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その後、食事の準備が整ったと呼びに来た斎藤と沖田、藤堂に連れられて広間へと向かう。
道中、藤堂に「平助でいい」と言われて呼び方を変えつつ、広間に着けば腹を空かせた永倉が待ちくたびれたと文句を言った。
千鶴は永倉と原田の間に、サラは斎藤と原田の間に座り、食事を始めた。
なかなか騒がしい食事の時間だがこれが常らしく、黙々と斎藤は箸を動かしていた。
汁物と漬物にしか手をつけていないサラに気付いた原田が尋ねる。
「サラはそれだけでいいのか?」
「えぇ、体質的なものであまり食事はとれないんですよ」
「……何か必要なものがあれば言え」
「ありがとうございます」
柔らかく微笑んだサラの笑みを向けられて斎藤は襟巻きに顔を埋める。心なしか食事を進める速度が落ちたようだ。
「サラちゃんはそんな成りしてんのに力持ちだよな?」
「そうそう!今日隊士から刀だけじゃなくて槍もなかなかの使い手だって聞いたぜ?」
「わぁ、すごいです!さすがサラさんですね!」
「ありがとうございます。原田さんの真似をしてみただけですので、凄いのは原田さんですけど」
「左之の真似?真似ったってあれだろ、鍛錬中のあの……刃先が無いやつ」
「見ただけで、あれだけ振るえるのか」
「ってことはさっきの居合は?」
「斎藤さんが刀を振るうところは何度か見えましたから」
「だが、僅かにだが刀を抜く時ぎこちなかった気がするが」
「バレましたか。実は刀を持つのは初めてでして」
初めて?!とサラ以外の全員が驚いている。
アレだけ動けて振るえるのだから、刀を持つのが初めてとは思わないだろう。
何より、斎藤に勝っているのだから尚更である。
「じ、じゃあ普段はどう戦ってるんだ?!」
「基本素手、ですかね?」
「女の子なのに……素手……」
「刀相手に素手は厳しいから武器は持つべきだろうな」
「いえ……素手だとちょっと力の調整が大変で。下手すると殺……壊しかねないんですよね。まだ武器が壊れないようにする方が楽なんですよ」
「…………」
「…………」
なんとも言えない空気が広間に広がる。
無言になった周囲に首をかしげつつ、サラは井上の足音を拾っていた。
「みんな、ちょっといいかい」
和やか、とは言い難かった空気が一瞬で硬いものへ変わる。
「大阪にいる土方さんから手紙が届いたんだが、山南さんが隊務中に重傷を負ったらしい」
皆、一斉に息を呑む。
サラだけが唯一、内心でやはり、と考えていた。
大阪の呉服屋に浪士たちが押し入り、駆けつけた山南以外隊士たちで浪士を退けたがその時に腕に怪我をした。
その後、山南は怪我の影響で剣を握ることが難しくなり。そして。
「…………」
「相当の深手だと手紙には書いてあるけど、傷は左腕とのことだ。剣を握るのは難しいが、命に別状はないらしい」
「良かった……!」
声を上げたのは千鶴だけだ。
新選組の隊士たる武士が、己の全てである刀を握れなくなる。
それは、どれほど辛く苦しいことなのだろうか。
「……数日中には屯所へ帰り着くんじゃないかな。……それじゃ、私は近藤さんと話があるから」
井上はそう言って背を向けた。
重苦しい沈黙を破ったのは斎藤の冷静な声音だった。
「刀は片手で容易に扱えるものでは無い。最悪、山南さんは二度と真剣を振るえまい」
そう言われ、千鶴はようやく周りの憂うものが分かったらしく押し黙る。
命は助かったが、剣を握れない山南は。武士としての山南は死んだにも等しく。
「片腕で扱えば、刀の威力は損なわれる。そして、鍔迫り合いなれば確実に負ける」
ふぅ、とため息をついた沖田が言う。
「薬でもなんでも使ってもらうしかないですね。山南さんも、納得してくれるんじゃないかなぁ」
「総司。滅多なこと言うもんじゃねえ。幹部が新撰組入りしてどうするんだよ?」
「永倉さん」
「新選組は新選組ですよね?」
サラが永倉を止めるように呼んだが時既に遅く、疑問に思った千鶴は首を傾げて口にした。
「普通の新選組ってこう書くだろ?新撰組のせんの字を手偏にしてーーー「平助!!」」
原田が藤堂を問答無用とばかりに殴り飛ばした。
「いってぇ……」
「やりすぎだぞ、左之。平助も、こいつのこと考えやってくれ」
いつになく真面目な顔をした永倉は千鶴へと視線を向けて言った。
この場で【その事】を知らないのは千鶴だけだ。
「……悪かったな」
原田が謝ると、藤堂は曖昧な苦笑を浮かべた。
「いや、今のはオレも悪かったけど。ったく、左之さんはすぐ手が出るんだからなあ」
頬を摩りながら藤堂は言う。
これが日常茶飯事であるかのような反応に千鶴は若干の怯えを見せていた。
「千鶴ちゃんよ、今の話は君に聞かせられるぎりぎりのところだ。これ以上のことは教えられねえんだ。気になるだろうが何も聞かないで欲しい」
「新撰組って言うのは可哀想な子達のことだよ」
底冷えするほどの冷たく暗い瞳で沖田は言った。
何も言えなくなった千鶴に、永倉が取り成すような口ぶりでいう。
「お前は何も気にしなくていいんだって。だから、そんな顔するな」
頭をぽんぽんと撫でられて千鶴はぎこちなく微笑んだ。
ただの客で、別に新選組の隊士ではない。新選組の秘密なんて知らなくていい。
そんなこと分かっていたはずなのに。
そんな心情がありありと見て取れる表情だった。
「忘れろ。深く踏み込めばおまえの生き死ににも関わりかねん」
斎藤の言葉に千鶴は唇を噛む。
サラはそんな千鶴たちのやり取りを黙って見つめていた。