走り出していた。
人の合間を縫って券が落ちた辺りを見渡せば、数回人に踏まれた跡を付けた乗車券を見つけて顔を上げる。
今度はこの人ごみの中、小柄なおばあさんを探すのは無理かもしれないと一瞬頭を過ったが、歩くペースがゆっくりだったおかげで、意外にもすぐおばあさんを見つけることが出来た。
おばあさんは乗車券を失くしたことに気付いていなくて、何度もありがとうとお礼を言われてから、踵を返す。
もちろん友人の姿はなくて、私はもう一度時計を見た。


「やばい。あと3分しかない、あれ、何番ホームだったっけ。あれ。」


私が乗る新幹線は最終便だ。
私の住む区は田舎で、まだ夕方だというのにこの新幹線が最後だなんて今更ながら信じたくなくなってきた。
この新幹線を逃せば今日は野宿決定だ。
バイトで溜めたお金は今回の旅費ですっからかん。むしろホテルに泊まるどこか、帰りの新幹線代だってない。
サーッと青ざめていると、「どこ行き?」と男性に声を掛けられてそちらに顔を向ける。
私よりいくつか年上であろう黒髪の彼が私の手元を覗いていた。
乗車券だ。
きっとさっきのひとり言を聞かれていたのだろう。


「ぁ、あの、3区行きの…、」

「おいで、走るよ♪」


肩に掛けていた旅行バックを取られて右手を掴まれたと思ったら、彼は驚く私に構わず走り始めた。
グイッと引かれた手につられて私も走り出しながら、前を走る彼を見上げる。
高身長な彼は軍人なのか、軍服を着ていた。
その深い色をした軍服から覗く手には白い手袋が嵌めてあったが、その手袋から伝わる温かさが今はとても心強く感じて強く握る。
そうすると、階段を上がる途中で彼は私の走りながら振り返りながら「大丈夫?」と声を掛けた。
全然大丈夫じゃない。脇腹は痛いし、体力だってそんなにない私だったが、「だいじょうぶ、です!」と半ば無理矢理自分の足を叱咤して気力を振り絞る。
そんな私の強がりを見抜いていたであろう彼は、「あとちょっとだよ」と口の端を上げて笑った。
息を切らして階段を上がると、3区行きの新幹線の出発を告げる音がなったが、彼は閉まる寸前のその新幹線に私と持ってくれていた荷物を押し込む。
そうした直後に新幹線のドアは閉まった。
間一髪とはこのことだ。
私はドアの窓越しに彼を見つめてお礼を言おうとしたが、悲しくも新幹線はすでに走り出しており、彼の姿はすぐに見えなくなった。




***




私は1日たりともあの日を忘れたことはない。
何といってもあの出来事は私の人生を大きく変えたのだ。

まず、卒業までの1年は体力をつけるために毎日ジョギングを始めた。
もちろんすべては軍人になるために。
あの出来事は初恋に他ならないが、こうして彼の後姿を追うように士官学校に入学して数年が経ち、軍に入隊した頃には『いい初恋だったなぁ』と懐かしめるくらいになったけれど、いつかまた出会えたらその時こそお礼を言いたいと思っている。
名前を言うどころか、聞いてすらいないのが悔やまれるところだ。
実際、軍に入ったはいいものの、未だに彼を見つけることができないでいるし、数年が経過している今、私の記憶の中の彼も曖昧な部分が多い。


「名前さん、この書類のコピーと、こちらは日付と重要度順に並べて貰えますか?」

「はい、大佐。」


まだブラックホークに入って1年。
大佐のベグライターとしてそれなりに上手くやっていけていると思う。
人間関係も、それなりに。

執務室に隣接している小さなコピー室に入ってコピーを取っていると、「あだ名たんこれもよろしくね。」とヒュウガ少佐が顔を覗かせた。
あまり良くない噂が跋扈するこのブラックホークの一員となったことで、噂はあくまで噂だったのだと理解するのと同時に、彼はよくわからない人だと認識している。
それでも、細かいところに気付いてくれる優しさを持ち合わせていて、そんなよくわからない人を好きになってしまった私がいるわけだが。


「何部刷りますか?」

「ここの人数分。」


7部ですね、とコピーのスイッチを押して印刷されるのを待っていると、背後から私を覆うようにヒュウガ少佐の手がコピー機に乗せられた。
ヒュウガ少佐とコピー機の間に挟まれていることを自覚した時には、7部なんてあっというまに擦り終えていたが、妙な緊張感と、背中に当たる少佐の体温で動けない。


「あの、…。」

「今晩ご飯でも一緒にどう?」


ご飯に誘うだけでこの至近距離。
もう少し離れてくれなければ、このうるさいばかりのドキドキが伝わりそうで怖い。
しかしいっそのこと伝わってしまうのもありかもしれない、と最近はよく思う。
少佐の気持ちが誰に向いているのか、それがわからないほど子どもでもない。


「えっと、少佐のお仕事がちゃんと終わったら…。」

「じゃぁ、いつも通りで♪」


いつも通りとは、19時に軍の正面玄関で待ち合わせるということだ。
それほど私は少佐にご飯に誘われているし、今みたいにスキンシップも激しい。
自惚れないはずがないのだ。

それにしても少佐は本当に仕事を終わらせるつもりなんだろうか。
刷ったばかりの7部と原本を取った少佐の、ランランと一人コピー室を出ていく後姿を見て、終わらせられるのかと首を傾げながら大佐に頼まれたコピーを済ませた。




