羊の数え方(後)



4Sheep『嘘つき』




自慢にもならないかもしれないけれど、オレは名前にだけは嘘をついたことがない。
だって名前は意外にも簡単にオレの嘘を見抜いてしまうから。
日頃鈍感なくせに。

オレが友達に嘘を吐いているところを名前に見られて、後で「あれ嘘でしょ、ヒュウガ?」と言われて以来、名前にだけは嘘を言わないでおこうと誓ったのだ。

そんなヘンなところで聡い名前は今現在、遊びつかれたのかオレの部屋で大の字になって眠っている。

名前が「オレンジジュースおかわり!」と言ったからおかわりを持って来てみれば、人様のベッドですでにご就寝だった。
おやすみ3秒なのは知っているけれど、名前は枕が変わるとあまり寝付けないタイプだったはずだ。
そんな名前がオレのベッドで気持ち良さそうに眠っているという事実がちょっぴり嬉しい。


「…よだれ垂れてるし……」


オレのベッドに名前のよだれが垂れていて、呆れつつもティッシュで拭いながら寝入っている名前の顔を覗きこむ。

上下している胸と、微かに聞こえる寝息。
閉じられた瞼と長い睫毛。
それと、ふっくらとした唇。

なんだかそこに触れたくなって、オレは恐る恐る手を伸ばし、触れた。
ふにふにとした荒れていない唇は何とも気持ちよく、魅力的だ。

今、オレの喉がごくりと鳴ったのは気のせいだろうか。

名前の唇から手を離し、今度はそっと唇を近づける。

あと少し、あと少し。
自分の唇が震えるのがわかった。
起きやしないだろうかと名前を伺いながらも、何故か唇から目が離せない。

そしてオレは、ついにふっくらとしたそこに自分の薄い唇を押し付けた。


不思議な気分だった。
満たされるような、それでいてもどかしいような。
父さんと母さんがしているのを見よう見まねでしてみたものの、どこか神秘的で、してはいけないことをしているような気分にさえなった。
なのにオレは、唇を離すと、名前が起きない事をいいことにもう一度だけキスをした。

神聖なものに触れたような気持ちはひどく満たされるのにどこか恐ろしい。
だけどオレの胸は理性とは間逆に熱くなっていた。

もっと触れていたいと思い始めていた頃、ふるりと名前の睫毛が震えて、オレは急いで飛び退いた。


「う、ん……んー、ごめんーなんか気持ちよくて寝ちゃってた…。…あれ、ヒュウガ?床に座って何してるの?」

「……」


名前の声が遠くに聞こえるほど心臓がひどくうるさい。

何か答えなければと思うのに、声が出ない。
名前はオレが持ってきていたおかわりのオレンジジュースをこくりこくりと飲んだ後、そんなオレの様子に不思議そうに名前首を傾げた。


「ヒュウガ?どうしたの?何かあったの?」

「……なんでもない、よ…。」


やっと出た言葉は嘘だった。
名前がオレの嘘に気付いたかどうかなんてわからない。

だけどオレは、確かにこの日、初めて名前に嘘をついた。










5Sheep『変わった』




ジャリ、と砂を踏む音がやけに耳に響いた。
先ほど空は茜色から深い藍色へと変わり、一等星が見えている。
周りは木々に多い囲まれており、私はそこに一人で蹲るように座っていた。

決して遭難したわけではない。
これが世に言う家出というやつだ。

家から徒歩10分という距離の家出だが、幼い私にはとても大きな決断をしたように思えてならない。
近所の公園の最奥の茂みに隠れた小道を進むとたどり着くこの場所を、一体どれほどの人が知っているのだろうか。
公園で遊ばない大人は知らない。
私だって偶然見つけたのだ。

もしかしたらヒュウガも知らないかもしれない。
そう思うと急に心細くなった。


「…寒いなぁ……」


ひゅるりと吹く風の音が不気味に思えてきた。
何だか寒くなってきたし、夕飯前に家を飛び出してきたものだからお腹だって空いてきた。
ついつい、そろそろ帰りたい。と思ってしまう。

この暗闇の中だとガサガサ、と草木が風で揺れるだけで恐怖心が煽られる。
ふと、カサカサ、ガサ、ガサガサ、と明らかに風で揺れているわけではなさそうな草木の揺れる音が聞こえてきた。

