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「あんまり飲みすぎるとトイレに行きたくなるよ?」


読書をしながら2杯目のコーヒーを飲み干して、3杯目のコーヒーを飲もうか飲むまいか思案している時だった。

寝る準備ができてソファにゆったりと座っていれば時間というものはすぐに去っていってしまうもので、読書をしていれば尚のこと。

ヒュウガの声が聞こえて扉へと顔を向けると同時に時計を見るとすでに12時近かった。
幼なじみとはいえこんな夜遅くに尋ねてくるのは少し如何なものか。
離れていた時間が長く、お互い大人になった分そう思ってしまうのは仕方がないことだ。


「あのねぇ、そんな子どもじゃあるまいし。大体今何時だと思ってるの?もうすぐ12時だよ?」


パタリと本を閉じてテーブルの上に置くなり立ち上がり、マグカップを流しに置いて歯ブラシを手にする。

3杯目のコーヒーはやっぱり止めておいた。
決してヒュウガに言われたからとか夜トイレにいきたくなるかもしれないという理由ではなく、読書を始めてから3時間余りが経っていたのにやっと気づく事ができたからである。


適度に歯磨き粉をつけて口元に運びながら口の中を磨いていると、ヒュウガは「12時だからって…、それこそ子どもじゃないんだから。」と笑いながら先ほどまで私が座っていたソファに無遠慮に座った。

私は向かいのソファの肘掛に軽く腰掛けてヒュウガを見下ろす。
見下ろすといっても、元々ヒュウガの身長が高いのでそれほど見下ろすことはできないけれど。

ヒュウガは一体何をしに来たのか、テーブルに置いた本をパラリパラリと捲り何も言わない。

私も歯磨き中なので話しかけられてしゃべれるほど器用ではなく、そんなヒュウガを見ながらしっかりと磨いていく。

結局私が歯を磨き終わるまで彼は一言もしゃべらずにいた。


「で?何しに来たの?」


口を濯いでタオルで口元を拭き彼へと近寄れば、ヒュウガは捲っていた本をテーブルの上に置いた。


「恋愛小説だと思ってたから推理小説なのには驚いたよ。」

「結構それ面白いよ。ヒュウガも見る?」

「オレが本読むように見える?」


ヒュウガに、本。
なんてミスマッチな組み合わせだこと。

何だか少し笑えて、首を振れば「でしょ?」とヒュウガは立ち上がった。


「さ、寝よっか。」

「ん?うん。」


あれ?結局ヒュウガは何をしに来たんだ?と小首を傾げながらも頷けば、私より先にベッドに潜り込んでゆく彼の姿。


「いやいやいやいや!ちょっと何で人のベッドに横になるの!」


ベッドの前で仁王立ちし、すでに私のベッドに横になっているヒュウガを見下ろしたが、ヒュウガは私を見上げながら壁側へと体をずらした。


「そういう問題違うっ!」

「ほら、名前おいでー。」


ぽんぽんと空いた隙間を叩くヒュウガに眩暈がした。

あれか。
今朝抱きしめて眠っていた仕返しでもするつもりなのか。
でもあれはヒュウガが無理矢理私の腕を引っ張ってベッドに引きずり込んだ挙句、二度寝を強制させたからであって、断じて私のせいではない。


「こればかりは全力で拒否させてください。」


お願いします、と頭を下げたくなってくる。
私のベッドなのに。


「じゃぁ名前どこで寝るの?」

「いや、今ヒュウガが寝てるベッドだけど!」


ヒュウガはここで眠る気満々なのか、一向に出て行く素振りがない。
これはもう消耗戦だな。
しかし消耗戦なら私が優位だ。
昔からヒュウガは口で私に勝てた試しがない。

ふふん、と内心ほくそ笑みながら布団を捲る。


「そこは私のベッドなの。ヒュウガのベッドは別にあるでしょ?」

「あるけどここがいい。」

「そう。じゃぁヒュウガが部屋から出て行ってくれないってアヤナミ参謀に言っちゃおうかな。幼なじみとはいえど夜に男が訪ねてくるなんてって怒られちゃうかもよ??」

「それはイヤだけど…へぇ〜名前ってばオレの事『男の子』じゃなくて『男』として見てくれてたんだ?」


ニヤニヤとしているヒュウガ。
意外と手ごわい…というか、あれ?私押されてないか??


