11_期待

保健室でリカバリーガールに怪我の具合を見てもらい手当をしてもらった。
演習で疲れていることもあり、完全には治せず包帯を巻いて処置してもらった。
痛めた足に力を入れると痛みがはしり顔を歪めてしまう。

『ありがとう、切島くん』
「いいって。当たり前のことしただけだし」

更衣室で着替え終わったあとも外で切島くんは待ってくれていた。
保健室に寄って手当をしていたためお昼休みは半分過ぎてしまっており、ほとんどの生徒が食事を終えていた。
食堂も席は空いているものの、受付は終わってしまっていた。

『ごめんね、せっかく誘ってくれてたのに』
「気にすんなって。来栖が悪いわけじゃないだろ。それにまた今度リベンジしようぜ」

笑顔で慰めてくれる切島くんは太陽みたいで眩しかった。
仕方なくわたしたちは購買でパンを買うと、中庭にあるベンチに座った。
風が時折吹いて心地よい。
わたしはイチゴジャムの挟まった菓子パンを頬張った。

「そういえばさ」

隣に座ってカツサンドを食べていた切島くんが切り出した。

「来栖って好きなやつとかいるの?」
『!!?』

驚いて頬張っていたジャムパンを吹き出しそうになった。
水を口に含みパンと一緒に飲み込んだ。

『い、いないよ!なんで…?』
「そっか。もし好きなやついたらさ、誤解されたら困るかなって思ってよ」
『ううん。大丈夫だよ。むしろ…気づいてほしいし…』
「え?なんか言った?」
『な、なにも!』

小さく口からでた本音。
少し前までは言葉を交わすことさえなかったのに、今はこうして肩を並べてご飯を一緒に食べ言葉を交わしている。
夢のようで気持ちがふわふわしてしまって、言うはずのない心の声が口から出てしまった。
“ハル”としては近づくことができない距離。
この距離が嬉しくもあるがこの気持ちは決して叶わない。
切島くんが好きなのは“わたし”じゃない。“ハル”なのだ。
それでも優しく接してくれると期待してしまう。
いつか“わたし”を好きになってくれる日がくるのではないかと。

「そういえば、今度“ハル”ドラマ出るんだってさ」
『へ、へぇー!なんのドラマ?』
「たしか学園物だっけな。主人公のクラスメイト役って雑誌に載ってたぞ!」
『そうなんだ。すごいチェックしてるね』

先日、マネージャーにドラマのオーディションの話を聞かされ、経験にもなるとオーディションを受けた。
大役とはいかなかったけれど、運よくドラマの監督に気にいってもらえたようで、主人公のクラスメイトの一人と言う小さな役ではあるが、役をもらうことができた。
ドラマ自体の撮影も既にはじまっており、今日も学校が終わってから撮影が入っていた。

「まぁな!これでもファンだからな!」
『ふふふ。そうだね』

嬉しそうに話す切島くんに頑張らなくちゃ、と気合が入る。

「……」
『?どうしたの、切島くん』
「えっ!?あ、いや…なんでもねぇ!」

突然黙ってわたしの顔をじっとみていた切島くんに声をかけると、驚いたようにすぐに視線を逸らされた。
さっきまでとは違って、どこかぎこちない雰囲気の切島くんに声をかけようとするとポケットに入れていたスマホに着信音が短く鳴った。
スマホを取り出して確認してみると、マネージャーからメッセージが1件入っていた。

≪撮影時間が変更になったわ。14時から××スタジオ入りになったので急いでいつもの場所に来てちょうだい≫

時計をみると時刻は13時をすぎていた。

『ごめん、切島くん。わたしちょっと急用ができちゃって早退するね』
「え?来栖帰るのか?」
『うん。ちょっと急ぎで…先生に伝えておいてくれないかな…言ったら多分分かると思うから…』
「それはいいけど…」
『ほんとにごめんね!またね!』

本当はもっと一緒にいたかった。
けれど仕事を捨てるわけにもいかない。
急いで教室に戻り、机の中に入っていた教科書を鞄に詰め込んだ。
教室にいたお茶子ちゃんたちにも心配そうに聞かれたが、用事ができた、とだけ伝えて教室を出た。

この時間に下駄箱には人はおらず静まり返っていた。
靴を履きかえる音が響く。
校門をくぐる寸前でまた声が聞こえた。

「またな!来栖!!」

急いで走ってきたのか少し息を切らして叫ぶ切島くんが玄関口に立っていた。
わたしは少し立ち止まって振り返って大きく手を振った。