五条悟には妻がいる。しかしその事実を知るものは多くない。というか当の本人である五条でさえ妻のことを妻として認識していない節がある。親戚が結婚結婚とうるさいから見合い相手の中から消去法で選んだだけの女だ。良家の娘で、自己主張が控えめ。五条が家に帰った時はそろって食事をして床を共にするが、そもそも五条が家に帰ること自体年に数回ある程度。だがそれに文句をいうことなく粛々と家政を執り行う。妻と呼ぶにはあまりに乾いた関係だ。だけど五条がそれを後ろめたく感じることはない。見合いの場で「それでもいい?」と聞き、合意の上で嫁いできたのが妻なのだから文句を言われる筋合いはないと思っている。とはいえ妻に対して全く情がないかと言われるとそうではない。愛してはいないが信頼はしているし守るべき家族だとも思っている。
そして七月のある日。年に数度の帰宅日。京都にある五条家に戻った五条はいつものとおり一泊だけし、翌朝には荷物をまとめて玄関にいた。
「じゃ、行ってくるね。年末には帰ると思うけど何かあったら連絡して」
いつもどおりの文言を口にすると見送りにきた妻は「少しお待ちを」と五条を引き止め、風呂敷に包まれた「何か」を五つ差し出してきた。
「悟さま、こちらをお持ちください」
「なにこれ」
「お中元の季節ですから。悟さまが通っている女性にお渡しください」
「え」
たしかに五条には通う女性、つまり固定のセフレが五人はいる。だが妻の前ではその存在は隠していた。自分のセフレの存在が彼女にとって気分のいいものではないと弁える程度には夫としての役割を果たしていた。なのにどうしてバレたのだろう。固まる五条にたいし、妻は眉を下げて首を傾ける。
「五つでは足りませんでしたか?」
「……いやいやいやそうじゃなくてさ。確かに僕いまセフレ五人はいるけど。ってそうじゃなくてさ。……いいの?」
妻である彼女にとって自分のセフレの存在は地雷ではないのだろうか。そんな思いで尋ねるも、妻は柔らかい笑顔のまま答える。
「悟さまの子を産むかもしれない方々に礼儀を尽くすのは当たり前ですから」
「あ、そういう感じなのね?」
どうやら彼女はそのあたり完全に割り切っているらしい。よかった、と少し胸をなでおろしつつ最大の謎を問いかけてみる。
「もう一つ、いい?」
「はい」
「五人ってどうしてわかったの?」
五条の質問に、妻は少しだけ表情を変える。数秒視線を斜め上に向けて考えた後、人差し指を立てて口の前に持ってくる。
「……秘密です」
その瞬間、五条は心臓がどきりと跳ねるのを感じる。
立てた指の細さとその向こうで弧を描く唇に目を奪われた。