カンチガイ(爆豪)


(※夢主視点)

わたしは昔から気がすごく弱い。
おまけに超ビビりでネガティヴだ。
そのくせに敵に狙われた子供を庇って怪我したりと、自分から危険に飛び込む馬鹿だと友達からよく言われる。




「おい」

背後から威圧するような低い声が聞こえた。
早朝の学校には先生を除いて、園芸委員で花壇の花の水やりをしに来たわたししかいないはずだった。
突然かけられた声にビクっと肩をあげ、恐る恐る振り返った。

『ひっ!!』

振り返った途端、鋭い赤い瞳と目が合った。
思わず甲高い短い声を発してしまい、うしろへ一歩下がってしまう。
そして目の前に立っている人物を見て、再び肩があがった。
普通科のわたしでも知っているその人物は、わたしが最も苦手とするタイプの人間


―爆豪勝己


ヒーロー科の一般入試をトップで合格し、体育祭でも1位を獲った男。
だがヒーロー志望だというのに、まるで敵のような口の悪さで凶悪な態度は、ビビりのわたしからしたら最も関わりたくない人物ナンバーワンだった。
そんな人物が今目の前にいて、わたしを視界に捕えている。
吊り上った赤い瞳から怖くて目が離せず、足が震えていた。

「…だ。…え」
『は、はいっ!!』

何を言ったのか聞き取れなかったが、反射的に返事をしてしまった。
その返事に爆豪くんは拍子抜けた顔になった。

「マジで…いいのか?」
『は…い…』

他の言葉が口から出てこず、わたしは何がいいのかもわからないいまま返事をした。
よしっ、と爆豪くんは呟き小さくガッツポーズをした。
言葉の意味もガッツポーズの意味も分からず、かといって聞くこともできなかった。

「これから…よろしくな。葵」
『!!?』

それ以上は何も言わず、校舎へと入って行った。
これからよろしくって?なんで名前知ってるの?もしかして舎弟として目をつけられてて、これから舎弟として働けよってことなの?
でもわたしの個性は爆豪くんとは比べ物にならないくらい地味で、植物を操って癒しの匂いを出すことぐらいで、戦闘には全く使えない。よほど私が気に食わなかったのだろうか。
朝から衝撃的な出来事があったせいで、その日の授業は全く頭に入ってこなかった。


「ごめん葵、今日用事あるから先帰るね」
『うん、わかった。またね!』

放課後、同じクラスの友人と別々に帰ることになったため、少しだけ教室で勉強をして帰ることにした。
静かな教室では勉強が捗った。気がつけば2時間も経っており、外はすっかり日が暮れ始めていた。

『やば、そろそろ帰らないと』

鞄に教科書やノートをつめこみ、教室を出た。
廊下や他の教室には生徒はおらず、皆帰ってしまった後のようだった。
物音一つしない校舎内で、わたしの歩く足音だけが響いた。一定のスピードでなる足音は下駄箱でピタリと止まった。

「おせぇ」
『う…うそ…』

下駄箱に背を預けズボンのポケットに両手を突っ込み立って待ち構えていたのは、朝の彼…爆豪くんだった。
赤い瞳がまたこちらを捕らえた。

「はやく帰るぞ」
『えっ…は、はい!』

なぜ待っていたのか聞く言葉も出ず、ただ言われた通りに靴を履き替え、爆豪くんに続くように学校を出た。
少し前を歩く爆豪くんの背中を見ながら、この状況をどう乗り切るか必死で考えた。

このまま走って逃げる?いや、爆豪くんに絶対追いつかれる。
さりげなく足を止めて爆豪くんだけが足を進めたまま帰ってくれるのを待つ?いや、絶対気配でバレる。
突き飛ばして…殺される…。

