01



夢を見た。
真っ白い空間に、一人、男の人が佇んでいる…そんな夢。

見たことのない黒い軍服のようなものを身に纏って、スタイルも良ければ顔もいい。
ただ、その双眸はとても冷たく感じた。
しかもそんな紫の瞳が真っ直ぐに私を見つめてくるものだから、何とも居心地が悪い。
ニコリと微笑めど、睨んで見れど、彼は無表情を貫いている。

彼に近づくことはしない。
だってとても怖いから。
その双眸も、潰されるかのような威圧感も、とても。
しばらく見つめあうだけの…不思議な夢を最近は頻繁に見る。

そしてその日は決まって、世界がちっぽけに思えてしまうのだ。
何をしても物足りない。
何を考えても、答えは出ない。
日がな一日ボーっとしているような気がする。
まるで、世界から私だけが弾かれたような錯覚さえ起こさせる。








「アヤたん、準備できたよ☆」


ブラックホークの少佐であるヒュウガは、上司であるアヤナミ参謀に声をかけた。
『アヤたん』などと意味の分からない呼び方をしているが、正真正銘上司である。

アヤナミはそんなことには気にも留めず、書類に滑らせていたペンを机の上に置いた。
椅子から立ち上がり、ズラリと一列に並んでいる部下の前に移動する。

左から、カツラギ大佐、クロユリ中佐、そのべグライターのハルセ、ヒュウガ少佐、そして、ヒュウガのべグライターであるコナツ。

ピリピリという空気ではないが、明らかに士気は高まっていた。
それもそのはず。
今から彼らは戦場へ赴くのだ。
殺されるか殺すか。
そんな土地へ。

そんな状況の中にも関わらず、アヤナミは昨夜の夢に出てきた女をふと思い出した。
数ヶ月前からだっただろうか…
あの女の夢を見始めたのは。

真っ黒い空間に一際明るい白を身に纏い、こちらを見てくる女。
ただただ見てくるだけ。
だけれど急に睨んできたかと思えばたまに笑い、笑ったかと思えば不思議そうに慮っているときもある。

少女と呼ぶにも、女性と呼ぶにもしっくりといかないその不安定な外見とは逆に、その笑顔はまだ幼さが残っている。
ということはまだ少女なのだろうか。
しかし幼さが残ると思うということは女性だと思っているのだろうか。

いくら自問自答しても答えがでてくるはずもない。
だって目の前の女は何もしゃべらないのだから。

口が利けないのだろうか。
そう脳裏で考えてみて、やめた。
今はそんなことを考えていても始まらない。
目の前の敵を殲滅する方が先である。

どちらにしろ、彼女が夢に出てきたその日は決まって調子がいいのだ。
自分の中の欠けたピースを見つけたような感覚。
どんな厳しい任務でも上手くいく。
今日も不思議とそんな気がしてならなかった。








茜色に染まる街中、帰宅に急ぐ人の合間を縫って私も家路を歩く。
夕陽によって伸びているであろう影は、たくさんの人の影と重なってどれが私の影なのかわからない。

あまりに多い人ごみに、できるだけ端っこを歩こうと脇に逸れると、ティッシュを配っている女の人が私にティッシュを渡してきた。
反射的に受け取った私は、それをバックにしまいながらまた歩く。
ここで立ち止まったら逆に迷惑だ。
しかし、私の足はそこで止まった。
というより、膝から崩れ落ちたのだ。

後頭部に感じる痛み。
まるで何かに殴られたような。

薄れゆく意識の中で後ろを振り向くと、先程ティッシュをくれた女の人が金属バットを片手に立っていた。

あれで殴られたのだと悟った私。
そりゃ痛いはずだ。
痛いなんてもんじゃない。
目の前がチカチカする。

だけどそれより驚いたのは、私が殴られて倒れていっているというのに、街を歩いている人達が見向きもしないということ。
あぁ、なんて無慈悲な。
そこで私の意識は途切れた。

ティッシュ配りのお姉さんを恨もうか、無防備な私を恨もうか、そんなことを考えながら。









寒い…。
寒い。

体を縮め、暖を逃さないように必死に抵抗してみるけれど、体からはどんどん体温が奪われていっている感覚。
瞼はとっても重いけれど、起きなければと脳が体に指令を送る。
でも何故かとってもとっても眠たくて、半分覚醒していた脳はまた眠りにつこうとしている。
だが、嗅ぎなれない血生臭い匂い、それと人の叫び声によって起きざるを得なかった。


