01聞こえない声

すべての始まりは雄英高校に入学して1か月が経ったときだった。

授業が終わった普通科の教室にはまだちらほらと人が残っていた。友達同士で会話をしている人やノートをまとめている人など様々だった。決して騒がしいわけではないけれど、賑やかな放課後だった。
だけど私には物静かな教室にしか感じれない。目に映る映像だけで音声はすべて消されている。

「ねぇねぇ、これからみんなでカラオケいかない?」
「いいね!クラスの女子でいこうよ」
「願野さんもどう?」

私は席を立った。鞄を持ち教室を静かに出ていく。
女子生徒がこちらを見てクスクス笑っているとも知らずに教室を背に下駄箱へと向かった。
人とすれ違う度に変なものを見るかのような目で見られている気がして、いつも下を向いてしまう。
ふと足元に自分とは違う影が視界に入った。だけど気づいたときには既に遅く、その影の本体とぶつかってしまった。
驚いたこともあり思わず後ろへ尻餅をついてしまった。

(あ…謝らないと…)

体を起こす前に顔をあげると、ぶつかった相手は背中に手を当てながら振り返った。
ツンツンとした癖のあるシャンパンゴールド色の髪に赤い瞳。明らかに不機嫌そうな顔をした少年が鋭い目つきでこちらを見下ろしていた。

「いってぇな…どこ見て歩いてんだ」

彼の声は聞こえない。だけれど口の動きと状況で何を言っているのか分かった。
機嫌が悪いということも。
その目つきが怖くて手が足が震える。

「んだよ、ぶつかっておきながら謝罪なしかよ」

口をパクパクさせ地面にへたりこんでいる私を見て彼は言った。

とにかく謝らないと。
だけれど喋り方なんて忘れてしまった私は、声が出せず口をパクパクさせ手を動かしているだけだった。
彼の表情が一層悪くなるのがすぐにわかった。

「てめいい加減…」
「おーい爆豪!何やってんだよ」

私を掴みかかろうと伸ばされた手は、後ろからやってきた赤髪の少年によって止まった。
彼の友達だろうか。彼とは違って優しそうな雰囲気だった。

「爆豪、こんなとこで何やってんだ」
「あ″ぁ″?ぶつかってきて転びやがって、なかなか立ち上がらねぇから手ぇだしてやってたんだよ」
「爆豪そんな優しかったっけ」
「俺はいつでも優しいわボケ!!」
「で、そのぶつかってきた人は?」
「あ″ぁ″!!?そこにいる…」

走った。とにかく走った。
ちゃんと謝れなかった…それどころか余計に怒らせてしまった。
今まで向けられた視線と同じぐらい怖くて、またちゃんと話せず逃げてしまった。
息をきらし足を止める。どこかの路地裏で壁に背を預け再びへたりこんだ。まだ心臓がバクバクいっている。

少し時間が経ってようやく落ち着いてきた。
まだ彼の表情が頭の中に残っている。次、会ったときちゃんと謝らないと。鞄を抱えゆっくりと立ち上がった。
通りに出ようと一歩足を動かしたとき、前後に気配を感じた。
恐る恐る顔をあげると私を挟むように前後に柄の悪い学生が立っていた。

「あっれー?君、雄英の子?なかなか可愛いねぇ…俺達と遊ばない?」
「俺達暇しててさぁ。あっちで楽しいことしようよ」

今日は本当についてない日だ。
こんなとき自分を強く恨む。声が出せれば助けが呼べるのに。私には声も聞こえなければ自分で声を出すこともできない。
ただ怖くて震えているだけだった。
男たち二人はゆっくりと近づいてくる。伸ばされた手が私に触れようとしたとき、男が突然吹っ飛ばされ私の横を勢いよく通過した。

「あぁ!!?なんだ??」

ゆっくり顔をあげると、そこに立っていたのは先ほどぶつかった赤い瞳の彼だった。
先ほどと変わらず眉間にしわを寄せ、機嫌が悪そうに何か言っていた。

「テメェら、俺の視界にきたねぇもん見せんじゃねぇ殺すぞボケ」
「んだと!!?」
「このガキ…!!」

男たちが殴りかかっていく。だけれど彼は軽々と拳をかわし私の目の前までやってきた。
再び男たちが殴りかかってくる。目の前にきた彼は私の腕を掴むと、私を庇いながら拳を避け、通りへと走った。
後ろから男たちが何か叫んでいたのを走りながら見えたが、だんだんとその姿は小さくなり少しすると完全に消えた。