「そういう事じゃなくて。ヒュウガがそこを退くまでずっとずーっと立ちっぱなしでここに居るからね。」

「別に?名前が譲らなくてもいいよ。だって名前そういうの得意だもんね、昔から。忍耐力があるっていうか、粘り強いっていうか。」


やれやれといった感じのヒュウガに私の方が子どものように見えてきた。
まるで言う事を聞いてくれなくて駄々を捏ねているような…。

ダメだ、飲まれるな私!
ヒュウガはこういうのに弱いんだから!
結局は気まずくなってきて折れるのはヒュウガなんだ。
下手に責めるよりこういったジメジメとした感じの責め方が苦手なのは知ってるんだから!


「立ちっぱなし、疲れない?」

「平気。」

「ふぅん。」


ヒュウガが捲られた布団を肩まで掛けなおしたので、私はもう一度それを捲ったがまた掛けなおされた。


「…。」


捲る、掛けなおす、捲る、掛けなおす、捲る、掛けなおす、捲る、掛けなおす、捲る。


「……ねぇ、そういうの疲れない?」


掛けなおす、


「誰のせいだ誰の。」


捲る。


「大人しく一緒に寝ればいいじゃん。」

「いい歳して恋人でもない男女が同じベッドで寝ていいはずがない!断じてないっ!」

「意識してるの?」

「してません!」

「じゃぁいいでしょ?」


ケロリとしているヒュウガは私の地味な攻撃に耐えた挙句ミサイルを放ってきた。
それにたじろぐ私。
昔はヒュウガが折れてたのに!折れてたのに!!と地団駄を踏みたい衝動に駆られたけれど下の階の人に迷惑なので止めておく。

意識しているのかと聞かれたら正直なところしているに決まっている。
しばらく会ってなかった幼なじみで初恋な彼が、こんなにもかっこよくなってるなんて意識しないわけがない!
それについ最近まで初恋をズルズルズルズル引っ張ってて、やっとフラウにトキメキ始めたといったところだったのに。
またヒュウガにときめくなんて…。

優柔不断な自分に怒りさえ湧いてくる。
かっこよくなったヒュウガにも、なんの運命なのか私達2人を今更再会させた神様にも。
嬉しくないわけじゃないけど、少し残酷ではないだろうか。


「ね?いいでしょ?」


ついに強硬手段に移ったヒュウガは私の手を掴んで軽く引っ張ってきた。
今朝の出来事がフラッシュバックしてデジャブを味わう。

ヒュウガの香り、逞しい腕と胸板、それから真っ直ぐな瞳。
全身の血が沸騰するかのような錯覚に陥っていると、グイッと手を引っ張られた。

結局、今朝と一緒か。
ヒュウガに引っ張られて、ベッドに引きずり込まれて、彼の隣に横になる。
そうするとヒュウガの腕が私の背中に回ってきた。

目の前には胸板ではなくヒュウガの顔。
恥ずかしくて、最後の抵抗とばかりにもぞりと動いて彼に背中を向けた。

明るかった部屋がヘッドボードに置いていたリモコンを取ったヒュウガの手によって明かりが消され、暗闇に沈んだ。

光は窓から差し込む月明かりだけ。
背中を向けているため私からヒュウガは見えないけれど、きっとヒュウガからは私が見えているのだろう。
そう思うと自然と身が縮んだ。

それを優しく解くようにヒュウガの足が私の足に触れて、絡まる。

寝間着の隙間から覗いていたのであろう素肌に彼の素肌が直接当たって体がガチガチに固まった。

別にセックスに誘われたわけじゃないのに、月明かりとか、シチュエーションとかのせいで頭を過ぎる。

そんな私を悟ったのか、それともただ単に本当に面白かったのか、彼は背後でクスクスと笑った。


「そんなに緊張しなくてもまだ何もしないから安心して?」


そんなこと言われたって安心できるわけない!と思っていたのに、彼の声があまりにも優しかったせいか自然と肩の力を抜けたのがわかった。

だけど項にかかる息はどうにかしてほしい。
ぞわりとしたものが体中を這う感覚は、何故かイヤじゃないけれど何だか色々とダメな気がする。


「『まだ』っていうのが気になるところだけど、とりあえず今日は許してあげる。」

「それはどーも♪」


何だか今日は眠れなさそうだ。
2度寝だってしてしまったし、側にはヒュウガだっている。

だけどどうにかして寝なくては。と目を閉じて「おやすみ」と呟けば、2人の僅かな隙間を埋めるかのようにお腹辺りに回っていたヒュウガの腕が、自分の方へと引き寄せたため背中にも体温が触れた。


「おやすみ、名前。」

「……ヒュウガの考えてることわかんない…。」

「いいよ、わかんなくて。」


(『フラウ』という顔さえ見たことのない男に嫉妬して、目が覚める時も眠る前もオレの事だけ考えていればいいなんて、こんなオレの気持ち知らなくていいよ。)

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