永世中立女子
中央第6小部隊という下っ端部署に属する私には、日頃これといった仕事はない…はずなんだ。
同僚と同じように毎日書類と向き合ったり、訓練が主なはずなのに、何故か私は人一倍動いている気がする。
いや、事実、動いている。
それもこれも、
「オレが頼んだのこれじゃないよ?」
一度は手渡したはずの資料がすぐさま手元に返された。
そう、私は何故か他部署のヒュウガ少佐にパシられているのだ。
「す、すみません…」
「3年前の第2区の資料、よろしくね♪」
「…はい。」
踵を返してもう一度資料室へつま先を向ける。
ブラックホークの執務室ではベグライターのコナツさんが憐みの眼差しを向けていたが、同情よりなにより貴方の上司をどうにかしてほしい。
ヒュウガ少佐は私を私物化しているようでならないのだが、少佐というそこそこの階級である彼に士官学校卒業したての下っ端で雑兵でぺーぺーの私が逆らえるわけもなく。
それならと隊長に相談もしてみたが、隊長も少佐という地位にいるお方には大層弱かった。
体調が私のためにやってくれたことといえば、『すまない、頑張ってくれ』という申し訳なさそうに励ましの言葉を一つ掛けてくれることだけ。
一先ずそれを糧に頑張ってはいるが、パシられ初めて1か月…。
そろそろ挫けそうだ。
「絶対聞き間違えてなんてないと思うんだけどなぁ…。」
資料室に戻り、昨年の資料を棚に直して3年前の資料を探し始める。
今更3年前の資料なんて持ってこさせてどうしたいんだろうか。
彼が真面目に仕事をする性格じゃないことくらい、当の昔に知っているため、どうせ嫌がらせなんだろうとため息を吐く。
これはいつもの事だが、『これは違う』『これも違う』『あ、やっぱりあれだった』とコロコロ言うことが変わるものだから何度も何度も少佐の元へ行き来している状態だ。
きっと今回も『あ、3年前の第3区の資料だった☆』とかで落ち着くに違いない。
あとこれを何回繰り返せば終わるのか。
…少し、休もう。
「なぁに名前ってば、またヒュウガ少佐にパシられてんの?」
本棚の近くにあった踏み台に腰を下ろしたところで、資料室管理の友人が声を掛けてきた。
士官学校時代からの友人である彼女こそ、この資料室を管理するという職務なのだから少佐のところに資料を持って行ってあげればいいと思う。
「放っておいて…。」
膝を抱え、そこに顔を埋めて拗ねると、友人は「こりゃ結構キてるねー」と笑った。
全然笑いごと違うのに。
「パシられるの大変だろうけどさ、他人に興味ありませーんって顔してるあの少佐から目を掛けて貰えるだけでもすごいと思うよ?前向きに考えなって。」
「目を掛けるっていうのは贔屓してるとか、可愛がってるってことでしょ?絶対それ違うから。嫌がらせだよ、こんなの。」
「まぁまぁ。」
どうやら私を宥めたいようだが、この1ヵ月で私の心はすっかり荒みきっている。
今更優しい言葉を掛けてくれたって響かない。
口を尖らせて、あと15分はこうしておこうとため息を吐く。
「私仕事あってあっちの方いるから、拗ね終わったらおいで。紅茶くらい淹れてあげる。」
友人の足音が遠ざかるのを聞きながら、やっぱりあと10分だけこうしておこうと現金にも紅茶に心揺らいだ。
静かすぎる資料室で一人物思いに耽ってみる。
何故私はヒュウガ少佐に目を付けられてパシられているのか。
一体全体私が何をしたというんだろう。
士官学校でも中の中という成績、良くもなければ悪くもない、静かなグループにも元気のいいグループにもどちらにも馴染める、中立ポジション街道まっしぐらだったというのに、わざわざ部署が違う私をパシるなんて、私は自分が気付かないうちに何かしてしまったんだろうか。
ヒュウガ少佐には優秀なベグライターがいるんだから、私に頼むなんて必要がない。
パシられ始めたのだって、急に向かい側から歩いて来ていた少佐に『君、名前は?』から始まり、『これ、一緒に執務室まで運んでくれる?』という会話からだ。
別にこれといって私に要因があるとは思えないんだけど。
膝から顔を上げて本棚に背中を預ける。
なんだか考えるのもパシられるのも疲れてしまった。
他部署の彼にパシられるということは、もちろん自分の仕事は進んでいないわけで、本来ならこんなところで油を売っている場合じゃない。
だけどそんな心身ともに疲れ切っている私はそのまま瞳を閉じてしまった。
静かすぎる資料室と私を馬車馬のように働かせるヒュウガ少佐が悪いんだ…と夢と現を行き来していると、コツコツと足音が聞こえ始めたが起きる気は一切ない。
早々に去ってくれと思っていたが、足音はどうやら私の前で止まったようだ。
友人が紅茶を淹れたよ、と教えに来てくれたんだろうか。
瞳を開けようとしたその瞬間、ふわりと私の前髪が風に揺れたと思ったら唇に柔らかい何かが触れた。
驚いて瞳を開けると、目の前にいた人物に驚愕する。
「ヒュウガ…少佐??」
「起きちゃった♪」
「はっ?!えっ?!?!」
「あんまり遅いから迎えに来たよ☆」
今この人何してくれちゃったの?!?!
