02




深い夢の底に沈んでいる私を呼ぶ声がした。
その声は優しさを帯びているのにハキハキ淡々としているせいか、力強さを感じる。
名前、名前と何度も呼ばれ、目を覚ませば、待ち受けていたのは灰色の世界。
その中心ともいえる場所に、一人の女性が立っていた。
私は目を覚ましたつもりなのに、どうやらまだ夢の中らしい。


『名前、あなたホント一度寝たら中々起きないわねーもう。』


まるで私を知っているかのような口ぶりだ。
長くて真っ赤な髪が印象的な女性は、目の色まで真っ赤だった。
はてさて…私の知り合いにこんな派手な人はいなかったと思うんだけど。


『聞いてるの??』

「…はぁ…聞いてます。」


それより私が教えて欲しい。
どうして私の名前を知っているのか、ここはどこなのか。


「あ、の…どこかでお会いしたこと…ありましたっけ??」

『あるわよ。』


腰に手を当てて仁王立ちする彼女はとっても偉そうだ。


『ま、覚えてないのも仕方ないわよね。背後から一発だったし、何より人に乗り移ってたから。』


……はい??
背後から、一発????

え、なんか記憶に新しい出来事が脳裏に浮かんだんですけど…。
え、何、まさか、え、ホントに??


「つ、つかぬ事お伺いしますが…私の後頭部をバッドで殴ったのは…」

『あ、私。』


悪びれる感じなど一切ない。
カケラも。全く。

呆然としている私を他所に、彼女は面倒臭そうに右手で頭を掻いた。


『私忙しいのよねー。だから手短に話すけど、運命の赤い糸って信じる?』

「は?」


急に何を言い出すかと思えば、そんな突拍子もないことをしゃべりはじめられてしまった。
全く持って頭がついていかない。


『信じてなかろうが信じてようが、信じてもらわないといけないんだけど、私その運命の赤い糸を司る神様みたいなものなわけよ。』


……こんな神様、本気でヤダ。
っていうか、神様が人間の後頭部殴るなんて聞いたことない。
……怪しい。


『怪しいとか思ったでしょ?でもそうなんだから仕方ないんだな〜これが。諦めて私の話し聞いてくれる?』

「…はぁ…」


曖昧に返事をして続きを促すと、神様(仮)は私の小指を指差した。


『わり、名前の運命の赤い糸誰とも繋がってなかったんだよね。』


てへ☆と笑って謝る彼女。
そんなことを謝るより、殴ったこと謝って欲しい。

しかし…よくよく考えてみたら生まれてこの方20と数年…、恋愛という恋愛はなかった。
小学生の時の初恋も、中学生での先輩への恋心も、儚く散った思い出が走馬灯のように脳裏を駆ける。


『運命の相手が年下とかじゃない限り、普通は絶対誰かと繋がって産まれてくるんだけど…、名前のは誰とも繋がってなくってさー』


ケラケラと笑う彼女に良心というものはないのだろうか…。


『おかしいなーって調べてたら、ちょっと天界の不具合でこっちの世界に生まれるはずが別の世界で生まれちゃってたのよね。だから名前の赤い糸が途切れっぱなしでさ。そりゃ運命の相手が別世界の人間だったら途切れるはずよねぇ。』

「すすすすみませ!言ってる意味がわからないんですけれど!!」

『すっ飛ばして言うと、本来名前が産まれるべきだった世界に私が移動させたってわけ。』


……あの、人権はいずこに…。


『あーこれで仕事できたわー』

「え!?ということは、今の私の小指の赤い糸は誰かと繋がってるんですか??」

『うん。名前、さっき会ったでしょ??その時繋げた。』


…会った??

私が別世界と思われるところで会った人なんて…死体か死体になった人か……


『ほら、夢にちゃんと見せてあげてたでしょ??確かアヤナミって言ったっけ、あの人。』

「アヤナミ??」

『そ。銀髪で瞳が紫のヤツ。』


あああああの怖そうな人ですかっっっ?!?!


