その恋、ホンモノ(爆豪)
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同時にサングラスをかけたシャンパンゴールド色した髪の若い男性がやってきた。
『…遅い』
「あ"ぁ"?1分しか遅れてねェだろうが」
『1分も待たせたんでしょ。レディを』
「何がレディだ。ボンクラ女」
『はぁ?』
私と遅れてやってきたプロヒーローの爆心地こと爆豪勝己は許嫁だ。
許嫁と言っても親同士が仲が良く、勝手に決められたこと。
私たちは仲がいいわけでもなく、それどころか会えば必ず喧嘩するほど相性は最悪だった。
私の親はいわゆる金持ちというやつで、親の繋がりで彼のプロヒーロー独立の支援をしていた。
その件があって彼も許嫁になることに反対できず、私も親に逆らうことができなかった。
そして私たちは月に1度は必ずデートという名目の食事をすることになっている。
今日も月に1度のデートの日。
定番のように顔を会わせただけで喧嘩をする。
彼も相当嫌なのだろう。顔色が悪いように見えた。
「誕生日おめでとう。君のために選んだ花だよ」
「わぁ素敵!!ありがとう!」
少し離れた場所で男性が花束を恋人と思われる女性に渡していた。
その光景に思わず目を奪われた。
照れくさそうに花束を贈る男性に、心の底から喜んで受け取る女性。
そこにはちゃんと愛があった。
私たちにはない“愛”が。
『いいなぁ…』
思わず口から本音が零れ出た。
その声が聞こえていたのか横を歩いていた彼もカップルに目を向けた。
「はっ。金持ちの癖にあんなんがいいんかよ」
『喧嘩売ってんの?私がいなかったらあんた絶対結婚とかできないわ』
「あ"ぁ"!?喧嘩売ってんのはテメェだろうが!!」
こんな喧嘩をするのは何回目だろう。
私が望んでいるのはごく普通の“愛”のある恋人との結婚。
けれど私に待っているのは愛の無い許嫁との結婚。
昔から決まっていた未来のせいで私は本物の恋を知らない。
恋を知らないまま私はいつか彼と結婚するのだ。
だから愛のある恋人同士が無性に羨ましくてしかたなかった。
「テメェみたいなガサツ女は金があれば結婚相手なんぞ探し放題で楽だろうな」
『は…?それ本気で言ってんの?』
今日の喧嘩は少し違った。
いつもは言い合いになったままレストランについて食事をして、そのまま解散になる。
だけど今日は違った。
こんな言葉いつものことなのに、今日の私には深く突き刺さった。
『私だって好きで金持ちの娘になったんじゃないし!勝己だって私の親が支援したから嫌って言えないだけでしょ!』
考えるよりも先に口が勝手に動く。
今自分はどんな顔をしているだろうか。
目頭が熱い。
彼の顔をちゃんと見れない。
視界がぼやけだし、私の瞳から涙がこぼれおちた。
ぽた、ぽた、と涙は止まることなく地面に落ちていく。
その場にいることが耐え切れず、私はその場から走り去った。
ひとり走っているといろんな記憶が走馬灯のように頭の中をよぎった。
初めて彼と会ったとき、言葉もキツければ態度も偉そうで苦手だった。
けれど人一倍努力を惜しまず、自分にとても厳しい人でちょっと尊敬した。
そんな彼との許嫁生活が始まった3年前。
ずっと喧嘩をしていたけれど嫌いではなかった。
学校や集まりではお金持ちのお嬢様として振舞わなければいけなかったけれど、彼といるときは素の自分でいられた。
許嫁という繋がりがあるとはいえ、彼は素の私を知っても離れていくことは無かった。
それが私には初めてのことで、嬉しかった。
形だけのデートに気づけば真剣に服を選ぶようになっていた。
いつか可愛いと言ってくれる。いつか本物の恋人になると心のどこかで少し期待していたのだ。
気づいていなかっただけで、私は彼に恋をしていたんだ。
でもきっと彼は私の誕生日さえ知らない。
彼には恋なんて気持ちはない。
ただの親が決めた許嫁の相手で、ただのお金持ちのお嬢様。
そう思われているのが悲しくて辛かった。
どれくらい走っただろうか。
人通りのほとんどない場所で私はゆっくりと走っていた足を止めた。
頑張って仕上げたヘアアレンジも走ったせいでめちゃくちゃになっていた。
(何やってんだろ…私…)
帰ったら彼との結婚はなかったことにしてもらえるように頼んでみよう。
親に反抗するようなことは怖くてできなかったけど、きっとわかってもらえる。
「葵!!」
足を止めてすぐ、名前を呼ばれ腕を強く引っ張られた。
驚いて振り返ればそこには息をきらした彼が立っていた。
「やっと……追いついた……」
『勝己…なんで…』
ふわっと甘い香りが鼻に入ってきた。
目の前には赤い薔薇の花束。
それはさっきみたカップルの持っていた光景とそっくりだった。
『え…?』
「…ん。お前がこれがいいって言ったんだろうが」
薔薇の花束を差し出す彼の顔は、薔薇のように赤かった。
息をきらし肩が上下に揺れている。
あのとき彼は花束なんて持っていなかった。
私がカップルをみてこぼした一言を聞いて花屋を探したのだろうか。
『買いに走ったの?』
「…明日誕生日だろうが」
『お、覚えてたの?』
私に薔薇の花束を渡した彼は、鞄から形の違う3つの小さな箱を取り出した。
綺麗にラッピングされた箱を彼は無言で差し出した。
花束を片手に順番に開ければ、1つ目の箱には花をモチーフにしたブローチが、2つ目の箱にはシンプルなデザインの星のネックレスが入っていた。
「1つ目は一昨年、2つ目は去年…3つ目は今日渡そうとしてたんだよ」
『一昨年って…そんな素振りなかったじゃん』
「渡せなかったんだよ。渡そうと思ったらお前明らかに渡すやつより高そうなブローチしてるしよ…ネックレスだってそうだ。昨日も夜中まで考えてたのにお前…花束がいいって…」
『もしかして顔色よくないのって…』
今までも何回か彼の顔色がよくないときがあった。
思えばどれも私の誕生日の月のデートのときだ。
いつも夜中まで寝ずに私のために考えてくれてたから、顔色がよくなかったのだろうか。
「何が好きとか全くわからねェから仕方ねぇだろ…会ってもつい喧嘩になっちまうし」
『…馬鹿だなぁ…値段なんて気にしないのに…』
止まっていた涙がまた溢れだす。
私のことなんて全く考えてくれていないと思っていたのに、彼は私の事をちゃんと考えてくれていた。
それが嬉しくて溢れ出る涙が止まらなかった。
「…悪かった。いつもの喧嘩だと思って言い過ぎた…」
彼は3つ目の箱を差し出した。
今までの箱よりも小さめの正方形の箱だった。
ゆっくりと開ければそこには指輪が入っていた。
「支援してもらってるからとか、許嫁だからとかじゃねェぞ。…俺は葵が好きだ。だから結婚してくれ」
頬を赤くしながらも真剣な顔の彼に私もつられて頬が赤くなる。
心臓が聞こえそうなくらいドキドキと音を立てている。
私がずっと憧れていた気持ちだった。
『仕方ないなぁ…私ぐらいしか勝己の相手できないから結婚してあげてもいいよ』
差し出した左手に彼はそっと指輪をはめた。
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