11_声

***

あの日から2週間が経った。
爆豪くんとは一切会っていない。
いつも登校する時間も、勇気を振り絞って行った昼休みの食堂にも、爆豪くんの姿はどこにもなかった。
思い切って教室まで行こうかとも思ったけれど、それだけはどうしてもできなかった。

ブーブーブー

鞄に入れていたスマホが小さく振動した。
画面に映ったメッセージアプリの受信通知をタップして開くと、切島くんからメッセージが届いていた。

“今週の日曜、近くである祭りに行かないか?爆豪も誘って!”
“ちゃんと話せば分かると思うし、このままじゃ願野も辛いだろ?”

続けて送られた2通のメッセージを繰り返し読んだ。

お祭り…。
爆豪くんは来てくれるのだろうか。
私がいると来てくれないのではないだろうか。
不安でいっぱいになっているはずなのに、爆豪くんに会いたいという気持ちははっきりとあった。
止まっていた手を動かして、切島くんにメッセージを送った。

“行く!仲直りしたい”






日は暮れ始め、夕日に照らされた石段をゆっくりとのぼる。
上にいくにつれ美味しそうな匂いが漂ってくる。
登り終えると提灯の灯りがいくつも並び、浴衣を着た人でにぎわっていた。
音は聞こえないがきっとにぎやかなんだろう。
待ち合わせの大きな鳥居の前に着くと腕に付けていた時計を確認した。

(少し早く着いちゃった)

待ち合わせの時間までまだ15分もある。
あと15分もすれば爆豪くんがくる。
そう考えるとドクンドクンと心臓が跳ね上がるように早く動く。
大きく深呼吸をして心を落ち着かせようとしていると、前から赤い髪とその後ろにシャンパンゴールドの髪が見えた。

「あ、願野もう来てたのか!」
「あ"?」

先頭にいた切島くんは手を振って近づいてきた。
うしろにいた爆豪くんの姿がはっきりと見えると、目が合った。
けれどその目はすぐに逸らされた。

「…帰る」
「は!?何言ってんだよ爆豪!着たばっかだろうが」
「コイツも来るなんて聞いてねェ」
「言ったらこねぇと思ったからだよ。つーかいい加減素直になれよ」

私に背を向けて話す2人が何を言っているのかはわからないが、私をみて爆豪くんが少し嫌な顔をしたことは分かった。
やっぱり私と会いたくなかったのかと思うと胸が苦しくなる。

「とにかく!せっかく来たんだし楽しもうぜ!な?」
「…うぜぇ」

ポケットからスマホを取り出した切島くんは《頑張ろうな!》と文字を打って私に見せてくれた。
自信に満ちた顔で言われると、思わず私もうなずいてしまう。
チラッと爆豪くんを見ると、気まずそうな機嫌の悪そうな顔をしていた。


手にスマホを持ったまま私たちは3人で屋台をまわった。
場を盛り上げようと切島くんは間に入って話題を振ってくれる。
その度に返事をするのに文字を打つ時間がかかりテンポを乱してしまうことが申し訳なく思った。
それでも気にするなと笑ってくれることにホッとしつつ、一番離れた位置にいる爆豪くんの表情に心が痛くなった。
ここに来てから一度も話すことができていない。
話すどころか距離がどんどん離れていっている。
なんて話しかければいいのだろうか。
ちゃんと話すことができるだろうか。
嫌な顔されないだろうか。
色んなことが頭の中をぐるぐると渦巻いていった。
ふと下を向いていた顔をあげると横にいたはずの切島くんと爆豪くんの姿がなかった。

(え?嘘、もしかしてはぐれちゃった…?)

辺りを見回しても行き来する人が多くて見つからない。
普段音が聞こえず不安になる為に避けていた人ごみに1人取り残され、急に怖くなった。
急いで人ごみをかきわけ、人気のない場所へ出た。
祭りの会場から少し離れたそこは灯りがなく、薄暗かった。
連絡を取ろうとメッセージアプリを起動させようとしたとき、突然肩を2回叩かれた。

「お嬢ちゃんこんなところで何やってるの?」
「もしかして1人?俺達と一緒に祭りまわろうよ」

1人になってしまったときに限ってこういう輩に絡まれる。
知らない2人組の男はニヤニヤとしながら近づいてきた。
無視してその場を去ろうとしたが男の1人に手首を掴まれた。

「無視するなんて酷いなぁ。傷つくんだけど」
「俺達と一緒にいこうよ、ね?」

捕まれた手首は男の大きな手によって強く握られ抜け出せない。
自分より体格のいい男たちに走馬灯のように“あの日”が重なった。
手が足が震える。
怖い。その感情は間違ってはいない。
けれどそれとは違う言葉では言い表せないような何かが込み上げてくる。
男たちが何かを言っているが口の動きをみて理解することができない。
手を引かれるがままに足がよろよろと動く。
抵抗しなきゃと思うのに体が思うように動かない。
けれど突然体がふわっと軽くなり、後ろへ引っ張られると何かに頭がぶつかった。

「てめェら。俺のに何勝手に触ってんだ。ぶっ殺すぞ」
(ば…爆豪くん…!)
「さっさとうせろ。マジでやるぞ」

本気で怒っているのか目つきがいつもに増して鋭かった。
それに恐れたのか、さっきまでニヤニヤとしていた男たちは慌てた様子で走って去って行った。
走り去った男の姿が見えなくなると、爆豪くんは掴んでいた私の腕を離した。
何も言わずそのままどこかへ去って行こうとする爆豪くんの肩は少し揺れていた。
手を伸ばしてもどんどんと先へ行ってしまう。
今、呼び止めないと二度と近づくことができなくなってしまうと思った。
だから私はー



『ばっく…ご……くん…!』