音がする方を凝視して来る何かに気を張るけれど、心はもうすでに折れそうだ。
そんな私を無視するかのように、にょきっと茂みの中から手が出てきた。


「ひっ、きゃぁぁぁあぁぁぁヒュウガぁぁあぁぁぁたすけてぇぇー!!」

「待った!名前、オレ!オレだからっ!!」


焦ったようなヒュウガの声が聞こえたと思ったら、茂みの中からヒュウガが出てきた。


「名前みーつけた♪」


私の涙を指で拭いながらヒュウガは笑う。
頭や肩にたくさんの葉っぱをつけて、彼は笑う。


「ぅ、う…うぅーヒュウガー。」


安堵した私は彼を押し倒さんばかりの勢いで飛びついた。
2人して地面に転がり、ヒュウガは驚いているけれど私はそんなのおかまいなしに彼に抱きついたまま泣きじゃくる。
ヒュウガの右手が私の頭をゆっくりと撫で、左手で身体を抱きしめてくれた。


「ひどいなぁ名前、オレにナイショで家出なんて。名前が誘ってくれたらどこまででもついてくよオレ?」


冗談めかして言っているようだけれど、私にはわかる、それが本音だって。
だって彼は私に嘘は吐かない。
少し前に、一度だけ嘘を吐かれたっきりなだけ。


「なーんで家出したの?反抗期?」

「…お母さんとお父さんが喧嘩してたから。なんか、家にいたくないなって。」

「そっか。でも名前のお父さんたち心配してたよ?オレの家にも名前のこと探しに来て、名前のお母さんなんて泣いてた。」

「……怒ってない?」

「うーん…怒ってはないけど…」


怒られるとは思う。とヒュウガが思っていると、ぐぅ〜とお腹の音が鳴った。
安心したら気が抜けてお腹がとても空いたのだ。
恥ずかしくて俯くと、ヒュウガが「帰ろっか。」と言ってくれたので素直に頷いた。

立ち上がり、ヒュウガの背中についている砂や葉っぱを払ってあげる。

最近、私より背が低かったヒュウガの背が急に伸びてきて、今は同じくらいの背丈。
たくさんついている葉っぱは、子ども一人が辛うじて通れるあの茂みの中はひどく狭かったことを示していた。
今からまたこの茂みの中を通ると、今度は2人とも葉っぱだらけになるのだろう。

前を歩いていたヒュウガが不意に後ろを振り向いたと思ったら、さも当たり前のように私の手を握り、そして私もその手を握り返した。
もしかしたら私は、ヒュウガが探しに来てくれることをどこかでわかっていて、そして期待していたのかもしれない。
だって、今ここにヒュウガがいることが当たり前のように感じているから。


「名前、帰ったらオレも一緒に謝ってあげる。」


ヒュウガはいつだって優しい。


「……探しに来てくれてありがとヒュウガ。」

「名前を探すのはオレの役目でしょ。」

「うん、そうだね。」

「それに名前は寂しがりやで泣き虫だからオレが見ててあげないと。」

「…」


そしてやっぱりどこか意地悪だ。


「寂しがりやでも泣き虫でもないよ!」

「はいはい、わかったわかった♪」

「返事は一回ってお母さんが言ってた!」

「はーい。」

「のばしちゃダメ!」


私達は日々成長し続けているけれど、変わらないものを胸に持っている。








バンッと壊さんばかりに扉が開かれた音で私は目が覚めた。


「うぬぉっ?!?!」


何事だ?!?!と飛び起きると「少佐!名前さん!戦地についたって艦内放送があって10分が経ちますけど!」とコナツくんが血相を変えて私達を呼びに来ていた。


「うそっ!?!?!」


急いで時計を見ると、ヒュウガが寝たのを確認してから3時間が経過していた。
眠る前は真向かいのソファで眠っていたのに、今は何故か私の隣で未だ眠っているヒュウガを揺すり起こす。


「ヒュウガっ!起きて!おーきーてぇぇ!」

「んー何?」

「戦地ついたって!10分前に!!」

「少佐、皆集合してますから!急いでください!!」


ほら、走ろう!とヒュウガの手を握って部屋を飛び出す。
前を走るコナツくんの後に続いて走っていると、握っていたヒュウガの手が私の手を握り返した。

あぁ、何だか昔の出来事を夢に見ていたような気がしたのだが、どんな内容だったか飛び起きたせいですっかり抜けてしまった。
どの出来事だったのか、思い出そうとしたけれどやっぱり止めた。
だって私達の昔の出来事はたくさんありすぎるから。
一から思い出そうとしたらきっと今回の遠征が終わってしまいそうなほど。
それほど、私達は途方もない時間を過ごしてきたのだ。


「名前、一緒にアヤたんに怒られようねー♪」

「やっ、やだよー!!」


そしてもちろん、これからもその時間は増えていく。


END
1〜5の副題のみモノクロ メルヘン
『幼なじみな僕等』『大人になりたい子供』より抜粋


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