「な、ななな何っ?!?!」


まるでドラマなどで聞くような叫び声に驚き、瞼を開いて身を起こした。
そこにはそう、本当にドラマのような…
それよりも映画のような戦場が広がっていた。

私の周りにはたくさんの人が倒れており、それは死を意味していることを悟った瞬間、その場に嘔吐した。

おびただしい血、山のように重なる死体、耳を劈く叫び声。
頭で理解するよりも早く、この場から逃げないといけないと思った。
そう体は叫んでいるのに、足がすくんで逃げることは愚か立つ事さえできない。

口元を服の袖で拭った私は、這ってでも逃げようと地面に手をついた。
その時だ。
私は銀色の髪、黒い服を着た夢の中の男の人を見つけた。

一瞬見間違いかと目を擦るが、あの冷たい紫色の双眸は忘れもしない。
呆然としていると、彼の背後へと忍び寄る影に気付き、私は咄嗟に叫んだ


「危ない!!」


そう叫んだのと同時だったか、はてさてそれよりも早かったのか、私の瞳ではあまりにも早かったその行動に目が追いつかなかった。
ただ気がつけば夢の中の彼が背後の敵を斬っていた。

死体が地に伏せ、彼は私のほうへと視線を向けた。
冷たい双眸は私まで竦み上がらせる。
私もあんなふうに今から殺されるのだろうか。
そう思うと体が震えた。

怖くて怖くてたまらないのに、何故か彼から目を逸らせない。
彼はゆっくりと、だがしっかりとした足取りでこちらへ向かってくる。
その一歩一歩が私の死へのカウントダウンに聞こえて、私は振り上げられた剣に息を飲んだ……のも束の間。
その剣は私の横を通り過ぎ、横の死体を刺した。
その死体の手には短剣が握られており、つい先程まで生きていたのだと知る。
彼が助けてくれていなければ、もしかしたら私が刺されていたかもしれないと思うともう頭がごちゃごちゃになった。
誰が敵で、誰が味方なのかさえわからない。
もしかしたら今度こそ私の番なのかもしれない。

そう考えただけで、頭がショートした。
私はその冷たい双眸を見つめながら気を失ったのだ。

どうせ殺すのならどうぞ痛くないように一発でお願いします。







アヤナミはまだ何もしていないのに気絶した女をしばらくの間見下ろした。
怯える子犬のような瞳で必死にこちらを見てきた瞳は今は閉じられている。
目尻には涙が浮かんでいて、余程怖かったのだと悟るなり人差し指の背でそれを拭ってやった。

黒い髪、顔立ち、そしてあの瞳。
全てが夢の中で見たあの女に似ていた。
というよりも、同一人物なのだろう。
しかし何故こんなところにいるのか…。
いくら考えても答えはでない。
彼女のことに関しては、いくら考えてもいつも答えなんかでない。
それが少し腹立たしくもあり、面白くもあった。

何故見たこともない女が夢の中にでてきたのか。
そして何故今こうして出会ったのか。
ただの偶然にしては少し出来すぎているような気がしてならない。

気絶した彼女を抱き上げ、リビドザイルへ帰艦する際、粗方片付けたらしいヒュウガが頬についた返り血を袖で拭いながら近づいてきたので足を止める。


「あは☆ソレどうしたの??」


ヒュウガが面白そうなものを見るような目をしながら、『それ』と指差すのはもちろん、アヤナミが抱き上げている女のことである。
ヒュウガにはアヤナミの腕の中で眠っている女が何だか魘されているようにも見えた。


「拾った。」

「ふぅん??飼うの?」


別に特別強そうでもない、ごく普通そうな女。
かといってアヤナミのタイプでもなさそうで、返事をしないアヤナミにヒュウガは「んー」としばらく唸った後、首を傾げて見せた。


「好み変わった??♪」


そう言うと、紫の双眸がスッと細められ、ヤバイと判断したヒュウガは懐から飴を取り出し、この空気を誤魔化すように舐めた。


「この子敵?」


眠っている女の前髪を手で払い、若干青白いような気がするその白い頬をなでる。


「そう見えるか?」

「見えない♪」


敵だったらなんてマヌケなんだろうと笑ってやるけれど。
ヒュウガはそう言って笑うと、両腕を広げた。


「持とうか?オレが運んであげるよ♪」


特に下心があったわけでも何でもないけれど、アヤナミは仮にも上司なわけだから持つと発言したが、アヤナミはヒュウガから目線を外し、抱きかかえたまま再度歩き出した。

そんなアヤナミの後姿を見ながら、ヒュウガは至極面白そうに口の端を吊り上げる。
あのアヤナミが興味を示すほどの女。
そんな女が過去にいただろうか??
答えは否だ。


「へぇ♪」


始めてみるアヤナミの反応、そしてそんなアヤナミの一面を引き出した女にヒュウガは興味を抱き、アヤナミに続くようにしてリビドザイルへと帰艦した。

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