放心して動けないでいる中、少佐は悪びれた風もなくいつもの笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
そのことに次第に沸々と怒りが沸いてきた私は唇を戦慄かせた。
「な、なんでキスとかするんですか。ひどいです。これも嫌がらせですか?!」
「これも…って、オレあだ名たんに嫌がらせした覚えないけど?」
「1ヵ月ずっと急に私の事呼び出したりしてパシリに使ったじゃないですか!1日に何回も何回も…。ひどいです!」
叫んだ拍子にぽろぽろと涙が堰を切ったように流れ出した。
少佐はそんな私にギョッとしたようだったが、すぐに親指で零れる涙を拭ってくれるが、触らないでくださいとばかりに首を振る。
「私、少佐に何かしましたか?何かしたのなら謝ります。」
「んー…謝るのはオレの方みたいだねぇ。パシってたつもりはないんだけど、ごめんね。」
あれをパシってなかったというのかこの人は。
一体どういう感性してるのかわからなくなってきた。
触ってほしくないくらい嫌いなのに、頭を撫でてくれるこの手はとても優しく感じてしまっている自分もよくわからない。
「オレ、ただあだ名たんに会いたかったんだよねぇ♪」
「はい?何言ってるんですか?」
「嫌な思いさせてごめんね。」
何。
なんで急に優しくなってるの。
全然この人の事がわからない。
「オレ怒らないから、嫌なら嫌って言っていいよ。」
「私より階級が上の人にそんなこと言えないです。」
「もちろんオレにだけ。で、あだ名たんだけ特別に聞いてあげる。」
優しい声色に、私は「じゃぁ…」と遠慮を失くしてみることにしてみた。
言わなきゃ伝わらないと思うし。
「じゃぁ、まずそのふざけたあだ名やめてください。」
「……うん。」
一瞬少佐が傷ついたような表情を浮かべて心臓を押さえたが、この際だから気のせいということにしておこう。
「資料取りにいくのはいいですけど、わざと間違えた資料とか取りに来させないでください。」
「うん。」
「私も訓練とかデスクワークで忙しいので1日に何回も呼び出さないでください。」
「うん。」
「とりあえず、今思い浮かぶのはこれだけです。」
「じゃぁ、オレから一つお願いがあるんだけど、いい?」
遠慮なく言わせてもらったので、まぁ一つくらいならいいかと頷く。
「これからは、オレから会いに行ってもいい?」
この人の思惑は何なんだろう。
予測もつかない。
「…何でですか。来る必要ないです。」
「言ったでしょ、オレがあだ名たんに会いたいの♪」
私に会っても面白いことなんて一つもないだろうに。
なにせ私は自称、永世中立女子だ。
辺り触りないことしかできないと思う。
なのにどうして彼は私なんかに会いたいというのか。
そんな私が少佐の気持ちを知るまで後数時間…。
「ねぇ、今日仕事が終わったらご飯でも一緒にどう?」
永世中立女子
(ヤ、です。)
(え、そこ即答?!?!)
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