「なんで夢で見せたんですか…」

「見せてた方が警戒心もゆるくなるかなって。『あ、夢で見た人!』って気を許しちゃわない?」

「許さないです。あんな怖い人。」


あの人が私の運命の相手??
………


「繋ぎ直しを要請します!!!!」

『無理。これは産まれ落ちた時から決まってる縁だから。大丈夫、赤い糸で繋がってる二人はすぐ惹かれあうよ。』

「それこそ無理です!怖いんですよあの人!!ホンット怖いんですって!!あの瞳で見られただけで泣きたい気持ちになるんですから!!」

『ぎゃーぎゃー騒がないでくれる??決まってることだから仕方ない。諦めろ。そして運命を受け入れろ。じゃ。』


話は終わりとばかりに、右手をあげた彼女の腕を私は必死に掴んだ。
逃がしてなるものか。


「運命の赤い糸とか別に繋がってなくてもいいです!だから元の世界に返して!!」


彼女に詰め寄るも、ため息を吐かれただけだった。


「これも無理なんですか??」

『うん。別世界で産まれるはずだった名前を、元の世界が弾き出そうとしてたんだよね。』


弾き、だす??


『元の世界からしたら別世界の住人であったはずの名前は異質。だから世界が弾き出そうとした。ほら、覚えてる?私が殴る前のこと。名前さ、通行人に埋もれてわき道に逸れたでしょ。』

「あ、はい。」

『その時にはもう誰も名前のことは見えてなかったんだよ。見えていないからないものとして人は歩く。見えないから除けてもくれない。あの日、あの時、名前は完璧世界に弾かれたんだ。』


だから…私が殴られても誰も見向きすらしなかったんだ…。


「……あの、両親にも、私は見えないんですか??」

『世界が弾くということは、そういうことだよ。』


私の問いへの応えではなかったけれど、それは答えになった。


『だからこの世界でちゃんと生きて、人にちゃんと見てもらって。それで幸せになるんだよ。』


そんな…急に言われても…


『戸籍はちゃんと作っておいたから。…両親は、昔に死んだことになってるけど。ま、お頑張りなさいな。』


人のテンションをどん底まで落としておいて勝手なことを言う。


『私の名前はエリュトロン。しばらくはどんな調子かたまに見に来てあげるから。名前が呼ぶなら夢の中で会ってもあげるよ。現実では人間に私は見えないからね。』


神様ことエリュトロンは私の肩を数回叩き、小さく微笑んだのを最後に私の夢は終わった。





パチッと目が覚めた。
やけに目覚めがいい。

見慣れない高い天井だが、ふかふかのベッドにもふもふ枕。
シーツも何もかも肌触りが良くて、二度寝を決め込むには打ってつけ。
だけれど、気分が最悪なのでそういう気にはならなかった。

あぁ、ここが別世界ってところなんだなぁ…なんて思いながら、何故ここに寝かされているのかを思い出す。
あまりにも衝撃的だったためか、気絶したところまでは覚えている。

そうだ、私殺されそうになって…。
って、生きてる??生きてる私?!?!

シーツから右手を出してグーパーグーパーと手を動かすと、横から誰かの手が私の手を掴んだ。
白い手袋をした大きな手だ。

びっくりしてそちらを見ると、銀髪。
そして、紫の双眸が待ち構えているではないか。
全身が凍るということはこういうことかと身をもって体験。


「何をしている。」


初めて聞く声はどこか冷たい。


「し、死んでないかと…確認……して、ました。」


震える声で必死に言葉を紡ぎだす。
そうでもしないと『無視かコノヤロー』とか思われて、殺されでもしないかと気が気じゃないからだ。


「そうか。確認が終わったのなら私の問いに答えてもらおう。」


その冷たい双眸と声、そして威圧感に、体だけではなく脳までもが恐れ戦き、私はまたそこで気を失った。

貴女は運命の赤い糸を、信じますか??
私は信じたくありません。
そんな状況下に陥っています。

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