09


千鶴とサラが新選組に保護されてから一週間。
その間、千鶴は土方に言われた通り、男装を続けていたが元々男としての生活をするには難しい年頃ということもあり、男らしく振る舞うことができずにいる千鶴は隊長たちにフォローされてはいるがそれを良くも思わない隊士も多く。
遠巻きにされ、中には冷たい視線を送る者もいるようだった。
一方、サラは。

「お前、なかなかの腕をしてるな?」

「まぁな。兄が心得のある人だったんだ」

「流派は?」

「済まない、昔のことなので覚えていないんだ」

数人の隊士に囲まれていた。
それは悪い意味ではなく、むしろ剣の腕を評価され、そのルーツを探る好意的なものであった。

「兄は強かったよ。わたしでは適わないくらいには」

努めて男のように振る舞うサラの姿は元が女だと知っている隊長たちの目にも男に映るほどだ。

「お前で適わないのか。隊長たちならばどうだ?」

「どうだろうな。沖田さんや斎藤さんくらいじゃなかろうか」

「そんなにか?!」
「それは強すぎるだろ?!」

「兄が二人と姉が二人、ついでに弟が一人、あとは弟の嫁御になる義妹がいたんだが、なかなかの強さだよ」

「姉と妹もか?」

「ああ。武の腕ではなくその心が強かった」

「女は強いからな」

「確かに、俺も姉と母には逆らえなんだ」

談笑するその光景はどこにでもいる普通の男(見た目的な意味ではなかなかいないが)、あの日永倉を絞め上げたとは思えないほどの優男のようだ。

「話してるところ悪いな。サラ、斎藤が呼んでたぞ」

「分かりました。すまない、またな」

サラを呼びに来た原田に了承の返事をして談笑していた他の隊士に断りを入れる。
一連の流れをなんでもないことのようにやるサラに原田は感心していた。

「手馴れてるな?」

「来ることは気付いてましたからね。前もって会話の流れを調整させて頂きました」

「そんなことが出来んのか」

「ある程度は。それに山崎さんにも言いましたが鼻はいいんです」

いたずらっけたっぷりに笑ったサラの笑顔を見て原田は頬に熱が集まるのを感じた。
遊び慣れているはずの自分ですらこうなるのに、他の隊士と関わらせて大丈夫なんだろうか、と心配になったがそれに応えるようにサラは苦笑する。

「隊士といる時は抑えてますからね。無駄な愛想は振り撒きませんよ。手に入れるためには手段を選ばないだけで、不要なものには労力をかけませんし」

「これは無駄じゃねえってことか?」

「えぇ、まぁ。土方さん、斎藤さん、原田さんには」

「……お手柔らかに頼む」

「前向きに検討します」

くすくすと鈴を転がすように笑うサラの姿に原田は心臓が跳ねた気がした。
サラの言う愛想にとんでもない威力があるのは理解したが、それ抜きでも充分サラは魅力的なのだ。これ以上充てられては辛い。

「存外、可愛らしい方なんですね」

「そんなこと言うのはお前だけだろうよ……」

原田の言葉にサラは花が綻ぶように笑った。







「―――来たか」

「お呼びとのこと、如何致しましたか?」

原田に連れられて斎藤のところへ赴くと、そこには沖田と千鶴がいた。
沖田は千鶴の小太刀を手にして千鶴と話し込んでいた。

「腕試しでもされてましたか」

「……よく分かったな」

「沖田さんがこれほど楽しそうにしてらっしゃいますし、千鶴さんの剣の腕はなかなかでしたか」

暗に、外に連れ出す許可を与えたのかと匂わせて言うサラに斎藤は小さく頷いた。

「師に恵まれたのだろう。連れて歩く分には不便は感じないだろう」

「では、次はわたしの番ですか?」

「ああ。隊士たちから話は聞いてはいるが、念の為だ。どこからでもかかってくるといい」

ほらよ、と原田はサラに備品の刀を手渡す。
普通の女にとっては刀は重く、簡単に振るえる物ではないのだがサラには関係なく。木の葉程度の軽さとして認識した。

「……では参らせていただきます」

サラは斎藤と同じように構える。
それは居合の型。

「…………」

お互い見つめ合って隙を伺う。
達人級の斎藤はこの時点で千鶴と相対していた時のような油断は捨てた。

はらり、と枯葉が舞う。

一瞬の後、刀がぶつかり合う音が響き、二人はすぐに離れる。

「わたしの速さについてこれるとは。益々欲しくなりました」

「…………」

サラの笑顔に斎藤の背筋がぞわりと粟立つ。
肉食獣に目を付けられたような悪寒が走る。

その一瞬の動揺をサラは見逃さなかった。

体を低くして斎藤の懐に潜り込み、首筋に刃を添える。
勝負は瞬きひとつの間に終わっていた。
人外の速さを誇るヴァンパイア。エドワードに次ぐ速さを持つサラに勝つのは人間では到底無理な話であった。

「すごい……」

「今の、見えたか?」

「ううん。……多分、はじめくんも見えてない」

沖田や原田だけでなく、サラの相手をしていた斎藤ですら、サラの姿を追えなかった。
それが意味するのはただ一つ。

あの日、羅刹に堕ちた隊士を屠ることはサラにとって造作もなく。なんなら今この場で全ての人間を殺して回ることも可能だということ。
だが、彼女はそれをしない。それはひとえに彼女自身が口にした『新選組の行く末を見届ける』『欲しいものがある』ということが真実だと肯定していた。

「ご満足いただけましたか?」

「……十二分に」

「隊士としても使えると思いますので、ご随意に」

サラは刀を鞘に収めて原田へと返した。

「警戒されるのは仕方ありませんが、言ったはずですよ。仇なす気は無いと」

「……どこまで信じられるかは君次第だと思わない?」

「ふむ。確かに沖田さんの言う通りですね。では、土方さんと山南さんがお帰りになられたらわたしの秘密を教えて差し上げましょう」

「……それは君の……、いや、帰ってきたら聞くことにするよ。どういう秘密なのかも含めて、ね」

沖田は一瞬、千鶴へと視線をやり思い直したのか肩を竦めた。千鶴以外の三人は目を見合わせて合図するとその場は解散となった。

同じ部屋で生活するサラと千鶴はここ数日でより仲良く接するようになっていた。
時折、人間ではない香りをさせるが千鶴には特段魅力は感じず、家族といた時のように我慢できそうなのが幸いだった。

それにしても、とサラは思う。

腕試しの時に斎藤に接近したあの一瞬はとても根気がいった。
あの狂おしいほど欲する香りの中でどうにか自分を見失わないようにするのが精一杯で人間らしい速さを保つことが疎かになっていた。
……結果、合格を貰えたのは良かったのだが。


「サラさんにお願いすることではないんですけど……」

「お父様を探すんですね?」

「はい……、もし、巡察の時に余裕があれば」

「分かりました。それとなく、他の人にもお願いしておきますね」

内緒ですよ?とサラは茶目っ気たっぷりに笑い、千鶴と笑い合った。