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『ばっく…ご……くん…!』
声が聞こえた。
少し離れた祭り会場から聞こえる賑やかな声とは違う、別の声が俺の名前を呼んだ。
後ろから聞こえた声。後ろには願野以外に人はいなかったはずだ。
「願野…?」
振り返るとゆっくりと崩れ落ちるように願野が前へ倒れていく。
「願野!!」
地面へとつく前に受け止めた。
既に意識はなかったが呼吸をしていることに安心し、願野を抱きかかえた。
祭りの会場から少し離れた場所にあったベンチに座り、気を失ったままの願野を自分の膝に頭を乗せさせ寝かせた。
さっきのは聞き間違いだったのだろうか。
不慣れな発音に音量がバラバラな声。
それでもはっきり聞こえた自分を呼ぶ声。
「爆豪ー!!」
息を切らし汗を流しながら走ってくる切島に目を向けた。
願野を運び終えたあと場所だけをメッセージで送った。
「え、願野!?大丈夫なのか!?」
「うっせェ…気を失ってるだけだ」
さっき起こったことを話せば、少し目を大きく開いた。
願野と俺の顔を交互に見て、もう一度願野の顔を見た。
「願野…喋れたのか…」
「……」
その嬉しそうな顔をみると、学校でみた2人の笑いあった顔を思い出してイラッとした。
こいつには話すんじゃなかった。
後悔しながらも素直になれない俺は願野ひとりをベンチに寝かせ立ち上がった。
「あと任せる」
「え?おい、どこいくんだよ!」
「…テメェの方がコイツは好きだろ。それに俺が面倒見る義理なんてねェ」
そうだ。俺は邪魔でしかない。
切島の横を通り過ぎたとき、肩を掴まれ体が勢いよく後ろへ引っ張られた。
体は反転し目の前には切島の顔があった。
さっきまで嬉しそうに笑っていた顔が、眉間に皺をよせていた。
「爆豪、マジでそれ言ってんのかよ」
「あ″ぁ″?離せや」
「願野が…お前の為にどんだけ頑張ってると思ってんだよ!!」
「は?俺のため?」
「…あ」
怒っていたはずが、突然焦りだし掴んでいた俺の肩から手を離した。
その手を掴まえ、形勢逆転というように問いただした。
「…願野がお前にどうしても声を出して日頃のお礼を伝えたいって。だからその練習に俺が付き合ってたんだよ。ちゃんと声が出てるかとかさ。びっくりさせたいから爆豪には黙っててくれって頼まれてたんだ」
「は…ンだそれ」
放課後に俺を避けるようにしていたのも、
切島と会っていたことを隠していたのも、
全部俺を驚かせたいためだったのか。
それを勝手に勘違いして、イラついて、願野にあたった。
「つーわけだから、お前いい加減願野に謝れよ。めっちゃへこんでたんだからな」
「……」
返す言葉がなかった。
切島は俺の背中を軽く叩くと、じゃあなと帰っていった。
その場にポツンと残された俺は、未だ目を覚まさず気を失っている願野に歩み寄った。
あのときの俺の名前を呼ぶ声が耳から離れない。
ベンチに座り、願野の頭を膝の上に乗せた。
頭を撫でると少しだけ笑ったように見えた。