03





私は堅く閉じていた瞳をゆっくりと開けた。
ボーっとしてしまうのは寝すぎなのだろう。
やはり見慣れない天井を見上げながらそう思った。


「あ、起きた??」


軽快な声がした。
さきほどの地を這うような低く冷たい声とは違った声。


「アヤたんが拾ってから1日近く眠ってたんだよー。」


横を見ると、先程銀髪の彼が座っていたそこにサングラスをかけた男性が座っている。
どうやら今は真昼のようで、カーテンのしまっていない窓から差しこむ陽射しがとても眩しかった。


「名前、なんていうの??」

「…名前、です。」

「んじゃ、あだ名はあだ名たんね♪」


ニコっと笑う彼に私は胸を撫で下ろした。
どうやら怖い人ばかりではないようだ。


「オレはヒュウガ。よろしく♪」

「よろしく、お願いします…」


小さく頭を下げると、さらに笑みを深くされた。


「体は大丈夫?」

「はい。」

「じゃ顔洗っておいで。」


タオルを手渡され、洗面所はあっちね♪と指を差されて、私は頷くとパタパタと顔を洗いに向かった。
冷たい水で顔を洗い、タオルで拭いて目の前の鏡で自分の顔を見た。

あまりいい顔色ではない。
それもそうだ。
たくさんの死体、そして人が死んでいく様を見た挙句、私はこの世界に産まれるはずだったんだとか言われて。
その上、元の世界には弾かれて帰れないし運命の相手はあの銀髪のアヤナミとかいう人で。

頭の中ではグルグルとわけのわからないことばかりがただただ無意味に回っているだけ。
なんてスケールのでかい話なんだ。
ごくごく一般人の私には到底理解できない。

もう一度冷たい水で顔を洗った。
全て洗い流したかった。
でも流れてはくれないその現実が、さらに私の顔色を悪くさせるばかりだ。

うに、と自分で右頬を軽く抓って伸ばせば、少しだけ笑えた。
とりあえず、こんな怖い人がいるところからお暇しよう。

そう考えに至って、私は洗面所を出た。
扉を閉めヒュウガさんを見ると、その隣にはいつの間に来たのか銀髪の彼が立っており、
思わぬ人物に私はビクリと肩を揺らし、一歩後ずさると閉めたばかりのドアに背中が当たった。
そんな私の様子に、ヒュウガさんが銀髪の彼を横目で見やる。


「何したの??怯えてるよ??」

「あれに何かをした覚えはとんとない。」


確かに、何もされていない。
けれど…怖い。
無表情のままに人を殺すことができるあの人が。


「ヒュウガ。」


銀髪の彼は立った一言ヒュウガさんの名前を呼ぶと、全てを悟ったヒュウガさんは「はいはい♪」と返事をした。


「あだ名たん、コーヒーと紅茶とオレンジジュース、どれがいい?」

「なんでも…いいです。」

「何がいい?」

「…こ、紅茶でお願いします。」


何だろう。
威圧感を感じて私は咄嗟に飲めもしない紅茶を頼んでしまった。


「わかった♪ま、淹れるのはオレじゃないんだけどねー☆」


といいながら去っていくヒュウガさんの背中を、私はものすごく引き止めたい衝動に駆られた。
だってここでヒュウガさんがいなくなったら、この部屋に残されるのは私と銀髪の彼だけになる。
しかし銀髪の人が怖いから残ってくださいなんていえず、私は金魚のようにパクパクと口を動かしただけで、無情にもヒュウガさんは部屋から出て行った。

打ちひしがれてる私の背後でソファに座る音がした。
その微かな音にさえビクビクと肩を揺らし、私は振り向けずにいる。


「何をしている。座れ。」


ヒュ、ヒュヒュヒュウガさん、早く戻ってきてください…

私は怯えながら振り向き、銀髪の彼の向かいのソファにちょこんと座った。
ソファの奥まで座らずに浅く座り、いつでも逃げられるようにしておく。


「もう気絶はしてくれるな。話が進まない。」


好きで気絶してるわけでも自由自在に気絶しているわけでもないんですが…。


「名は。」

「……名前です。」


顔を上げることもできず、自分のつま先を見下ろしながら質問に答える。


「何故あの場所にいた。」


その質問に対する答えはない。
私だってなんであんな場所にいたのか、全くわからないんだから。
予想としてあげられるのはあの神とかいうエリュトロンだろう。
そうとしか考えられないけれど、真実を言うのは憚られた。

エリュトロンの説明をするには私の出来事を一から説明しなければないらない。
だが、こんな意味のわからない出来事を誰が信じるというのか。


「迷子に…なって…」

「嘘は通用しないものと思え。それでも突き通すというのなら死ぬ覚悟をして言え。」


エリュトロンさんんんんんん!!
ヒュウガさんんんん!!
へるぷみーです!!


「あ、あ、あの、その……気がついたら…あそこにいて…」

「気がついたら?」

「これは本当です!信じてください!!」


アヤナミは足を組んでソファの背もたれに背を預けた。


「知っていることを話せ。」

「で、でも…アヤナミさんに信じてもらえるかどうか……」

「……私は名乗った覚えはないが?」


ついエリュトロンさんが『アヤナミ』と言っていたので私もついアヤナミと呼んでしまった。
アヤナミさんは名乗ってすらいないのに!!
どうにかして誤魔化さねば!
そ、そうだ!!


「ヒュ、ヒュウガさんに聞いたんです!」


なんて、嘘だけれど。
どうかこの嘘だけはバレませんように!
更に嘘を誤魔化すように言葉を捲くし立てた。


「あの…これから言うことは本当に嘘じゃないです……。私、この世界で産まれるはずだった別世界の人間で…。それで、私だけ世界から弾かれて…それから…えっと…」


事実を口にしていくと、何だか視界が揺らいだ。
涙が頬を伝って膝を濡らす。


「私、元の、世界に、帰れなくて……それで……」


言葉にすることで、非現実なことも現実であると認めざる得ない。
足元から崩れ落ちていく感覚が、目の前のアヤナミさんより怖いと思った。
嗚咽に言葉が詰まっていると、アヤナミさんの手が頭に乗ろうとしたが、急なことでびっくりとして、その上やっぱり少し怖くて、私は即座に身を引いた。

触れることなく、自然とアヤナミさんの手が離れ、私はびっくりして引っ込んだ涙の痕を服の袖で拭った。
行き場をなくしたアヤナミさんの手はまた組まれ、何だか悪いコトをしてしまったと、アヤナミさんの顔色を伺うが、何事もなかったかのような表情を浮かべていた。

せっかく慰めてあげようとしたのに避けられたら、私だったら絶対傷つく。
なのに、アヤナミさんは何事もなかったような顔をしている。

も、もしかして…私が泣くからうざったくて殺そうとした??
頭捻り潰そうとした????
むしろ殺せなくて残念だったなーまぁいっか、いつでも殺せるし。な感じですか?!?!

こここ怖い!!
やっぱりこの人怖いです!!
この世界でやっていける自信なんてカケラもないです。
へるぷみーエリュトロンさん!!
かむばっくまいほーむ!

- 3 -

back next
index
ALICE+