***




本当に仕事を終わらせて時間通りの出発となった少佐のおかげで、時刻はまだ9時を差したばかりだ。
因みにこれは余談だが、仕事を終わらせた時のヒュウガ少佐よりコナツさんの方が嬉しそうな顔をしていたのは印象深い。

私の希望で、東にある島国の和食という料理に舌鼓を打って店から出ると、外はすっかり暗くなっており、今はあの時の名も知らぬ彼と出会った時の季節と同じで、昼間は太陽の暖かさでポカポカとしているものの、日が暮れた夜は若干の肌寒さを感じた。
いつものように軍へ向かってどちらからともなく歩き出すが、明日は休日だし、もう少し彼と一緒にいたい。


「まだ帰りたくないですね。明日お休みだし、このまま飲みにでも行きませんか?」

「誘ってるの?」

「純粋に飲みに誘ってるんです!!」

「あだ名たんがその気ならよろこんで応えるけど?」

「もう!何考えてるんですか!」


ヒュウガ少佐の悪いところはその言葉が冗談か本気かわからないところだ。
彼の一言に振り回されてしまう私は困ってばかりだ。
今だって茶化さないで欲しいと拗ねているのに、彼は口の端を上げてにんまりと笑っている。


「何だと思う?」


意地悪な質問に今度こそ口を尖らせた。
そんな質問に私は何と返せば正解なのか。
少佐だって私の気持ちが誰に向いているのかわかっているはずだ。
彼だって子どもじゃない。
答えあぐねていると、少佐の少し困ったような声が聞こえた。


「まぁねぇ、オレだって好きな子に誘われればさすがに調子に乗りたくなるよ。」


一瞬耳を疑って、それから静かに今の言葉を脳裏で噛み砕く。
好きな子に、誘われば。
彼は今確かにそう言ったのだ。
何だかんだ言ってこのままどこかに飲みに行くんだろうなぁ…。くらいにしかこの後のことを考えていなかった私としてはあまりの急展開すぎる衝撃にくらくらする。
しかし、両想いなだけにこのまま黙っている訳にもいかない。
彼が想いを伝えたように、私も伝えなければと足を止めると、1歩先で少佐も立ち止まって振り返る。


「私も好きです。あ、でも、その、色んなことは、えっと、もうちょっと、待ってほしい……です。」


緊張して声は震えていたが、思っていたよりも冷静に気持ちは伝えられた。
これで両思いなのに、少佐からの反応に少し不安でいると、少佐はちょっとだけ残念そうに笑ったが、その後すぐに頷いてくれた。


「じゃぁちょっとずつでも慣らしていこっか♪」


差しのべられた手にそっと手を重ねる。
私の手の温度より少し暖かくて、緊張するのと同時に矛盾にもホッとした。


「いい大人なのに学生みたいなこと言ってごめんなさい。すぐ慣れるように頑張りますから!」

「えぇ??すぐ慣れちゃうの?」


勇気を振り絞って宣言したというのに、「それもそれで残念。」と笑う少佐の腕を、「どっちが良いんですかー?!?!」と半ば半泣きで叩く。
あははと笑っていた少佐も、私が叩くのを止めると一呼吸おいてから「待つよ。」とだけ言った。
子どもっぽさが目立つ彼だが、こういうところは紳士かもしれない、と目を輝かせてドキドキしている側で「って言うのもホントだけど、あんまり遅いと無理矢理奪っちゃうから☆」と付け足した少佐はやっぱりどこまでも少佐だとある意味安心した。

夜空越しに彼を見上げ、恋が叶ったことを噛みしめる。
数年前の初恋も良かったが、今ある幸せも愛おしい。
あの時彼が助けてくれなければ私は軍に入隊していなかっただろうし、そうしたら少佐と出会うこともなかったはずだ。
彼にはお礼を言っても言い足りないだろう。

昔を思い出していたからだろうか、「こっちにおいしい店があるんだよ」と隣を歩く少佐の声がふと彼に似ているような気がした。
いや、もう何年も前の記憶なんて宛てにすらならない。
少佐があの時の人だったらいいのにな、という私の願望が作り出しているのかもしれないともどかしくなる。
黒髪だし、高身長だし、手は…


「頬っぺた赤いね。」

「えっ?!?!」


考え込んでいたため、思わぬ指摘に恥ずかしくて心臓がドキリと跳ねた。


「うそ☆暗くて頬っぺたの赤みなんて見えないよ。」

「茶化さないでくださいよ!!父親以外の男性と手を繋ぐなんて初めてでドキドキして死にそうなんですから!」
「初めてじゃないでしょ?」


え?と首を傾げる私に彼はニヤリと笑った。
心臓が一際大きく鳴って、もしかして、という気持ちが急に浮上する。


「2回目。」


そんな、まさか。と、思考は動くのに声が出ない。
口元を手で覆い、1日に2度もこんなに驚くことになるなんて。


「もう忘れちゃった?」


そんなことない。忘れたりしたことなんてない。上手く言葉が出てこないから、必死に頭を横に振る。


「あの時、乗り遅れないでよかったね。」


そういって笑った彼に、私はあの時と同じように繋がれたその手をキュッと握り返した。
たくさんのお礼を言うために、初恋だったというために。勇気を込めて。


再愛

どうやら私は、2度同じ人に恋をしたようです。

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