epilogue
私の日常は朝起きて彼の寝顔を眺め見ることから始まる。
2人の体温で温かい布団と朝日に包まれながら側にある体温にすり寄ると、丁度1分後に目覚ましが鳴り響く。
今日も時間通りの起床。絶好調だ。
名残惜しさを感じながらも、ヘッドボードに手を伸ばして目覚ましを止めると体を起こした。
「よし!」
お寝坊さんがまだ寝ているから声のボリュームは小さめに気合いを入れる。
いつもと何ら変わらない一日の始まり。
ベッドから降りてまっすぐ顔を洗いにいってドレッサーの前に座って化粧を施し、髪の毛を梳かす。
それからキッチンに立つと、やかんに水を入れて沸かしている間に戸棚からカップを2つ取り出し、サーバーの上にドリッパーを乗せてペーパーフィルターをセットする。
フィルターにコーヒーの粉を入れてから沸いたお湯を注いで抽出。
1人暮らしをやめて2人で暮らすようになって私の生活は変わった。
朝の準備は順番を変え、私だけの生活リズムから彼と私の生活リズムへと変貌している。
泥水と言われ続けているコーヒーもそろそろめざましい変貌を遂げたいものだ。
抽出が終わり、2つのカップにお湯を注いで温めている内に寝室へ彼を起こしにいくと、ベッドの上には布団に包まれた彼が未だ眠っていた。
「おはよう、お寝坊さん。今日もいい天気だよ。」
カーテンを開ければ左の人差し指の宝石が太陽の光を浴びていっそう輝いた。
彼は差しこんでくる朝日から逃げるように顔の向きを変え、尚も眠り続けようとしている。
朝には滅法弱いのは付き合いたての頃から全く変わっていない。意外な彼の弱点だ。
「はい、起きる起きる!」
強制的に布団を剥ぐとギロリと鋭い双眸に睨まれたが、そんなこと気にしていたら朝の支度が済むのはいつになることやら。
瞳が開けば起きてくることはすでにわかっているため、リビングに戻ると「お前の起こし方はもう少しどうにかならないのか。」と文句を言いながら彼が寝室から姿を現した。
今日起きてくるのがいつもより1分早い。
彼の背中が洗面所へ消えたのを見送って、オーブントースターに食パンを放り込んでタイマーをセット。
2つのカップの中に入っていたお湯をシンクに流して、1つは牛乳をたっぷり、それから少しのコーヒーとお砂糖を。もう1つのカップにはコーヒーだけを注いだ。
「うわ、焼きすぎた。」
端が若干焦げた食パンをトースターから取り出して軽く焦げた部分をスプーンでこそぎ落としてお皿に乗っける。
冷蔵庫からバターとジャムを出して椅子に座って温かいパンに塗っていると、軍服に着替えも済んだ彼が洗面所から戻ってくるなり目の前に座った。
こそぎ落としたけれど若干焦げ臭さを残す食パンを食べ始めると、彼もコーヒーに手を伸ばす。
テレビをつけて今日の天気と運勢を観てその結果に一喜一憂していると「まずい。」となかなか失礼な言葉が聞こえて、テレビからそちらへ顔を向ける。
「まずいって、まだ飲めるってことよね??やった泥水から成長した!」
「前向きなのはお前の長所かも知れないが朝っぱらはやめてくれ。」
朝は一際テンションの低い彼は、まずいと言いながらも再度コーヒーに口を付けた。
そんな彼の背景には大きな本棚が置いてあり、そこには私と彼の愛読書が入り混じっているのを見て、職業柄今度の休日にはジャンル別に分けようと決めた。
「ねぇ、リヒトさんがまた遠征に行っちゃったのってさぁ、」
リヒトさんが数か月前に遠征に行ってしまった時は特に気にしていなかったが、先日アオイさんに「リヒトが遠征に行ったのって絶対参謀の思惑だよね。」と言われたことでちょっとだけ気になっていた。
まだ疑問をぶつける前だったのに、彼は「数年は帰ってこないだろうな。」と飄々として言うものだからやはり首謀者だったらしい。全くこの人は。
「私はアヤしか見えてないって。」
「恋人だったと言われて揺らいでいただろう。」
まさか言い返されるとは思っていなかった。彼にも思うことがあったということか。
しかし記憶がない時のことを言われてもちょっと困ってしまう。
「揺らいだっていうか、そりゃ覚えてないんだから動揺くらいするよ。大体記憶消してすぐアヤが恋人だって言ってくれてれば、」
「言っていれば信じたか?参謀である私と付き合っていたと?」
例えば記憶がなかったとして。
参謀に恋人だったと言われても、素直に受けとめていたかどうかは正直怪しい。
一般庶民が一国の代表格と付き合っていたなんて到底想像もつかない。
「…かなり疑う。」
「だろうな。お前の事だ、疑って避けるのが関の山だ。」
鼻で笑った彼はカップをソーサーに置いた。
ならばアヤは時間がかかっても最初からやり直そうと殊勝な行動に出たということになる。
これは夢か幻か。まだ私病室のベッドで寝てるんじゃ…。
「何をぼさっとしている。まだ出なくていいのか?いつもより3分も過ぎてるぞ。」
「うわっヤバイ!今日は新書が届くから少し早めに行くつもりだったのに!」
広い要塞内の上、資料館は隅っこにあるため私はアヤより10分ほど早く出なければいけない。
ハンガーに掛けておいた軍服の上着を手に取るなり、超特急で鏡で身だしなみをチェックする。
「食器洗っておいて!行ってきます!」
部屋を文字通り飛び出す。
急に静かになった部屋に残された男は、朝から騒々しい奴だ。と不味いコーヒーを飲み干した。
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