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「……っはあ、やっとついた」

 峠の道に辿りつくと、ニードくんは大きく息を吐いた。なるべく敵に見つからないようにはしていたものの、敵の方もなかなか鋭く、あのあとも何度かの戦闘を経て、やうやく僕たちは峠の道に辿りつくことができた。
 レニーくんは僕やニードくんと違って息一つ乱さずに「ほら、早く行くぞー」なんて言ってニードくんの肩を叩く。

「わかったよ。ほらいつまで休んでるんだ。行くぞ、ユリエル」
「うん。ニードくんこそ大丈夫?」
「大丈夫に決まってるだろ。ったく、このニードさまをなめるなよ」

 調子を取り戻したニードくんは、どしどしと歩いていく。僕もそのあとをついていこうとして、ぴたりと足が止まる。無造作に停められた、というよりは落ちてしまったという方が正しげな箱舟があった。あのまばゆいほどの金色こそ失ってはいるが、おそらく天の箱舟だろう。どうしてこんなところに。あの謎の攻撃を受けても形を保っている天の箱舟に感心しつつ、ニードくんたちに急かされ先を急ぐ。ニードくんやレニーくんには見えていないようだから、やっぱりこれは天の箱舟なんだろう。動きそうにない天の箱舟を見つめるのをやめ、2人に追いつこうとする。そのうしろで、何か女の子の声がしたような気もしたけれど、気のせいだと思い振り向かなかった。


「おいおい……土砂崩れってこれかよ?」
「そうみたいだね……」
「これはさすがに俺たちだけじゃどうしようもないな」
「どうにかできないのかよ、レニー?」
「さすがに俺が正義のヒーローでもこれは厳しいな」

 レニーくんが腕を組んで言うと、ニードくんが悔しそうに「くそっ」と唸った。これで親父の鼻を明かしてやれると思ったのに、と言いながら土砂を蹴ると、がらがらと小石がいくつか落ちてきた。うひゃ、とニードくんが後ずさる。

「大丈夫、ニードくん?」
「危ないぞ、崩れてきたらどうするんだ」
「んなこといったってよお。悔しいじゃねえか」
「それはわかるけど、とりあえず1度戻るか」

 チッ、とニードくんが舌打ちをした。3人ではどうしようもなさそうなので村に帰ろうかということになったとき、土砂の向こう側から声が聞こえてきた。「誰かいるのか?」と確かに聞こえて、ニードくんが大声で返事をする。

「いるぞー! ウォルロ村のイケメン、ニードさまはここだぞー!」

 ニードくんの返事に少し笑いながら、あっちの返事を待つ。こそこそと何か話す声が微かに聞こえて、向こう側にいる人たち−−セントシュタインの兵士らしい−−は、王さまの命令によりこの土砂をとり除いてくれるということを言った。

「聞いたか? セントシュタインの王さまが動いてくれたらしいぜ」
「なら、俺たちが何かしなくてもいいってわけだ。大人しく帰るか」
「ウォルロ村の者よ、1つ確認したいことがあるのだが」

 3人で喜んでいると、慌てたような兵士の声が聞こえた。ウォルロ村にルイーダという女性が来ていないか、という問いだった。僕たちは顔を見合わせて、首を傾げた。ウォルロ村の来客は、僕とレニーくんだけで、ルイーダさんという女性は来ていない。3人ともが知らないのだから、おそらく本当に来ていないはず。

「町を出たきり消息が知れないのだ」
「そうはいっても、知らねえな」
「……そうか。いや、実は彼女はキサゴナ遺跡から村へ向かったという情報もあってな。だが確かめようにもいつの間にか遺跡の道が塞がってしまって、どうにもならないのだよ」

 キサゴナ遺跡? 僕が1人で首を傾げていると、ニードくんがこの道が開通する前に使われていた遺跡だと教えてくれた。今では魔物が出るようになって、誰も使わない道だと。
 レニーくんも少し険しい顔をして、女1人で通れるような道じゃない、とつけ加えた。確かに、戦闘に慣れているような職業ではない限り、1人で魔物の出る危険な道を行けるはずがない。

「とにかく、村の者たちには道はもうすぐ開通すると伝えておいてくれ。それと、ルイーダさんのことも伝えておいてもらえると助かる」
「わかった。このニードさまがきちんと伝えておいてやるぜ!」

 行こうぜ、とニードくんが僕とレニーくんに言う。この話を持ち帰ればみんなきっと喜ぶぜ! とニードくんは嬉しそうに言う。僕たちもそれに頷いて、ちらほらと魔物の姿の見える道を引き返した。


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