邂逅


 コッカドールに揺られて、アネットとオウエンは草原を走っていた。早朝に街を出て、川沿いを軽快に進む。
 リケユ川の支流とはいえこれも大きな川で、通常なら商船などが行き交って賑やかなはずだった。だが、アーツがこの先の町オーツを占領したために交通が途絶えている。そして、オウエンとア ネットが目指すマルコワはさらにその先にあった。大きく迂回するとすれば、切り立った崖と険しい山を越えなければならない。船が使えない以上、 アーツ軍が占領している地域を横切らないとマルコワへはたどり着けないことになる。

「もうすぐオーツ地域に入る。しっかりフードを被っているんだ」
「ええ、わかったわ」 

 アネットは前日に購入したローブのフードを深く被り直した。アーツ軍から顔を隠し、少しでも無駄な衝突を避けるためだ。なるべく目立たないように、素早く突っ切る他ない。

 やがて草原を抜けて林に入った。時折木の向こうでアーツ軍の兵士を見かけたが、こちらには気付かない。進むうちに、林の外はアーツ軍の野営地になっている事がわかった。
 幾つかのテントが立てられ、数人の兵隊が常にうろうろしている。それに、金属製の大きな筒のような物や、何かが入った大きな袋などの戦で使うような物資が、至るところに積み上げられている。
 一人の兵士がテントからでて来た。それは兵の中でも人のような形|形《なり》をして、テントの外をうろつく者よりも格段に立派な鎧を着けている。見た目が人と少し違うのは、彼の耳から頬にかけて青い模様が入っていた。それは爪で引っ掻いたような形の太い線で、横向きに3本並んでいた。美しい金髪をさらさらと靡かせて、髪と同じような瞳に、縦に細長い瞳孔を持っている。見た見には大変美しい美丈夫だが、その特徴はやはり彼が人間ではないことを物語っている。
 人型の兵士はゆっくりと、近くを流れる川の方へ歩き始める。オウエンは気配を殺しつつ、その兵を観察し始めた。

