隣のアイツ(爆豪)


(※爆豪視点)


『聞いてよ勝己!今日めっちゃいいことあった!』

学校からの帰り道、葵は嬉しそうに話しかけてきた。
何があったのか聞いてと言わんばかりの笑顔に大体の見当はついている。

『なんと!轟くんと明日お昼を一緒に食べることになったのです!』
「どーでもいいわ。いちいち報告してくんな。うぜぇ」
『ひっどいなー!私にとっては重大ニュースなんだからね!』

如月葵とは家が近所で親同士も仲が良く、小さいころから一緒だった。
いわゆる“幼馴染”というやつだ。
いつも俺のうしろについてきて、いくら俺が悪態をついても笑って話しかけてきた。
高校も一緒のところを受験するといって、実際に雄英に合格していた。
どんなに突き放してもついてくる葵に気づいたら恋をしていた。
本人はただの“幼馴染”としか思っていないのだろうが。
その証拠に雄英に入学してから、同じクラスの轟焦凍に好意を寄せ、今日は何の話をしたとか、これがかっこよかっただのと、いちいち俺に報告してくる。
雄英に入るまでは“勝己、勝己”とうるさかったのに、今となっては話しかけてくることと言えば轟のことばかりだった。
それが苛立ってつい冷たく返してしまう。

『勝己も恋した方がいいよ。この気持ち分からないとか損してる!』
「うっせぇわ。お前のはイチイチうるせぇんだよ」
『もー。せっかく顔だけはいいのにもったいない』
「だけじゃねぇわボケ」
『はいはい。じゃあまた明日ね!』

手を振って家の中へ入っていく葵を背に数メートル先の自分の家へと帰った。


翌日の昼休み、葵は言っていた通り半分野郎と昼食を一緒にとっていた。
それを離れた席から切島たちと昼食をとりながら視界の端にいれていた。

「おい爆豪、あからさまに機嫌悪くするなよ」
「あ?至って普通だ!」
「いやいや普通じゃねぇし。そんな機嫌悪くなるなら爆豪も昼飯誘えばいいじゃん」
「だから悪くねぇっての!」

こんなに騒いでも葵は一切こちらを見向きもしない。轟と楽しそうに喋っている。
それが余計に腹が立つ。
半分野郎のどこがそんなにいいんだ。俺といる方が絶対楽しいだろ。

「早く告って意識させた方がいいんじゃねーの?このままだと取られるぞ?」
「うっせ!」

たしかにそのとおりだった。
このまま順調にいけば、きっと葵は半分野郎に告白するに違いない。
半分野郎がどんな返事をするかはわからないが万が一のこともある。

ごちゃごちゃと考えているうちに気づけば放課後になっていた。

『勝己ー!帰ろー!』
「半分野郎はいいのかよ」

いつもの調子で声をかけてきた葵に嫉妬からついいらないことを言ってしまう。
葵は頬を赤らめながらちらっと半分野郎の席をみた。

『な、何言ってんのよ!まだ一緒に帰るとか…心の準備できてないし…』
「はっ。たかが帰るだけだろ」
『帰るだけでも大変なの!』

いつも通り2人で教室を出た。
頑張れよ、と切島たちから目で合図を送られたが返すことなく扉を閉めた。


『でね、轟くんてね…』

帰り道、聞かされるのはやっぱり半分野郎のこと。
胸くそ悪い。
そんなことを俺が思っているなんて微塵も思ってないのが腹立つ。

「轟、轟うるせぇ。そんな好きならさっさと告れや」

その言葉を自分で口にしてから昼間の切島の言葉が蘇った。

『でも、もし私が轟くんと付き合えたりしたら、帰り道勝己ひとりになっちゃうじゃん』
「は?別にひとりでも平気だわボケ」
『もう、そんな口悪いから彼女できないんだよ。もっと素直にならなきゃ一生彼女できないよー?』

足を止めた俺に気づかず葵はどんどん前を歩いていく。
やっぱり葵には“幼馴染”としてしか思われていないことに今まで抑え込んできた感情がぷつんと切れた。

「だったら葵がなれよ」
『え?』

呟いた声に葵は振り返り、ようやく俺が立ち止っていることに気づいた。
体ごと俺に向くと確認するかのように首をかしげた。

『な、何冗談言ってんのよ!あまりに寂しすぎて頭おかしくなっちゃった?』

止まっていた足を進め葵の目の前で足を止めた。
いつもなら暴言を吐いて喧嘩のようになっていた。
葵もそうなると思っていたのだろう。近づいてきた俺に戸惑っていた。

『か、勝…』

名前を呼ばせる前に葵の唇を自分の唇で塞いだ。
そのあと俺の頬に痛みが走った。
塞いでいた唇は離れ、頬がひりひりする。
顔をあげれば涙目で手をあげていた葵がこちらを見ていた。

