入試
「……19点っ…!!」
はっ、はっ、と徐々に荒くなって来た息を隠すことなく吐き出し、ずれたヘアバンドを直しながら、咲は今しがた行動不能にした2台の仮想敵ロボットを見下ろす。
ダメだ、きっとこれでは全然足りない。
そう遠くないどこかで響く爆発音が、より焦りを助長させる。
雄英高等学校ヒーロー科の入学実技試験。
難関だとは聞いていたが、柔道、空手、合気道と、数々の武術を学んで鍛えてきた身としては、正直自信があった。そんじょそこらの人間なら、身の丈二メートルの男だろうとぶん投げる覚悟も技量も持ってきていた。しかし、まさか相手がロボットだとは。彼らを相手に素手で武術を披露するにはこちらの分が悪すぎる。
この時点で既に焦りはあったのに、よりにもよって咲が割り当てられたグループには、個性も身体能力もずば抜けて目立つ男の子がいた。爆発かなにかの個性なのか、激しい爆発音を響かせながら仮想敵を次々と破壊してはまた別の敵へと立ち向かっていく。その速さ、強さに焦りは募る。
あの男の子は、もう何もしなくても合格できるくらいポイントを稼いでいるんじゃないだろうか。他の受験生のポイントがなくなっちゃうから、どうかあんまり張り切らないでほしい。
内心の焦りからそんなことを考えてしまう。
その時、ガションと独特なロボット音とともに背後から現れたのは3ポイントの仮想敵。
しまった。あの「爆発君」の爆音で耳が馬鹿になったかな。全然気がつかなかった。
ピピ、と咲の存在を認識したらしい音を出すと、急激にスピードを上げて迫ってくる。
「…っ!」
グッ、と膝を曲げて脚に力を込めると、脚全体がバネになる感覚。そうして無理やり押し潰したバネを一気に解放する。そうすると咲の体はまるでスーパーボールのように高く高く跳ね上がった。
羽生咲の個性である。
そのままビルの壁や建物の屋根を飛び跳ねて移動しながら、周囲を見渡し、追尾してくる仮想敵をさりげなくある地点へと誘導する。
トン、と降り立った地上。ぐるりと周囲を見回して、先ほどの3ポイント仮想敵が依然自身を追尾してくるのを確認すると、咲はタイミングを見計らい、高く高く空へと跳び上がった。追尾して来ていた仮想敵は、突如跳び上がった咲の姿を見失う。ターゲットを見失っても急には止まれない。そのままの勢いで突っ込んだ先には、また別の3ポイント仮想敵。
出会い頭にぶつかった2台のロボットは、派手な音と破片を撒き散らしながら大破した。
「よし、…25点…!」
自分の個性は、あの「爆発君」のように直接ロボットを壊すのには向いていない。確実にポイントを稼ぐために思いついたのが、こうして走り回り、跳び回る方法だった。2体以上の敵を見つけなければならないし、追尾させて追ってくる仮想敵の移動スピードを上げなければいけない。効率は良くないが仕方がない。
ビルの上から遠くを見渡す。次の仮想敵を見つけなければ。息が上がり肩が上下する。ヘアバンドのズレを直し、額から滲んだ汗が頬を伝うのをジャージの袖で拭うったとき、プレゼントマイクの放送が響く。
『あと6分2秒〜』
まだ時間はある。とにかく、ポイントを稼がなければ。
別の建物へと跳び移ろうと、咲が再び足に力を込めたその時。
「うぅ…」
聞こえてしまったのだ。
遠くない、むしろすぐ近くで、苦しそうな、呻くような、微かな声が。
**********
「疲れたぁ…」
雄英高校ヒーロー科の入学試験全行程を終え、受験生たちはバラバラとそれぞれの帰路につく。
咲も帰ろうと、ぞろぞろと蠢く受験生の波に乗りながら靴を履き、玄関を出て外の空気を吸う。そうすると、緊張で張り詰めていた心がやっと人心地ついた思いがする。同時にとてつもない疲労感に襲われて、それが思わず口から溢れた。
結局あの後、実技試験では1ポイントも取ることができなかった。聞こえてしまった呻き声の主は受験生女子で、誰かが稼いで壊したらしい建物の瓦礫に足だけ下敷きになる形で倒れていた。咲はその瓦礫をなんとかどかし、ひどく痛めた彼女の足の応急処置をしているうちに試験終了が告げられた。
校舎の玄関を出て、校門までの一本道。歩きながらキョロキョロと見回すが、待ち合わせをしている友人は見つからない。一緒に雄英を受けた幼馴染だ。彼女の試験はどうだったのだろう。優秀な彼女のことだから、たくさんポイントを稼いで、合格圏内にいるに違いない。そう思うと、また少し気分が落ち込んだ。
他の受験生たちがどれだけポイントを取っているのかは知らないが、自分はたったの25ポイント。きっと合格はできないだろう。
もし、怪我をしていたあの子を置き去りにしてポイントを取りに行っていれば?
心の中にほんの少しの後悔が過ぎるが、首を振る。そうしてポイントを得ることができたとしても、自分の個性じゃ取れて数ポイント。「爆発君」のポイント荒稼ぎっぷりを思い起こすと、どう足掻いても敵わなかっただろう。それに、万が一合格したとして、彼女を助けなかった罪悪感はきっと一生ついて回る。
そうだ。やるだけやった。悔いはない。
そう結論づけて、一歩を踏み出す。来たときに友達と決めた待ち合わせ場所は校門だ。校門に向かって歩き出した、その直後。
「おい!待てよお前!!」
背後から浴びせられたのは、誰かの激しい怒号だった。
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