何を考えても爆豪くんには敵わない案しか出てこなかった。

「おい」
『はいっ!』
「ん」

突然前を歩いていた爆豪くんが足を止めて振り返ると、左手を差し出してきた。

お、お金を要求されてる?でも今日ほとんど持ってきてない…。

「手出せって言ってんだよ」
『て…』

右手を恐る恐る前にあげると、爆豪くんの左手にがっちりと掴まれた。
ひぃっ、と声が思わずもれてしまった。それをみた爆豪くんは小さく吹き出すように笑った。

(わ、笑われた…もしかして逃げることがバレて逃がさないように手を掴んだの?逃げようとしたらこの手爆破させるぞてきな…)

どんどんとネガティブな想像が膨らんでいく。
だけど掴まれたその手はどこか暖かい感じがした。

「家、どこだ」
『え…えと…』

もしや家の場所まで把握して完全に自分から逃げられないようにするつもりなのか。それとも舎弟の家のチェックでもされるのか。
頭の中でぐるぐると嫌な想像が浮かび上がっていく。わたしが答えるのをじっと待つ爆豪くんがまた怖く見えて、家の場所を呆気なく教えてしまった。

「そうか」

特にそれ以上は何も言わず、手を掴んだまま再び歩き出した。
無言のまま家まで着くとようやく掴んでいた手を離してくれた。

「じゃあな。また明日」
『は、はいっ』

そうひとこと言い残すと、来た道をさっきよりも少し早いスピードで歩いて行った。

(あれ…やっぱり家こっちじゃないし歩くスピード…もしかして合わせてくれてた?)』

爆豪くんの行動がまるで読めない。
怖いと思っていたけれど、ほんのすこし、ほんのすこしだけ違ったようにも見えた気がした。



翌日、目覚まし時計が鳴り響き眠い目をこすりながら、鳴り続ける目覚まし時計を止めた。
時刻は朝の6時ちょうど。
ベッドから起き上がり、カーテンを開け朝日を浴びた。

『うーん…今日もいい天気。花壇のお花たちも元気…!!?』

窓からしっかりと見える家の前に、どうしてだか爆豪くんが制服姿で立っていた。
塀に背を預けもたれかかっているため、カーテンを開けたことにすら気づいていないようだった。
慌てて開けたばかりのカーテンを閉めた。

『なななな、なんで爆豪くんが家の前にいるの…!!??』

もう一度カーテンの隙間から確認するがはっきりと爆豪くんがいるのが見える。
昨日の“また明日”というのはこのことだったのだろうか。
舎弟のくせに迎えにこないことに怒鳴りにきたのだろうか、いや家自体知らないけれど。
急いで支度を済ませたものの玄関の扉を開ける勇気がなかなか出なかった。
扉に伸ばしていた手をわたしはひっこめた。

『やっぱり無理!!』

履いていた靴を脱ぎ手に持ち裏口へと向かった。
裏口の扉を少し開け、外に誰もいないことを確認して家を出た。
このことがばれたら確実に爆破される。でも、今のわたしに表から堂々と出て爆豪くんに会うこともできなかった。
彼はヒーロー科、わたしは普通科。ふつうの生活を送っていれば会うことも関わることもほとんどない。
数日逃げ続ければきっと諦めてくれるはず。
家を出てからわたしは走りつづけた。一刻もはやくあの場を去りたかった。

「どっけぇぇぇ!!」
『え?』

背後から叫ぶような男の声が聞こえた。
うしろを振り向くと、目を見開き腕からナイフを何十本もはやした男がこちらへ向かって走ってきていた。

『え…え…』

走っていたはずの足が気づけば恐怖で止まってしまい、震えだした足はぴくりとも動かなかった。
手も動かせない。声も出ない。
男は腕を振り回してこちらへと近づいてくる。
ああ…爆豪くんに会わずに逃げたりしたバチが当たったのかな…
涙の溜まった目を強く閉じた。


ー助けて!


