本命は別な夏油

 朝、登校した時。教室の中から夏油と五条の声が聞こえてきた。
「なあ、傑」
「なんだい、悟」
「処女と非処女どっちが好き?」
「……私的には経験あったほうが嬉しいな。未経験は色々とめんどくさい」
「は? 初めての方がいいだろ。てか逆にほかの男が突っ込んだ場所とか考えるだけで気持ち悪いわ」
 繰り広げられる下ネタトークに私の足は止まってしまう。今ここで入るのは気まずい、と考えていたら。
「あれナマエじゃん。何突っ立ってんの?」
「硝子。中で下ネタ話してるから入りにくくて……」
「は? 朝っぱらから? クズもここに極まれり、って感じだね」
 硝子がガラリと扉を開けると、夏油と五条はしれっと「おはよう」と笑顔を取り繕って処女非処女談義を終える。それで一旦その話は終わった。のだが。
 その日の晩、私はベッドにうつ伏せて落ち込んでいた。
「未経験はめんどくさい……か……」
 そう、私は夏油のことが好き。だから彼の好みはロングヘアらしいと聞けば髪を伸ばしたし、華やかな化粧の女の子が好きと聞けば新しいアイシャドウを買い足したりしてきた。だけど。
「処女はな……ポイって捨てられるものでも無いし……」
 悩んでも仕方ないし気持ち切り替えよ、と宿題に取り掛かることにしたところで気がつく。
「そういえばノート、五条に貸したままだった……」
 五条の部屋の前に立ちノックしようとしたところでタイミングよく隣の部屋──夏油の部屋の扉が開き、部屋の主が顔を出した。 
「夢主、どうしたんだいこんな時間に」
「五条にノート返して欲しくて」
「……悟は今日早く寝るって言ってた気がする。明日にしたほうがいいかもしれない」
「そっか」
 五条が寝てしまったなら仕方ない。急ぎの宿題じゃないし今度でいいやと流されるまま女子寮につま先を向けると、夏油が肩に手を添えてくる。
「部屋まで送るよ」
「要らないって。すぐそこだし」
「いいから」
 そこまで言われたらなんだか断るのも気が引ける。私が「じゃあ」と頷くと、彼は小さくため息を着いて口を開く。
「あとさ。……同i級i生とはいえ、夜に男の部屋に来るのは良くないと思うよ」
「何? ……お説教? ウザ」
「お説教じゃないよ。ただ自分を大事にしてほしいだけ」
 夏油のいうことはまあ正しい。女の子が不用意に男の子の部屋に来るべきじゃない、この上ない正論だ。だけど今はその正論に腹が立った。
「……自分は非処女が好きなくせに」
 思わずじとりと睨むと夏油は目を彷徨かせながら続ける。
「……それ、どこで」
「昨日の朝話してたじゃん」
 夏油は「聞いてたんだ」と恥ずかしそうに頬を掻くと、そっぽを向いて蚊の鳴くような声を出す。
「でも、本命は……君は別だよ」
「……は?」

夏油
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