離したくない、離さない



「名前、お茶。」

「はいはい!」

「名前、ジュースー!」

「はいはいはい!」

「あだ名たん、膝枕ー。」

「はいはいはいは…ちょっと待てぃ!」


アヤナミさんにバイトを辞めさせられた私は、新しいバイトを始めた。

ブラックホークの執務室のお茶汲み、その他雑用だ。
それもこれも、落ち込んでいた私を見兼ねて人事部にバイトを入れて欲しいと交渉してくれたカツラギさんのおかげなのだ!

ここでバイトをしないかと言われた時は嬉しすぎて正直泣くかと思った。
というか泣いた。

何だかダメ人間になっていくような気がしていた私に救いの手を差し伸べてくれたのだから。


「ヒュウガさん、クロユリくんやアヤナミさんみたいにお茶と言うならわかるんですけど、膝枕はちょっと…」

「だってあだ名たんはオレのメイドでしょ?」


「いえ、ブラックホークの雑用です。」


ただのバイトですから。
この人、メイドだったら何をしてもいいと思っているのだろうか、恐ろしい。


私はアヤナミさんを除く皆の机にそれぞれコーヒーやら紅茶やらジュースやらを置いていく。


「雑用かぁ。じゃぁオレの書類処分しといて♪」

「少佐!」


怒るコナツさんに冗談だよーとヒュウガさんは笑っているけれど、目が全く笑っていない。

苦笑しているとカツラギさんが、アヤナミさんのコーヒーが乗っているおぼんの上に羊羹を置いた。
3つきちんと切りそろえられているそれは上品でおいしそうだ。

いや、おいしかった。
先程私は皆と一緒にいただきました。

あーでもまだ食べたい!
おいしそう!!


「これを一緒に持っていってください。」

「はい!お任せあれです!」


私は頷いてそれを隣の参謀長官室に持っていく。


「アヤナミさん、コーヒーです。あとカツラギさんお手製の羊羹ですよ。」

「コーヒーに羊羹か。」


書類から顔を上げるなり、アヤナミさんが小さく呟いた。


「……すみません。緑茶にしてきます。」

「あぁ。」


淹れなおしてこい。ってあっさり言ってくれたほうがいいな…。
お仕事中のアヤナミさんは、同じくお仕事中の私にちょっぴり厳しいです。
泣いて馬謖を斬るということはこういうことか。
私が泣きそうですが。


私は手早く緑茶を淹れてアヤナミさんの執務室に戻る。
冷めかけているコーヒーは私が砂糖をいっぱいいれて飲むとしよう。


「お待たせしました。」


机に緑茶と羊羹を置くと、楊枝を手に取ったアヤナミさんは3つある羊羹の一つを私の口元に差し出してくれた。


「気を利かせたご褒美だ。」


うぁっ!
カッコイイ!
カッコイイよ!!


たまに垣間見せる優しさがものすごく好きだ。
大好きだぁあぁあ!!


私は高鳴る胸を押さえつけながら、お言葉に甘えて羊羹を頬張った。

まさかアヤナミさんに『あーん』をされるとは思いもしなかったけれど。


「おいひいれふ。」

「食べている時にしゃべるな。」


窘められたので大人しく咀嚼した。


「ありがとうございます、アヤナミさん。」

「あぁ。」


アヤナミさんは残り二つを胃袋に収め、緑茶を啜り終わると湯[D:21534]みを机の上に置いた。


「では行くか。」

「……いってらっしゃい。」

「阿呆か。名前が行かなくてどうする。」

「いや、なんか足が凍って動けないかなーなんて…」

「肩に担がれるのと自ら歩くの、どちらがいい。」

「歩きます!」


肩に担がれたら胃の中のもの全部でてきそうで…。


私は泣く泣くアヤナミさんと魔のトレーニングルームへと向かう。

アヤナミさんは書類を見ながら歩いているが、壁とかにぶつからないんだろうか…。


なんて、絶対ありえないことを考えていると、書類がハラリと落ちた。


「あ、書類落ちましたよ、アヤナミさん。」


私は拾う際、それをチラ見した。


「アヤナミさん、これ…、」

「あまりジロジロ見るな。」

「はぁい。」


私は小さく笑いながら返事をする。
そしてたどり着いたトレーニングルーム。
そこは軍の皆が使っているのだが、不思議なことにアヤナミさんが来たら全員が急に退散するのだ。

あ、全然不思議じゃないか。
私だって逃げたいやい。


「30週。」


アヤナミさんはそういうなり、そこらへんにあった椅子に優雅に座った。
ただのパイプ椅子も、アヤナミさんが座るとなんだか高そうに見えるのは気のせいだろうか。


「…ハイ。」


私は頷くという選択肢しか残されていない。
もはや『何を』とは聞かなくても分かる。

このトレーニングルームを30週走れと彼は言っているのだ。

ザイフォンを教えてくれるはずの特訓は、まず体力づくりから始まっているのだ。


「っ、は…ッ…ぜーはー」


30週走った私はその後「遅い、追加で30週」と鬼畜の所業を受けた。
走りきった私はすでに体力の底をついている。

気がつけばヒュウガさんとコナツさんも様子を見に来てくれていたが、今はそれどころではない。
床に突っ伏して荒い息を繰り返していた。

ヒンヤリとした床が気持ちいい…


「大丈夫か?」

「ぜ、全然…だいじょ、ぶじゃない…で、す…」


死ぬ。
わき腹痛くて死ぬ!


「そうか。大丈夫ならラスト20週してこい。その後いつものように攻撃練習だ。」


大丈夫じゃないってばー!!
鬼!鬼畜!悪魔!!


