似ている
才谷さんはずっとそわそわしていた。
何も言わないが、幕末に残してきたがことが気になって気になって仕方がないのだろう。
そんな才谷さんはカメラに夢中になっていた。リビングに座布団を敷いて座り込み、カメラをしげしげと眺めたりシャッターをきってみたり。何時までも飽きる気配はない。
幕末にいたころも写真を撮ったことがあるそうだ。だが、現代のカメラの小ささや精度は格段に違う。彼はそれに驚き、まさに興味津々の様子だった。ならばその本人を撮ろうとカメラを構えると、才谷さんは意気揚々とポーズを取った。
わが家のリビングの隅には、木製の電話台がある。才谷さんにはちょうど腰位の高さだ。そこに片肘をつき、ついた手を懐に入れて電話台に半身を預ける。顔は向かってやや左を向け、済ました顔をしている。
「……坂本龍馬みたい……。」
次の瞬間には、才谷さんがぎょっとした顔でわたしを見ていた。その鬼気迫る表情に、わたしも心底驚いた。きっと、わたしも彼と同じ顔をしていただろう。
「お、おまん……。どこでその名を……。」
「え?」
わたしたちはお互いに?マークを飛ばし合っている。
「ええと、日本人なら誰でも知ってる名前や思いますけど……?」
「そ、そりゃあ、ワシ、追われちゅうき……。」
才谷さんは驚愕の顔つきで、冷や汗までかいている。やや話がかみ合っていない。
「いえ、そういう意味やなくて……。歴史上の重要人物というか……。」
「……んん?なんや?それはどういうことやか?」
「だから、坂本龍馬が維新の立役者やいうことは誰でも知ってるんです。現代の人は。」
才谷さんは狐につままれたような表情で、じいっとわたしを見つめた。
「そうか!ワシ、そんな有名人やったがか!維新の立役者……ほー」
「……は?」
「ん?」
今度はわたしがきつねにつままれる番だった。今のは自分が坂本龍馬であることを認める発言だ。 とても信じられないことではあるが、彼は箪笥から現れたくらいだ。もう驚かない。
「と、いうことは……才谷さんは偽名やったんですね、坂本龍馬さん」
「はっ!しもうた、そうやった……」
狼狽える才谷さん、もとい、坂本さん。まさかとは思ったが、なかなか繋がらなかった記憶の糸が、今ようやくつながった。慌てる彼を見て、わたしはくすりと笑った。
「わ、笑い事やないぜよ。命に関わる。」
しどろもどろする坂本さんは、だらりと冷や汗を落とした。
「わたしはそんなことしませんから、安心してください。」
「お、おう。それも、そうか。」
まだ落ち着かない坂本さんをなだめながら、わたしは心の内で青ざめた。本当に彼が坂本龍馬なら、元の時代に戻る事ができても暗殺されてしまうだろう。もしも坂本さんの仮説が正しければ、次の新月には戻ってしまうかもしれない。 暗殺のことが分かっているのにこのまま返してしまっていいのだろうか。かといって、わたしの一存で引き留めて歴史が変わってしまったらと考えるのも恐ろしい。何か最善なのか。坂本さんに悟られないようにとは思うものの、顔に出てしまったのだろう。坂本さんが何かに気付いたような表情でこちらを見る。「いいえ」と小さく返し笑ってごまかすと追求はされなかった。
返すか返さざるべきか。本人に話すべきか、話さざるべきか。しかし、返さないとなると生活はどうするのか。 頭の中でぐるぐると堂々巡りを繰り返していた。
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