黙然幸福論
『あだ名たんってさ、男友達多いよね。コナツは何も言わないの?』
電話口でのヒュウガの言葉に私は数秒間だけ目を点にして首を傾げた。
今さっきまでは友人と今度遊びに行く話や今日はコナツがどうだったとか、話したり聞いたりしていた和気藹々ムードの中、思わぬ質問だ。
ソファの上に座っていた私は、膝を曲げて両足を抱え込む。
「何って…何も??え?男友達多いのって駄目なの??」
女であれ男であれ、友人は友人だよ??とまたもや首を傾げる。今度は逆方向に。
そうしていると、電話越しに『うーん。』と悩ましげな唸り声。
『もしあだ名たんがオレの彼女だったら、嫌とは言わないけど内心穏やかじゃないなぁ。』
それは所謂嫉妬というものだろうか。
はたまた独占欲。
そんな風に思い至って、今度は私が「うーん」と唸る。
よくよく考えてみたらコナツはいつも優しいし、たまに怒られたり強引なところもあるけど、基本的に私を優先してくれる。
この間だってショートケーキの一個しかないイチゴの部分をくれたっけ。
ショート―ケーキの命ともいえる部分なのに。
遠慮なく貰った覚えしかない。
「あだ名たんのその男女分け隔てなく楽しめるところもオレは好きだけどねぇ♪」
「私もヒュウガとおしゃべりするの好きだよ。」
コナツとは同じ軍でも部署が違うから、今日のコナツの様子とか聞けるし。
何よりヒュウガは話し上手だ。
そんなことより今私が一番気掛かりなのは、コナツはまだ帰ってこないのにヒュウガはすでに私室に帰ってることだ。
今日も私の恋人は残業なんだろうか。
折角彼の私室で頑張ってご飯作って待ってるのに。
「そういうところかなぁ…。」
そういうところってどんなところさ。そう聞けば、彼は『簡単に異性に好きって言っちゃうところ』とご指摘を頂いた。
別に女友達にだって普通に言うけど。自然体で一緒にいられるのが好きとか、いろいろ。
「普通は嫌なもの?恋人が異性と仲が良いのって。」
『少なくともオレはね。逆に考えてみなよ。あだ名たんはコナツが他の女の子と仲良くしゃべってたり遊びに行ってたりしたらどう??』
「え??ヤダ。」
そんなの絶対ヤダ。
そりゃぁ許せることと許せないことがあるけど、あんまりどころか全然いい気分じゃない。
内心穏やかじゃない??そんなまさか。大荒れじゃないか。
『でしょ?』
「それ考えるとさ、私コナツから嫉妬されたことないかも…。」
急に自信が無くなってポツリと呟けば、数秒間が空いたのち『はぁ?』と呆れたような声が響いた。
『それ絶対あだ名たんが気付いてないだけだって。』
「そうかなぁ…。」
コナツはヒュウガみたいに嘘つきじゃないからなぁ。どちらかといえば素直だし。と内心思っていたを口走っていたらしく、ヒュウガが『それオレに失礼だよ!!』と喚いたところでガチャリと部屋の扉が開いて待ちに待った彼が帰って来た。
コナツ帰ってきたから、またね。助言ありがと!と言ってヒュウガの返答を待つことなく電話を切ってソファから立ち上がる。
「おかえりコナツ。」
「ただいま。電話してたみたいだけど、切って良かったの?」
扉を閉めてソファへと近づいてくるコナツは、上着を脱ぎながら私の携帯をチラリと見た。
「いいのいいの、ヒュウガだから。それよりお腹空いてない?シチュー作ったんだけど食べる?」
「うん。名前はもう食べたの?」
「まだだよー。コナツ待ってた。」
えへへと笑ってキッチンに立ち、シチューを温める。
パンをトースターの中に数個入れて焼いている間に、盛り付けの終わったサラダを2皿冷蔵庫から取り出していると、部屋着に着替えてきたコナツがそれをテーブルへと運んでくれた。
コトコトと美味しそうに煮込まれているシチューをお皿に注いでいる私の隣で、今度は焼けたパンをコナツが運んでいく。
お互いに何をしてと言わなくてもして欲しいことがわかってしまうそんなやり取りに、1人でこっそり笑った。
テーブルを挟んで向かい合うように席に着くなり2人で熱々のシチューを食べる。
コナツがおいしいと言って食べてくれるのは、やっぱり嬉しい。
そんな中、先ほどのヒュウガとの電話の内容がやけに気になって、私は恐る恐るといった風に口を開いた。
「あのね、明日友達に飲みに誘われててね。それが男友達も混ざってて…」
明日は土曜日だ。
毎週土曜日はいつもコナツの部屋に泊まっており、それはすでに、遊びに行きたいと言ったり、誘われたりするわけではないほど自然なこととなっていた。