目を閉じてすぐ、爆発音が聞こえ男の叫び声が消えた。
爆発音にびくっと肩をあげてしまう。
ゆっくりと目を開けると、少し先で煙が立ち上がっており先ほどの男は地面に伏せた状態になっていた。

「大丈夫か!!葵!!」
『ば…くごー…くん?』

男の手前には、ここにいるはずがない爆豪くんが立っていて、こちらへと走ってきた。
いつのまにか地面にへたりこんでいたわたしの前まで来ると、片膝をつき目線を合わせた。
さっきまであんなに怖かった爆豪くんが、今はすごく安心する。
涙が溢れだして止まらない。

「お、おい!どこか怪我でもしたのか?」
『ち…違う…あの…安心…して…』

涙を手で拭っていると、突然体が引き寄せられた。
何が起こったのか一瞬分からなかったが、爆豪くんに抱きしめられているのだとわかった。

「ったく驚かせんな。つーか何勝手に1人で行ってんだよ」
『ご、ごめん…なさい…家の前にいてびっくりして…その…』
「あ゛ぁ゛?」
『ひっ…』

抱きしめられた状態のままで聞く爆豪くんの声はより近く聞こえた。
やっぱり少し怖いが、でも不思議なことに少しだけ気持ちが落ち着く。

「迎えに行くのがあたりめーだろうが。…彼氏なんだからよ」
『…え?か、彼氏?爆豪くんが…?わたしの?』
「他に誰がいんだよ」

爆豪くんの彼氏発言にさっきまで恐怖と安心とで溜まっていた涙がぴたりと止まった。
少し緩んだ抱きしめられていた腕から少し離れ、爆豪くんの顔を見ると少し頬を赤らめていた。

『い、いつから…?』
「あ゛?昨日の朝告っただろうが」

昨日の朝…
まさに爆豪くんに声をかけられた朝だ。
たしかあのとき、何かを言われビビって返事をしてしまったが、まさかあれが告白だったというのだろうか。
もしあれが告白だったとしたら、そのあと爆豪くんが小さくガッツポーズしていたことも納得がいく。
放課後わたしを待っていたのも恋人だから一緒に帰ろうとしてただけだということだったのだろうか。

『ご、ごめんなさい…わたし…ビビって何言ってたか分かってなくて…思わず…はいって言っちゃったみたいで…』
「だからずっとビクビクしてたのかよ」
『だって…こ、告白されてるなんて…思ってもなかったから…』

爆豪くんと話したのは昨日が初めてだった。昨日のあれを話したといっていいのかは分からないが、会ったことすら一度もなかったのだ。
有名人の爆豪くんを一方的に知っていることはあっても、地味で目立たないわたしを知っていたなんて思いもよらなかった。
それも好意を寄せられていたなんて。

『なんで…わたしなの?』

勇気を出して聞いた。
顔をあげて爆豪くんの顔を見た。先ほどまで少し赤らめていた頬はさらに赤くなっていた。

「お前、雄英の入学式の日に敵に襲われただろ」
『え…』



雄英の入学式の日、今日みたいに早くに家を出た。
ドキドキしながらも歩いていると騒ぎ声や悲鳴が向かう先から聞こえてきた。
恐る恐る物陰から覗いてみると、敵が暴れまわっていた。
駆けつけたヒーローたちが対応しているものの個性で筋力が倍増している敵になかなか近づけずにいた。
辺りにいた人たちはみんな遠くへと逃げていて、わたしも早く逃げなきゃと後ろへさがろうとしたとき、視界の端に小さな影が映った。

「うっ…」
『こ、こども!?』

親とはぐれてしまったのか、5歳ぐらいの男の子が立ち止ったまま動けないでいた。
ヒーローたちも男の子の存在に気づいていないのか、男の子に近づく人はいなかった。
だが敵は男の子に気づいてしまった。標的をヒーローから男の子へ変えると物凄いスピードで男の子へと襲い掛かって行った。
怖くて逃げだしたいはずなのに、気づいたらわたしは男の子を敵の拳から庇うように突き飛ばしていた。
横をみればすぐ目の前に敵の拳があった。だけれどヒーローによって男は捕えられ拳はわたしには届かなかった。
幸い、男の子を突き飛ばしてこけたときに少しかすり傷ができただけで、大きなけがはなかった。