ああ…叩かれたのか。

『最低』

今までのどの言葉よりも胸に深く突き刺さった。
それ以上吐き出される言葉はなく、葵は背を向け走り去った。
叩かれた頬は熱を帯びていた。その熱を冷ますかのように空から雨粒が落ちてくる。次第に強くなる雨粒のなか動くこともできずしばらく立ち尽くしていた。

翌日から葵とは口を利かなくなった。利かなくなった、というよりは避けられていた。
朝教室に入ってもこちらを見ることはなかったし、昼休みも放課後も他の女子や半分野郎と一緒だった。
あの日のことがあってから、俺も葵に話しかける事ができずただ日だけが過ぎていった。
ギクシャクしていることに周りの奴らも気づかないわけがなかった。

「如月と喧嘩でもしたのか?」
「…別になんでもねぇ」
「なんでもねぇって…あんまり長引かせると戻らなくなるぞ。何があったかは聞かねぇけど、早く謝ったほうがいいぞ。どうせ爆豪がなんかやらかしたんだろ」
「あ゛ぁ゛?なんで俺がやらかしたことにしてんだよ」
「如月がやらかすようにはみえねぇからな」

漢らしくな、と切島が背中を叩いてきた。
謝らなければいけないと分かっている。日が経つにつれ謝りにくさは増すばかりで、葵と話す機会も一向にない。
ヒーローを目指しているのに、こんなことにもたつくなんて自分でも馬鹿らしい。
ひとりになりたくて教室を出た。
今なら屋上には人はいないと思い、階段をのぼった。ふと視界に人影が映り視線を上へ向けた。

「葵…」

ノートの束を抱え階段をのぼる葵がいた。
運ぶのに必死で後ろに俺がいることも気づいていない様子だった。
細い腕には見合わないノートの量。今にも折れてしまうのではないかと思ってしまう。
俺は階段をのぼる足を速め、葵の前に立ちふさがりノートの束の3分の2ほど取り上げた。
急に軽くなったことにびっくりした葵は、俺を見てさらに驚いた表情をした。

「どこに運ぶんだよ」
『え…と…準備室…に』
「ん」

久々に聞いた声。
つい先日までずっと聞いていた声なのに、数日話さなかっただけですごく懐かしく感じた。
気まずい雰囲気のまま、喋ることもなく黙って歩いた。
準備室には人はおらず、物音ひとつない空間がさらに気まずい雰囲気を漂わせる。

『ありがとう…』
「おう」

互いに目は合わせず沈黙が続いた。
≪漢らしくな≫
切島に言われた言葉がまた頭によぎる。

「悪い…」『ごめん』

声が重なった。
顔をあげると葵も同時に顔をあげて、やっと視線が交わった。

「こないだ…突然あんなことして悪かった…」
『ううん。わたしも叩いちゃってごめん…』
「いや、もとは俺が悪いからだろ」
『違うよ…だって…勝己は冗談とかふざけたりして…き、キスしたりするような人じゃないってわかってるもん』

葵の肩が少し震えていた。

『ごめんね。勝己の気持ちも知らないで…わたしばっかりはしゃいで…』

必死でこらえていた涙が、ぽたっと床にこぼれ落ちた。こぼれだした涙は止めどなく落ち続ける。
袖口で葵の涙をぬぐった。強くこすった目からは涙は止まり、赤くなった目に俺を映した。

「別に…言わなかった俺も悪い。まぁ気づかないお前も悪いけどな」
『なっ…それ言う!?確かに轟くんにも気づかないの鈍感って言われたけど…』

半分野郎まで気づいていたのか…。
周りにダダ漏れだったことに今更ながら恥ずかしくなる。肝心の葵には一ミリも気づいてもらえなかったというのに。
でも口にしていなかったんだから伝わらなくても仕方がない。

「俺は葵が好きだ。子供のころからずっとだ」

直接口にした言葉に葵は頬を赤らめた。
長い間ずっと一緒にいたが、俺に対してこんな表情を見せたのは初めてだった。
今、このときだけは半分野郎のことより俺を意識しているだろう。

『ありがとう、勝己…私…』
「返事はすぐに聞かねぇよ」
『え?』
「どうせ半分野郎が好きだとかだろ。上等だっての」

俺は葵の前髪をかきあげると額に軽く唇を当てた。
突然のことに驚いた葵はさらに顔を赤くし、額に両手を当てうしろに飛び退いた。

『ななななな!?』
「半分野郎より俺の方がいいってこと思い知らせてやるから覚悟しとけ」
『勝己のくせに生意気な…!』

ニヤッと笑いながら何かが吹っ切れたように俺は葵の手を取った。

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