それに、昼間ならよく友人と遊びに出かけたりしているものの、土曜の夜というのはここ最近ではずっとコナツを優先している。そして、それをコナツも知っているはずだ。
なのに。
「いいよ。」
思っていたよりもあっさりとした返答だった。
私だったら嫌だと先ほど思ってしまっただけに、驚いてしまう。
「え、いいの?男友達もいるんだよ??」
「2人っきりなの?」
「違うけど…。」
「複数な上に友達なんでしょ?気にせず行っておいでよ。あ、帰りは電話して。迎えにいくから。さすがに夜道は危ないしね。」
あれ…普通??と内心動揺してしまう。
ヒュウガはオレだったら嫌だと言っていた。
人それぞれだしね。と思わなくもないが、嫉妬されないというのも何だかなぁ…とちょぴり不安にも思ってしまう。
「うん…ありがと。じゃぁ、行ってくるね。」
誘われていたことは確かだったが、本当は行かないつもりだった。
2日前にすでに断りのメールだってしていたが、またメールしなきゃなぁ、なんて思いながら食べたシチューは何だかさっきより味気なく感じた。
***
「私、帰るね。」
楽しかった。
久しぶりに友人たちと飲んで笑って馬鹿みたいに騒いだりして。
なのにどこか気持ちは上の空で、落ち着かなくて。
この場に来た経緯が疚しい気持ちから来たせいかもしれないが、気付いたら自然と今の言葉が口から滑り落ちていた。
「え?もう??」
「うん…。なんか体調あんまり良くないっぽくて。」
「来た時から名前ってば元気ない顔してたもんね。送ってこうか??」
「いやいや、女が女送ったって心配なんだけど。俺が送るよ。」
男友達が腰を上げようとしたところで、私は「大丈夫」と首を振った。
「彼氏が迎えに来てくれるし。店出たら電話するから。」
「いいなーそんな彼氏ー。」
私の一言で沸き立つ友人達はお酒も入っていて絶好調だ。
隣の友人にお金を渡して店から出ると夜風が冷たくて、マフラーを持って来ればよかったと思ったけれどお酒で火照った頬にはとても気持ち良かった。
バックから携帯を取り出してコナツに電話を掛けるが、なかなか出てくれない。
一人大人しく歩いて帰るか、と思ったところで漸く電話口で声が聞こえた。
『名前?もしかしてもう終わったの?』
「終わったっていうか、……コナツに会いたくなって抜けたとこ。」
体調不良なんて嘘だ。
彼だけには素直にそう告げると、急にコナツからの反応が無くなった。
携帯壊れたかな、とまだ通話に鳴っていることを目で確認してからもう一度耳にあてる。
その電話の向こうでは水音が聞こえて、もしかして彼はシャワーを浴びていたせいで電話に出るのが遅れたんじゃないかと思い至ったところで「今どこ?」とやっと彼の声が聞こえた。
その声は第一声よりもどこかぶっきら棒だ。
こんな話し方をする時のコナツは大体照れてるのを私は知っている。
「今お風呂入ってたんじゃないの?湯冷めするから一人で帰るよ。歩いて15分も掛からないし。」
「いいから。どこ?」
思いの外引かない彼に、私が今いる店の名前と場所を教えると「すぐ行くからそこで待ってて。」と電話が切れた。
どうやら彼は来てくれるらしい。
明日コナツが風邪ひいたらどうしよう、と心配していると、店の中からさっきまで一緒に飲んでいた男友達が出てきた。
因みに送ってくれると申し出てくれた彼だ。
「彼氏、来てくれるって?」
「うん。ここで待っててって。」
「名前の事だから夜道も平気とか言って帰りそうだったのに。」
長年の友人の勘は見事だ。
コナツが来なかったら一人で歩いて帰るところだった。
そんなにわかりやすい性格してるかな、と苦い顔をしたところで、店の中から友人の奇声が聞こえてきて2人顔を見合わせて笑った。
「ユキちゃん、今日も一番元気だねー。」
「あいつが一番酒豪だからなぁ。」
「今日も送って帰らないといけなくなりそうだね。」
「それもおぶってな。」
簡単に想像できてクスクスと笑っていると、夜風が私の髪を揺らしたと思ったら目の前にホークザイルが止まり、コナツが私を見つめた後に視線を横にずらして隣の彼を見た。
「名前を一人にしないでいてくれてありがとう。」
「いや、礼を言われるほどじゃ。」
2人が話している間、二人乗りのホークザイルに乗りこんでコナツのお腹に手を回す。
「またね。」
「おう。早く元気になれよ。」
「ありがと。」
お礼を言っている私に、コナツは「じゃ、行くよ」と持ってきたらしい私の首にマフラーを巻くなりホークザイルを夜の闇の中へと発進させた。
お店の明かりが遠くなるのをしばらく見ていたが、「体調悪いの?」とコナツに話しかけられて前を向いた。