「う…うぇ…」
『もう大丈夫だよ。ほら、このお花いい匂いでしょ?』

わたしは泣きじゃくる男の子の目の前に、個性で花をいくつか出すと癒しの匂いを充満させた。
次第に男の子は落ち着いてきたのか、涙がとまり頷いた。

そのあとヒーローにビビりながら説教を受けたのを覚えている。


「あんとき俺も近くにいたんだよ」
『え!?』
「自分もビビってるくせに子供のために飛び出したお前見てスゲーと思ったし、ちょっと気になった」

見られていたなんてまったく知らなかった。
無我夢中で飛び出しただけで、結局わたしは何もできていないのにそれをすごいとも思ってくれていたなんて。

「同じ制服だし、あんなことできるんならヒーロー科だと思ってたらお前いねぇし、すげー探した」

普通科とヒーロー科は特に教室も離れているし、授業数も違うから放課後もなかなか会うこともない。
おまけにわたしは食堂にも行かないため昼休みにも会うことはなかった。

「たまたま朝早くいったときに花壇の前でお前見つけて…楽しそうに水やりしてるお前見て…惚れた…」
『ほえっ』

最後の言葉に爆豪くん自信も照れたのか、声が小さくなった。
それにつられて、わたしも恥ずかしくなり変な声が出てしまった。

「そっから気づいたらお前を目で追うようになった」

ずっと爆豪くんを怖いと思い続けていたから気づかなかったが、今目の前にいる爆豪くんの目はすごく優しい目をしていた。
わたしが勝手に爆豪くんを怖いと思っていただけで、行動や言葉はどれも優しかったのかもしれない。

「まぁビビられてるとは思ってたけどな。反応はスゲー面白かったけど」
『ご、ごめんなさい…てっきり怒ってるのかと…』
「別にかまわねぇよ。嫌いで避けられてるのかと思ったけど理由わかって納得した」

ゆっくりと手を引かれ立ち上がると、遠くからヒーローが向かってくるのが見えた。
今地面でのびている敵を追いかけていたヒーローだろう。

「行くぞ」
『え?いいの?ヒーローにこの敵のこと言わなくて』
「言ったほうが面倒だろ。正当防衛だけどな」

そういえば敵にわたしを助けるためとはいえ個性を使ったんだっけ。
わたしたちはヒーローが見つかる前に走ってその場を去った。
少しして走っていた足を緩め、歩き始めると爆豪くんはわたしがちゃんとついてきているか確認するよう振り向いた。
普段走ることが滅多になかったため、呼吸が荒くなっていた。その様子を見てか爆豪くんは歩くスピードをさらに緩めた。
口には出さないけど、やっぱりわたしを思って気を使ってくれる優しい人なんだな。
普段のわたしならきっとしない。思い切って目の前の爆豪くんの空いていた左手を自分の右手と重ねてみた。

「はっ!?」

まるでいつものわたしのような声をだした爆豪くんに思わず笑ってしまった。

『はははっ。わたしみたい』
「お、おまっ…手…」
『…だ、だって…彼氏…なんでしょ?』
「…怖いんじゃなかったのかよ」
『今は怖くないよ。爆豪くんすっごい優しいし、かっこいいもん』

ふいっとそっぽを向くように顔をそむけた爆豪くんは、気のせいか耳まで真っ赤になっていたように見えた。
いつも眉間にしわをよせて怒っているようにみえていたのに、今ではすっかり印象が変わってすごくかっこよく見えた。
繋いだ手に胸がドキドキしてしまう。

「反則だろ…」
『反則??え、わたし何かした!?』
「…したよ。あと俺、まだ葵に好きって言われてねぇし」
『うっ…そ、それは…もう少し待ってよ』
「気が短いからはよしてくれよ、葵」
『ど、努力します…』

わたしが爆豪くんに気持ちを伝えるのは、もう少し先の話…かな。

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