「ロニー将軍」

 続いてテントから出てきた兵士が呼びかけた。川へ向かっていた人型の兵が振り向く。

「兵を召集してよろしいでしょうか」

 大トカゲに鎧を着せたような兵士がそう言った。ロニー将軍と呼ばれた兵士は腕を組み、思案を巡らせるような顔付きになった。

「そうだな……。船の用意はどうだ」

「はっ!物資、兵員共に整っております!あとはロニー将軍のご命令を待つのみです」

 トカゲは敬礼し、背筋を尻尾までピンと伸ばした。ロニー将軍はトカゲの方へ歩み寄る。

「そうか、ならば明朝発つ。そうすれば、マルコワへは明日の夜には着くだろう」

 オウエンとアネットは顔を見合わせた。オウエンは顔を強ばらせる。

「マルコワにも反乱軍が潜んでいるとの情報が入った。アジトは壊滅したようだが……芽は摘んでおけと陛下のご判断だ」
「はっ!」

 トカゲが再び敬礼すると、ロニー将軍は彼の肩にポンと手を置いた。その表情は柔らかいが、窘める色が強い。

「だが、無益な殺生はするな。卑しい人間相手とはいえ、オーツでの蛮行は目に余る」

「も、申し訳ありません。しかし……」

 トカゲはあたふたしながら言葉に詰まっている。ロニー将軍はトカゲの目をじっと見た。

「人間など殺すのは容易い。たが、それでも生きている。我々も同じだ」

  オウエンは唖然とした顔でそのやり取りを見ていた。こんな人物がアーツ側にいたことが意外だった。

「貴重な人材だ。ロニー将軍……覚えておう」

 そうね、とアネットも頷き、その場をそっと離れた。二人と一頭は木陰に隠れながら、兵士たちに見つからないように進んだ。
 やがて荒れた土地に出た。林はまだ続き、その外側一帯のアーツ軍の陣地は広かった。とは言えこの辺りまで来ると野営の中心部からは離れており、兵の数はだんだん減ってきている。だが、戦車のようなロボットのような、とにかく見た目から物騒な乗り物が時折見かけるようになった。
 戦車よりはコンパクトで、大人の男性よりは少し背の高いくらいの大きさだった。一人乗りの、戦車というよりはコクピット付のロボットのようなものだった。さらに、胴部分にはアームが付いていて物を掴めそうな構造をしている。その背には大砲らしき物を背負い、腹にはガトリングガンのような大きな筒状の物が搭載されていた。
 林の中から兵器を観察しながら走っていると、すぐ目の前の木がメリメリと音を立てて倒れた。

「きゃあ!」

 アネットは思わずオウエンの背にしがみつく。コッカドールも驚いたらしく、大きくびくりと身を震わせた。オウエンは慌ててコッカドール宥め、辺りの様子を窺う。

「大丈夫か?見つかったわけではなさそうだが……」

 オウエンが言い終わらないうちに、今度は少し離れた所で爆発音もする。ぎょっとしてその方向を見ると、ロボットが狂ったように走っていた。そして、あろうことかロボットはオウエン達の方向へまっすぐ突進してくる。人が乗っているようだが、全く制御できていない。オウエンはコッカドールを操り、ひらりとロボットをかわした。

「た、助けてくれー……!」

 ロボットに乗った男が涙目で叫んでいる。彼はまだ若く、青年と少年の間くらいの年に見えた。
 かわした先にも無人の同じロボットが1台、地面に鎮座している。主のいないそれは、大きな足を投げ出してペタりと尻をつけて可愛らしく座っていた。
 暴走するロボットは、アネットの少し前方に立っている木にぶつかってようやく止まった。乗っていた人物が、ロボットから脱出しようともがいているが、内部が破損しているようで、なかなか出てくることが出来ないでいる。
 木にぶつかったせいで、随分派手な物音がした。やがてアネットたちの背後から、たくさんの足音が聞こえ始める。アネットが恐る恐る後ろを振り返ると、アーツの兵士たちにずらりと囲まれていた。彼らは先程の衝突音を聞き付けてやって来たのだ。

「何者だ!」

 先頭にいた兵士の一人が声を張り上げた。その声を聞いた魔物の兵達が、さらにわらわらと集まってくる。

「見つかったか……」

 オウエンが呟くように言い、舌打ちをする。すっかり退路も断たれてしまった。アネットはごくりと唾を飲んだ。槍や剣を突きつけられて、冷や汗をかく。
 その時、木にぶつかった男がようやくロボットから這い出てきた。彼は背負った矢を取り出し弓につがえようとしているが、手が震えて上手くいっていない。アーツ軍の目が、一瞬そちらへ向く。オウエンはその隙を突いた。
 オウエンはコッカドールから颯爽と飛び上がり、頭上ひ伸びる木の太い枝に飛び移った。その枝を伝って隣の木へ移動すると、さっと飛び降りる。木の根元に置いてあった無人のロボットに着地して、乗り込んだ。まさに一瞬の出来事だった。彼の軽い身のこなしに、アネットも軍隊もロボットから出てきた男も驚いた。
 オウエンすぐさまロボットを起動する。ゆらりと立ち上がったロボットは大砲のような装置を前方に持ってきて、大きな銃口をアーツ軍に向けた。

「お、おのれ……かかれー!アーマメントを取り返せ!」

 その軍の大将と見られる者が怒りで顔をオレンジに染めた。この大将はロニー将軍のように人型だが、皮膚は黄色い。大将は白かった白目まで真っ赤にして、いかにも恐ろしい顔で突撃の号令をかけた。アネットは恐怖で身体が動かない。
 次の瞬間、青白い光の束がアネットの横を通りすぎた。その光が通った場所からは、木も兵士たちも跡形なく消え去った。オウエンはアーマメントの大砲から、レーザーで攻撃していたのだ。アネットは驚いてオウエンを振り替えると、彼は既に別の方向にもレーザーを照射している。一瞬でアーツ軍を一網打尽にしてしまった。