私はよろよろと起き上がった。


「…も、もう、イヤだぁぁぁぁあぁぁー!!」

「あ、逃げた。」


ヒュウガの呟きに、コナツさんが苦笑した。
ダッシュでトレーニングルームの出入り口まで走る。


逃げるわ!
逃げるに決まってるでしょーが!


勢い良く飛び出した私は、そのまま執務室まで駆ける。
今日はもう無理だ。
連日続く鬼畜な特訓に体はボロボロ、夜は抵抗空しく良い様に弄ばれ寝不足だしで、死にそうなんです。


私はがむしゃらに走り、そして後頭部に鈍い痛みを感じて気を失った。




***




「何々〜、えっと、『アヤナミの女は預かった。返して欲しくば闇取引の書類を持って、一人で軍の南出口の中庭までこい。』だって♪」


トレーニングルームから帰ってきて見ると、机の上に見知らぬ封筒が置いてあった。
それを手に取り、ヒュウガに読ませたところ…そういうことだ。

やはり監禁しておくべきだったか。
あれが騒げばいいことは全くない。


「あだ名たんにつけてる発信機は?」

「ちゃんと作動している。私から名前を離すとはいい度胸だ。」

「アヤたんあだ名たんから離れたくないもんねぇ〜♪じょ、冗談だよ、鞭はしまって!そ、それにしてもちょっと王道すぎるよねぇ、この策。陳腐っていうか。」

「あぁ。だが効果のある策だからこそ多用され、多用されるから陳腐になるのだ。」

「なるほど♪」

「だがそれが通用するのは格下の者だけだと知っておくべきだったな。今日、それを学ばせてやる。」




***




あぁ、後頭部が痛い。
後頭部を殴られたのはこれで何回目だろうか。
もう嫌だ。
頭のネジが取れたらどう責任を取ってくれるんだ。
皆して人の頭バカスカ叩くなんて最低だ。


瞳を開けば、目の前には知らないおじさん。
腕と足には縄がくくりつけられていた。


……私、何も悪いコトしてませんよ?
なのになんで私ばっかり…


なんだか自分の人生と運の無さに泣けてきた。


「今度は何でしょうか。」


いくら私がヘタレだからといっても、これほど誘拐が続けば慣れもしてくる。
アヤナミさんの冷たい視線より何倍も平気だ。


「今度?」

「いえ、なんでもないです。」

「お前、アヤナミが落とした書類を見ただろう。」


は?

あぁ、あれのことか。
そういえば見たなぁ。

あれには、


「何が書いてあったか言え。もしかしたらあれには闇取引に関する重大な報告がされているかも知れぬ。」

「いや…そんなすごく重大な感じには私には見えなかったんですけど…」

「いいから言え。」

「えっと…私ホントにその書類の中身は見てないんですよ。でも、たとえ私が見ていたとしても教えません。」


アヤナミさんの不利になるようなことだけはしたくない。

だって、これよりもっとひどいことされそうだもん。
ベッドの中でとか、訓練でとか……あ。
そうだ、私ザイフォン使えるんだった。

そうじゃん、今の私は囚われのお姫様なんかじゃない!


私はザイフォンが暴走しないように、少しだけ深呼吸をしてザイフォンを発動させた。


が、それは男に届く前に消えた。


「貴様、抵抗する気か?だが残念だったな、その程度のザイフォンとは。」

「いや、ちょっとまだ練習中でして。今も練習しようかなーなんて。」


ぎゃ、ちょ、暴力はダメ!


男が振り上げた手が私の頬を殴ろうとした瞬間、その腕が落ちた。

鋭い剣によって、切り落とされたのだ。


私にはその剣に見覚えがあった。


「その剣…」

「サーベルだ。大体まだ弱いくせに無駄にザイフォンを使おうとするなバカが。」

「…アヤ……ナミさん…」


男が斬られた腕を見ながら何か泣き叫んでいた。


「部屋に戻るぞ。」


縄をそのサーベルで切られる。
すると腕を引かれて立たせられた。
その腕を引っ張って執務室へと戻る。


「あ、あの人は、」

「放っておけ。」


だって放っておいたら死んじゃうよあの人。
私を連れ去ったから死ぬの?


耳を劈く悲鳴が、助かって安心しているはずの私の心を揺さぶった。


「手当て…したら、助かる?」

「そうだな。」

「…してくれる?」

「救護班が勝手にするだろう。」


よかった…。


「アヤナミさん、私、」

「監禁でもするか。」

「えぇえぇ?!?!誰を?!私をですか?!?!ヤダ!ヤですよ!!」

「そうでもしないとまた連れ去られるぞ。隙がありすぎるんだお前は。」


だって…


「それとも、私の元から離れるか?そうしたら平穏に、」


私は思いっきりアヤナミさんに抱きついた。
ギュウッとありったけの力をこめて抱きしめる。


「イヤ。イヤです。」


そんなのイヤ。


「ではどうする。」

「…ザイフォン、頑張って使えるようになります。」

「その言葉、努々忘れるなよ。」


…へ?


「忘れるなよ。」

「…ハイ。」


やられた…。
嵌められた気分…。


「まぁ、元より離す気は更々ないがな。」


やっぱり嵌められた…。


私は内心泣きながら、アヤナミさんの執務室の机に乗っている書類を手に取った。


「それにしても何でこんな書類の内容が知りたかったんでしょうね。」


あの時アヤナミさんが落とした書類、そして私が見た書類には、ヒュウガが描いたアヤナミさんの似顔絵が描いてあるだけだったのに。


「さぁな。ただのバカの勘違いだろう。あぁ、名前もバカだったな。」

「そんなことないで、ッ、ン…」


アヤナミさんの唇が私の唇に重なった。


「まだ隙があるな。今度は50週にするか。」

「い、いやぁあぁぁぁ!!」


END

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