08

斎藤に連れられて、元いた部屋に戻ったサラはそのまま正座をして佇む。
広間では千鶴が他の幹部達と話をしているらしく、その会話が時折耳に入る。いや、確実に耳に入っている上に記憶力も良いので何を話していて、どう言う反応をしたのかも覚えてしまうのだが。

千鶴はこの新選組で変若水の研究をしていた蘭方医、雪村鋼道の娘で、連絡が途絶えた父を捜しに京の街にやって来たということだった。
変若水の研究は現在、山南敬介が引き継いでいるがどうやら手詰まりの様で、その状況を打破するために雪村鋼道を探しているようだ。

静まり返った部屋の天井裏では、監察方の山崎がサラを監視している。

「……お仕事大変そうですね、山崎さん。そんな監視しなくても逃げはしませんよ?」

気配を消すことに長けているからこうして土方に命令されてサラの見張りをしていたのだろう。
だが、こうもあっさりと気付かれて動揺を隠せなかったのか、僅かな物音がした。本当に小さな音だ。人間なら気付かないような、微かな音。

「ふふ、そんな動揺しなくてもいいじゃないですか。諜報するに当たり気をつけないといけないことは物音や気配。それだけでなく、あとは匂い。わたし、鼻はとってもいいんです」

山崎のいる方へは目を向けずに背筋を正したまま独り言のように言えば、またコンコンと小さな音がした。

「それに……―――」




ひとしきり話し終えた後、天井裏にあった気配はすぐに消えた。
つく必要もないため息をひとつ落とすと、ようやく話が終わったのか千鶴が幹部に付き添われて部屋にやって来た。

「入るぜ」

一言言って戸を開けたのは先ほどサラが絞め上げた永倉だった。
首にはまだくっきりと私の手の跡が付いている。
僅かに不機嫌なのは油断していたとはいえ女のサラに隙をつかれたことを土方に怒られたからだろう。

「サラさん!」

「千鶴さん。大丈夫でしたか?」

「はい、私は父様が見つかるまで屯所で保護してもらうことになりました。あの、サラさんは……?」

「わたしは……」

千鶴は殺されずに済んで安心した反面、保護と言う名の監視、これからの軟禁生活に複雑そうな表情だった。おずおずと先に話を終えて処遇が決まっているのかと聞いてくるこの子は、よくよく観察すると人間の気配をしていなかった。

一晩一緒にいたけど気付かなかったのは不覚だ。でもその気配は揺らいでいて、少しずつゆっくりと人間の気配に近づいている。どうやら感情の揺れで気配が変わるらしい。
それに、香りもその揺らぎがある間はとてもサラ達ヴァンパイアに近い香りがしている。

「千鶴ちゃんと同じ、新選組で保護することになったけど、そっちは隊士としてだな」

「……だそうですよ?」

「そんな!サラさんだって女の子なのに……っ」

「千鶴さん、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。わたしには鬼の副長様がついておりますので」

「え?それって……」

サラが意味深に笑って見せれば、千鶴は顔を赤くして俯いた。その向こうにいた永倉も何やら顔を赤くしているがそこは無視。

「じ、じゃあ千鶴ちゃんにゃ悪いが、そっちの姉ちゃんをまた連れてこいって言われてんだ」

「えぇ、行きましょうか」

サラは大人しく永倉の後をついていく。
先ほどの広間では同じメンバーが揃ってサラを出迎えた。

先程のメンバーがじっとこちらを見つめている。
唯一姿が見えないのは、土方。山崎さんに呼ばれて隣の部屋で報告を受けているだろう。

「さて、先ほど大まかにですが山崎くんから貴女は、我々がお上から頼まれている事が何なのか理解していると聞きましたが……」

「はい、理解しています。何故なら私がこちらへ来てから貴方達を観察していましたから」

「っ?!」

「へぇ、時々感じた視線はキミだったんだ?」

「土方さんと沖田さん、それに斎藤さんは時々私がいる方を見ていましたね。人間の割に鋭いなと感心していたところです」

「チッ……」

舌打ちをした土方は苦々しい表情を浮かべていた。
あぁ、それにしてもとてもいい匂い。
麻薬のように、全身に染み込む香り。

「あれ、サラ……」

「はい?」

なんですか?と自分を呼んだ藤堂に振り向けば、「目の色が変わったような……?」と困惑と共にサラに言った。

「あぁ……申し訳ありません。つい、御三方の匂いに充てられてしまって」

「さっきは金だったよな?」

「今は黒……?いや赤、か?」

「私は人より目も鼻も良いですからね。この距離でも人間で言えば一寸程の近さにいるようなものなんですよ」

「へぇ……」

「貴女は……一体何者なのですか」

「山南さん?」

「それ程までの身体能力に加え、目の色が変わるなど……まるで羅刹のような」

「あんな紛い物と一緒にしないで頂けますか?私はあんなものよりずっと……強い」


羅刹のような?やめて欲しい。あんな、もどきよりも私は純粋なヴァンパイアなのだから。

サラは山南の言葉を遮り、窘めるように強く言うと気まずそうにメガネを直して山南は謝罪した。

「……これは失礼。ですが、貴女もご存知の通り、我々はあの薬を幕府から賜り研究をしています。此処で研究をしていた責任者が姿を消し難航しているのですが……」

「聞こえました。千鶴さんのお父様でしたか、鋼道氏が行方不明になったんですよね。それで彼を探すために千鶴さんを保護したと」

「ええ、その通りです。単刀直入に言います。貴女には、変若水の研究を手伝って頂きたい」

「山南さん!!」

山南と私の会話を聞いていた幹部たちだったが、手伝いを依頼した山南を咎めるように声を荒らげたのは土方だ。

「アンタ、何考えてやがる……?薬にコイツを手伝わせるだ?冗談はやめてくれ」

「冗談ではありません。私一人の力では出来ることは限られている。ですが、彼女がいるならば羅刹の更なる強化もまた手の届くところまで来るのですよ」

「山南さん。申し訳ありませんが、私は変若水……引いては羅刹も何もかも大嫌いなんですよ。なので手伝いはお断りさせていただきますね。何より、私や羅刹よりも怖い鬼が睨みをきかせておりますので」

とサラがちらりと土方を見遣れば、クスクスと笑い声が上がった。笑ったのはもちろん沖田だが、土方はこめかみに青筋を浮かび上がらせ、「笑うんじゃねぇ!」と怒鳴った。