「行こう」

 オウエンはそう言うと、這い出て腰を抜かしている男をアーマメントの腕でひょいとつまみ上げた。そして、元の進行方向へ移動を始める。

「そのまま行くの?」

 アネットは手綱を引きながら、コッカドール脇腹をブーツの側面で軽く蹴った。コッカドールが返事するようにコケッと鳴いて走り始め、オウエンに追随する。
 アネットは一人で手綱を握るのは初めてだったが、オウエンの手綱裁きはずっと見ていた。コッカドールを難なく走らせることができて、アネットは内心ほっとする。

「少なくとも野営地を抜けるまではこれに乗っていた方がいいだろう。追ってくるかもしれん」

 オウエンはそう言うと、今度はつまみ上げた男に声をかけた。

「ここで何をしていた。死ぬ気か」

 男は項垂れて首を横に振る。疲れきっているのか、気力がないのか、その様子に力はない。彼は振った首を止めると、そのままじっとしている。

「おい、起きろ。取り敢えずここを抜けるまでは付き合ってやる」

 オウエンはアームを動かした。動きを止めた男を揺すっている。男は「ぐえ」と変な声を出しながら、オウエンを振り返った。

「や、止めてくれ」

 オウエンがアームを止めると、男はホッとした顔で息を吐いた。

「俺は、イーノック。オーツの領主の息子だった」

「……だった?」

 アネットが聞き返すと、イーノックは続ける。

「オーツはアーツに占領された。その時、領主だった親も、親族も全員殺された。今、オーツの覇権を握るのはアーツの魔物だ」

 イーノックは悔しそうに歯噛みする。

「街の者は虐殺されて、生き残りがどのくらいいるかわからない。俺は命からがら逃げて来たけど、見つかれば殺される。だったら――」
「一矢報いてから死のうと思った、か?」

 オウエンが口を挟むと、イーノックは忌々しそうにオウエンを睨んだ。

「そうだ。生き残りも隠れるのに必死だ。奪還どころじゃない」

 イーノックは投げ槍にそう言うと、ブスッとした顔をした。

「なるほどな。それでこの……アーマメントとか言ったか、これで暴れようとした。けれど、全く操縦できなかったんだな」

「……そうだ」

 イーノックは面白くなさそうな顔でうなずいた。置き去りになっていたアーマメントをぶんどったものの、使いこなせなくて振り回されていた結果、あの騒ぎになったのだ。アネットたちは、すっかり巻き添えを食らってしまった。

「これからどうする。街には帰れるのか」
「いや……無理だ。殺される」

 イーノックは青い顔をしてぶるりと震える。オウエンは前をむいたまま話した。

「私たちはマルコワへ向かう。恐らく、そこで敵を迎え撃つ事になる」

 イーノックはぎょっとした顔をした。そしてはっとした顔つきになり、オウエンとアネットの顔を見比べる。

「あんた達、まさか……」
「トリスタンだ。お前も一緒に来るか?」

 オウエンが答えると、イーノックは決意に満ちた表情に変わった。

「俺も行く。それで、オーツを取り戻すんだ」

 オウエンはイーノックの声に固い決意を感じて、イーノックへ視線を向けた。

「私はオウエン。弓は扱えるな? イーノック」
「ああ」

 イーノックは強く頷いた。その様子を確認したオウエンは、イーノックをアネットと相乗りさせた。アネットの後ろに座ったイーノックは、慌ててコッカドールの鞍を掴む。
 コッカドールはいきなり重くなった事におどろいて小さく鳴いた。けれど、すぐに調子を取り戻して軽快に走り出す。
 一行はマルコワへと先を急いだ。

20190717
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