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 まさかこうなるなんて、思わなかった。それは僕の考えが浅かったからか、今さら考えたところで意味はないのだけれど。目の前で繰り広げられる、いわゆる親子喧嘩というもの。僕はどうすればいいものかと、意味もなくきょろきょろしてみたり。レニーくんの方は腕を組んで目を閉じて、確かになー、と呟いたりしている。
 村長さんはニードくんに向かって「馬鹿だ」と言い放ち、言い返そうにも言葉に詰まるニードくんをぼんやりと見つめる。それまでずっと腕を組んで静かにしていたレニーくんが、「そういえば」と声を発する。今の今まで喧嘩をしていた二人はレニーくんの方に顔を向けて、なんだなんだ、と問いかける。

「ルイーダさんのこと、言っておいた方がいいんじゃないか」

 その言葉でニードくんと、ついでに僕もあの兵士たちとの会話を思い出した。セントシュタインの酒場の女主人である、ルイーダさんの行方。ニードくんは助かった、という風な顔をして、ルイーダさんのことを村長さんに話し始めた。
 ニードくんがひととおり話し終えたとき、部屋の扉がいきなり開き、扉の近くにいた僕とレニーくんを驚かせた。「リッカさん?」と、慌てた様子のリッカちゃんを見て、レニーくんが首を傾げる。

「その話、本当なの!?」
「リッカ! なんでここに、」

 突然のリッカちゃんの登場には、ニードくんも驚いたようだった。しかしそんなニードくんに構わず、「ルイーダさんが行方不明って本当なの?」と訊ねてくる。

「俺たちがセントシュタインの兵士から聞いた話によると、本当らしい。リッカさんはルイーダさんのことを知っているのか?」
「そういえば、リッカはセントシュタインの生まれだったな」
「父さんのセントシュタイン時代の知り合いに、そんな名前の人がいたはずなんです」

 もしかしたら、とリッカちゃんは不安そうな顔をする。「父さんが死んだことを知らなくて、会いに来ようとしていたのかも……」小さな、消えてしまいそうな声でそう言って、俯く。

「そうか……。しかし探そうにも手がかりがなくてはな」
「キサゴナ遺跡ってところから来ようとしてたとか、兵士の人たちが言ってたような……」
「ああ、そうだったな」

 キサゴナ遺跡か、村長さんは難しそうに呟いて、リッカちゃんに向かって言った。今日はもう帰るように、ルイーダさんのことであまり思いつめないように、と。ニードくんはどうやらこのあとも村長さんに叱られてしまうみたいだけれど、僕はそのことよりもリッカちゃんのまるで泣きそうな表情ばかりが気になっていた。
 レニーくんは宿屋に戻って、僕とリッカちゃんは家までの道を歩く。道中のリッカちゃんは終始無言で、思いつめないように、と言われたことなど忘れているようだった。そんなリッカちゃんを見ながら、僕の中にはある思いがあった。

 ここ数日ですっかり見慣れた家につくと、やっとリッカちゃんは口を開いた。僕が村の外に出たと聞いて驚いた、心配していたけれど帰ってきた僕はほとんど怪我もしていなくてまた驚いた、と。

「ユリエルは、私が思うよりずっと強かったんだね」

 そう言われて、首を横に振る。僕はちっとも強くなんかなくて、今回のこともレニーくんがいなければもっと大きな怪我をしていたかもしれない。使い慣れていない剣では、役に立たなかった。僕を頼ってくれたニードくんの役には立てなくて。
 そんな僕の様子を謙遜しているだけだと思ったのか、リッカちゃんは囁くような小さな声で言った。

「ねえ、もしよかったら……頼めないかな。ルイーダさんのこと、やっぱり気になるの」

 だから、キサゴナ遺跡に……。そこまで言って、リッカちゃんははっとした表情になった。やっぱりいいよ、危険すぎるもの。と自分を納得させるように言うリッカちゃんを見て、僕の決意はいよいよ固まりつつあった。最後の一押しをしたのは、リッカちゃんが天に祈りながら言った言葉だった。

 −−守護天使ユリエルさま。どうかルイーダさんをお救いください。

 行かなければ、と思った。彼女の言う守護天使とは、僕のことなのだから。たとえどんなに危険だとしても、行かなきゃいけない、行くしかないと思った。彼女がこれ以上心を痛めなくてすむように。

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