「ううん。抜けるための嘘。コナツ、髪濡れてる。」
半乾きの髪に右手で触れば、ちゃんと掴まってないと落ちるよ。と言われてすぐに手をコナツのお腹に手を回した。
「ごめんね。迎えに来てくれてありがとう。」
「名前ってばあの友達に送ってもらうつもりだったの?」
「一人で帰るつもりだったよ?コナツとの電話切った後にお店から出てきてくれたの。」
「一人でって…。いくら名前が軍人で一般人より強かったとしても、女なんだからね。」
呆れたように咎める声は心配してくれているのだと嬉しくなってつい笑ってしまえば「聞いてるの?」と怒られた。
***
「迎えに来てもらってる私が言うのもなんだけど、風邪ひかないようにね?」
ホークザイルから降りてコナツの私室へと戻ってきた私は、マフラーを取って脱衣所へと駆け、ドライヤーを持って戻ってくるなりソファの背もたれ越しに立ち、コナツに座るようにソファをポンポンと叩いた。
コナツは拒否するわけでもなく大人しく座ってされるがまま髪を乾かさせてくれる。
ブォォと大きな音をさせて熱風でいつものサラサラな髪になったところでドライヤーを切った。
「彼と一番仲良いの?」
乾かしている間に会話はなかったはずだ。
一瞬誰の事かと数回瞬きして考えて漸くさっきの店先での『彼』なのだと気付く。
「まぁ、男友達の中ではね。」
「外で2人っきりだったね。」
いつもよりトーンが低い気がして、もしかして浮気を疑われてるんじゃないかとドライヤーを置いて急いで彼の目の前にまわった。
「お店の中には女友達もいたからね!!」
彼の隣に座って顔色を伺えば「わかってるよ」と返された。
特に怒っているわけでもなさそうだ。
「別に名前が浮気してるんじゃないかって疑ったりしてないよ。ただ男と2人きりって知ってたらもうちょっと急いで来ればよかったと思っただけ。」
5分くらいで来てくれたんだから十分だと思う。
しかし彼はどう見ても納得してないようだ。
怒ってるわけでもなく、悲しんでいる風でもない。
「コナツも妬いてくれるんだね。」
妬いてくれてることが嬉しくて微笑めば、コナツの瞼がピクリと動いた。
「何?名前は僕が今まで妬いてないとでも思ってたわけ?」
さっきのトーンよりもっと低くなっているような気がして微妙な雰囲気が漂い始めた。
妬いてくれたのが嬉しかっただけなのに、どうやら今のセリフは地雷だったようだ。
しかも今のセリフだと、今までずっと妬いていたということになるわけで…、
「名前が男もいる飲み会に行くことに僕が何も思わないって??電話だっていつも少佐と楽しそうだし、名前は意識してないし何でもないみたいな顔してるけどさっきの彼も、少佐だって男なんだからね?」
そう言うなり視線を私から横へとずらした彼はどう見ても拗ねていて可愛い。
そんな心境が顔に出ていたのか、『拗ねてる、可愛いー』とキラキラした目で見てしまっていた私に、コナツはジロリと視線を戻した。
「何その顔。」
何か腹立つんだけど。と両頬を引っ張られるが、中々頬の緩みは抑えられない。
「全然反省してないよね。」
「してるしてる。」
「いいよ、今日は僕の好きにするから。」
キラキラした私の瞳とは正反対なギラリとした瞳を一瞬だけ見せた彼に、あ、まずいかも…。と危機感を覚えた時にはすでに遅く。
ソファに押し倒されるなりうつ伏せにされ、髪を横に除けられたと思えば項にキスが落とされた。
「ごめんなさい!次からは気を付けます!コナツの気持ちも考慮します!!」
だから降参!!と振り向こうとするが肩をソファに押されてそれは敵わない。
「うん、次からは気を付けてね。」
コナツは許す時、いつもこう言ってくれる。
だから今日も許してくれたんだとホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、悪魔の囁きが聞こえた。
「今回の件についてはもうちょっと反省してもらうけどね。」
覆いかぶさるように私の背中に乗ってくるコナツに「後ろからはヤだ!!」と手足をバタつかせて抵抗してみるものの、それはすぐに無駄に終わった。
「ねぇ名前。今日は僕の好きにするって…言ったよね?」
背筋を人差し指で撫でられればぞくりと肌が粟立った。
顔が見えない分、その若干の怒気を含んだような拗ねた彼の声色に、もう逃げられないと漸く悟った。
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