ロマンスカーでつかまえて
大千秋楽のカーテンコール。
幕が下り切った瞬間、身体から力が抜けていくのを感じた。どこか遠くへ行きたい。衝動的にそう思い、ロマンスカーの特急券を買いに券売機の前へ。
プチ一人旅行。
自分への慰労ってことで。
タッチパネルの操作に四苦八苦していると、不意に肩を叩かれた。
「電車とか乗るんだ」
振り返ると、大我だった。
「そっちこそ」
「どこ行くの」
「箱根」
「大我は?」
「忘れちゃったな」
ふうん、と適当に相槌を打つと、何か言いたげに前髪を払う仕草を何度か繰り返した。
「俺のも取って」
「はいはい」
「窓際がいい」
「はあ。あれ車両跨いで席って取れないんか」
「なんでそんなことしようとしてんの?」
大きな瞳が、不思議そうにこちらを見上げる。
「変に疑われたくないし」
小声で言うと、「別に良くね?」と返された。なんだそれ。
帽子を目深に被り直し、結局横並びにしか取れなかった席の切符を渡す。
ロマンスカーに乗り込んで間もなく発車のアナウンスが流れゆっくりと動き出した。大我越しに見える窓の外には、真っ暗なりにのどかな景色が流れ始める。
「なんか食べるもの買えばよかった」
「お酒とかね、あったらよかったかもね」
「あ、千秋楽おめでとうございます。…あえ、打ち上げとかいいの?」
「んー、うん」
「うん?」
「なんか、疲れてて」
「ふーん、めずらし」
大我は車内販売が来ないかとしきりに周りを見渡していたが、しばらくすると諦めたのか、飽きたのか、ぼうっと外の景色を眺め始めた。
何か会話を再開させる気力もなく、美しい鼻筋がマスクに隠れているのをぼんやりと眺める。見慣れているはずなのに、際立って綺麗なこの顔が視界に入るたびいつも新鮮に感心してしまう。
窓を眺めている、という口実を胸に大我の横顔を見ていると、突然車内のどこかから乳幼児の金切り声が響いた。二回、三回と何度も続いて、さすがにうんざりし始める。乗客は皆しらっとした顔をしているが、聖人君主でもない限り、心では誰もが不快に思っていることだろう。
とうとう母親と思しき女性が、「すいません、すいません」と疲れたように子どもを抱き上げて車両を去っていく姿が見えた。車両に静寂が戻る。
隣の大我は、始終寝ていた。神経の太い人。
そういえば、この人にはいつまでも「父親」という単語のイメージがついて回るけど、実際のところ彼自身が父親になる日など、来るのだろうか。
いや、余計なことを考えた。
がこん、と車体が大きく揺れた衝撃で、大我はびくっと体を揺らした。眠たげに目を開いて、のんきに伸びをする仕草。隣の私への配慮はないようで腕が肩にぶつかっても気にしていないようだった。
「あ゙ー、変な夢見た」
「うん」
「なんか赤ちゃんが……赤ちゃんがね、いて、何しても何しても全然泣き止まねえの」
「実際さっき泣いてたからね」
「xx?」
「ちがう。あかちゃん」
突然、パッと気付いたような顔をして、後ろめたそうに「ごめん」と謝られた。
変なところで気を回す人。
「最近、どう?」
と、私は何気なく尋ねた。
「雑すぎん?まあ、色々。出させてもらって。そちらは」
「無事千秋楽迎えまして」
おめでとうございます、とかしこまったテンションでこちらに頭を下げる。
「次はソロコンサートが控えているとのことですが」
「なに、なんの取材?」
「俺たちがバックに着くという可能性は……」
「なんで、無理だよ。こんな大スター達」
「いやいやいや。まだまだ学ばせていただきたいことはねえ、たくさんありますから」
「なんか、みんな私のこと養成所かなんかだと思ってない?」
「ええ?」
しまった、言っちゃったな。でもなぜだか止まれなかった。
「だって、ほら、いつも色んな下の子たちと一緒だし。バックにつけたり、教えたり、みたいなことが多くて、私自身は、まだ、もっと、こう、」
言葉を探しながら、私は曖昧に手を動かした。
何が言いたいんだろう。っていうか、大我に言ってどうなると思ったんだろう。
「うん……いや、忘れて」
「はあ」
沈黙。
「でも、皆がxxのこと頼りにしてるのは、もう今さらしょうがなくね。それだけのことしてきたんだし、慕われて当たり前っていうか」
「それは、嬉しいけど……」
初めて大我にそんなことを言われた。
この一匹狼が他人に対してそんなことを思えるだなんて知らなかった。
「......あなたたち、ほんとにバック付けないんだから」
「いや、俺らジュニアだし付けられるわけなくない?」
「私はやってんですが」
「まあ、あなたは違うやん」
大我は少し笑って、柔らかい声でそういった。
「違うって……どういう意味?」
ああ、だめだ。
分かりやすく咎めるような声色になってしまう。
「いや、ほら、もう、なんか、別格っていうか……」
どこか斜め上を見つめて言葉を探しているようだ。
「なんか、大スター、みたいな?」
「……やっぱり、そう思われてるんだ」
私は小さく呟いた。
「喉乾いたな。コーヒー頼も」
「俺、カツサンド食う」
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