04
微妙な空気が漂う中、ヒュウガさんが戻って来てくれた。
「はい、おまた…アヤたん、何であだ名たん泣かしてるの?!?!」
「ちちち違うんです!!私が勝手に…」
ここでアヤナミさんのせいになったら『俺のせいにされたじゃねーかコノヤロー』とかキレられそうで…。
むしろ斬られるのか??
「おいで、慰めてあげる☆」
両手を広げたヒュウガさん。
この人のノリがイマイチ分からない。
「い、いえ…大丈夫です。」
「そう??で?なんで泣いてたの??」
「私が別世界の人間で、もう元の世界に戻れないって思ったら何だか泣けてきちゃって…。」
「ふぅん…別世界ねぇ。どんなとこ??」
「…信じてくれるんですか??」
「だってあだ名たん、怯えるくらい怖いと思ってるアヤたんの前で嘘はつかないでしょ。へタレみたいだし☆」
ヘタレは余計です。
「ちなみにアヤたんって言うのはあだ名で、ホントの名前はアヤナミっていうんだよー♪あ、もう自己紹介しちゃったかな??アヤたんのことだからあだ名たんに名前は聞いても自分の名前は名乗らないと思うんだけど。」
ヒュウガさんの言葉に次いでアヤナミさんからの冷たい視線から逃げようと、顔を下に向けた。
バレた。
ヒュウガさんからアヤナミさんの名前を聞いていないってこと。
バレた。
肝心のヒュウガさんは『え、何なに??』と、私とアヤナミさんを見比べているけれど。
「紹介はしていないが、知っていたな。」
……は、はぃ…
「さて、まだ話していない事を話してもらおうか。」
尋問です。
せめてカツ丼とか出していただけると嬉しいです。
緊張しすぎてお腹はすいていないけれど。
むしろ今食べたら吐く。
緊張で吐く。
「…私がこの世界に来る少し前ぐらいから、夢にアヤナミさんがでてきていたんです。夢にでてくる人はアヤナミさんだと、私をこの世界へと飛ばした神様みたいな人がそう教えてくれて…。」
いろいろすっ飛ばしてはいるけれど、嘘はいっていない。
できれば運命の赤い糸のことは伏せていたい。
20歳過ぎて赤い糸とか恥ずかしくていえない。
そしてできればなかったことになればいい。
もっと優しそうな人が好みなんです、私。
「神様、ね。」
ヒュウガさんが苦笑した。
「存外、神など人でなしが多い。」
まるで神を知っているような口ぶりだ。
「…なるほどな。わかった。しばらく養ってやる。」
はい??
何がなるほどで、この話の流れでどうやったら私を養う話しになるんですか????
「不意に落ちないといった顔だな。」
「だって…」
私、怪しくないですか??
自分で言うのも何ですけけど、怪しすぎますよ。
そんな私の心情を知ってか知らずか、アヤナミさんは足を組みなおした。
「別世界から来て元の世界に帰れない、つまり行く場所がない、家も金もない。」
うぅ…確かに。
多分このままだと家なき子で飢え死にしちゃうんです。
だからその申し出はとても助かる。
でも、それが怖いアヤナミさんだってところが素直に頷けないのだ。
もしかしたら『おらおら、夜は相手してくれんだろう?』とか、『靴は拭くんじゃなくて舐めろ』とか言われたりされたりして……
あぁぁあぁぁぁ!!
想像しただけで怖い!
きっと奴隷のように扱われるんだわ、きっと!!
名前がそんなことを内心考えている間、アヤナミも内心ではずっと考えていた。
名前が私の夢にでてきていた理由は何だろうか。
なぜ名前を夢に見、この世界に来た先が私の元だったのだろうか。
まだ何かがあるはずだ、と。
「衣食住、服や日用品を買う金もやろう。悪い取引ではないと思うが?」
「アヤナミさんのメリットを感じられません…」
「興味を持った。側に置いておくと面白そうだ。それがメリットだ。」
果たしてそのメリットで私のメリットと吊りあうのだろうか??
住む場所を提供してもらうだけでなく、食事や洋服を買うお金までくれるという…。
なのにアヤナミさんのメリットは面白いから私を側に置いておく…ただそれだけ。
「アヤたんお金持ってるから気にしない気にしない♪」
「でも…」
ヒュウガさんはお気楽に言うけれど、そういう問題じゃないんです。
「それ以上悩むというのなら今すぐ放り出す。そんなに飢え死にたいなら悩め。」
「……イヤ、です。」
私は小さく頭を振り立ち上がると、ゆっくり顔をあげてアヤナミさんに頭を下げた。
「よろしく、お願いします…」
怖いけれど…背に腹は代えられない。
今放り出されて飢え死にするか、いつかアヤナミさんに殺されるか、大して変わらないじゃないか。
なら、せめて最期までお腹いっぱいで死にたい。
怖いけど怖いけど怖いけど。
アヤナミさんは立ち上がった私にまた座るように視線だけで促す。
「この部屋からは私の許可なしに出ないこと。私がいない時にこの部屋に誰も入れないこと。守れるか?」
私は力強く頷いた。
それくらいだったら私にも守れる。
「ちゃんと守れたら次の休みに街に連れて行ってやる。」
街…。
この世界の街、行きたい…!!
私は更に力強く頷いた。
「何だか餌付けしたって感じだねぇ♪」
「あれは扱いやすい。お前と違ってな。」
「いやん♪アヤたんったらひどいなぁ♪」
名前を部屋に置いて仕事に戻る。
その途中でヒュウガが口を開いた。
「でもさぁ、まだ全部はしゃべってないって感じだったねぇ。」
「あぁ。」
恐らく嘘は言っていない。
だがまだ何かを隠している。
その何かがわからない。
「ちょっと脅せば多分あの子しゃべるよ??」
その手を考えなくもなかった。
脅して言わせることは簡単だが…
「そんな暇があるなら書類でも片付けろ。しばらく手元に置いておけば勝手にしゃべるだろう。」
「えー。」
「わかっていると思うが、あれに手を出すな。拾ったのは私だ。所有権は私にある。」
「はいはいわかってるよー♪」
ヒュウガは飴を口に放り込みながら頷いた。
夢に出てきた不思議な女。
会ってみると中身はやはり子どもで。
触れてみたいと思っていた女が今手元にいる。
いつも幸運をもたらしてくれる真っ白い彼女が。
怯えたような瞳は、あの夢で見た柔らかい微笑みさえ連想させない。
自分が見たいのはそちらのはずなのに、どうやら自分にはその顔をさせてあげられないらしい。
ただ、あの夢で見た柔らかい微笑みが一度でも見れたら、それだけでよかった。
名前を手元に置く理由など、本当はそれだけなのだから。
誰にも触れられず、誰の目にも触れられず、側に置いておきたかった。
なのに…
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