東京メトロで朝食を

都内某所。朝。
静かなカフェの窓際。

カップを両手で包みながら、クロワッサンを見つめていた。眠たい。
店内のパンを焼く匂いと控えめなジャズが眠気に拍車をかけている。

「こんなふうに砕けた雰囲気になってくれたのを見るとうれしいけどね」
「あ、ごめんなさい。気ぃ抜きすぎた」
「いやさっきからクリーム落ちそうで」
「どこ?」

目の前に座る友人が問いかける。
彼女はかつて女性だけの歌劇団で男役をしていて、退団して数年経つ今も王子様然とした姿で表舞台に立っている。
割と珍しいと思う。まあ在団中から誰よりも王子様だったけど。
あれだ、あの子に近い。ケンティー。

「うわ、舐めた」
「ドキドキした?」
「した」

美しい男装の麗人が、俗っぽい胸キュン仕草をしているのが面白い。
格好良すぎると人って笑えるんだな。
綺麗すぎる顔って罪、と考えたところで(ほぼ)同期の顔が浮かんだ。
眠気が覚めてきた。

「こないだあれ見に行ったんだけどね、𓏸𓏸先生の」
「ああ、うちの人も出てるな。見学行かなきゃ」
「そうなんだ、もっかい行こうかな。一緒に」
「おもしろかったんだ」
「すっごい格好良い人がいた」
「京本?」
「なあに?」
「名前。格好良かった人。きょーもとたいが?」
「そうだったっけか。ごめんね違うかも」

慌てて目線を下に落として、スプーンでラテの泡をすくった。真っ白で甘そうなのにコーヒーの味がする。

「あ、仲良い子だっけ」
「まあ、うん。多分」
「かっこいいんだ」
「......よくそう言われてるから」

少し考えてから、短く答えた。

「おやおや、歯切れが悪い。珍しいじゃないの」
「別にそんなことないよ」
「私とどっちが好き?」
「やめてよ恥ずかしい」
「昔はあんなに格好良い格好良いって言って、ガチガチに固まってたのに」
「いや、はあ」

泡をスプーンでかき混ぜながら視線をそらす。

「」

「うん。でも、最近は……なんとなく、話しやすいっていうか」
「へえ」

友人は微笑み、クロワッサンをちぎる手を止め

「で、どうなの? 彼、いい感じ?」
「ん? え! そういうのじゃないから......」
「へへっ」

友人は楽しそうに肩をすくめながら、カップを傾けた。

「デビューすることはないんだろうね」

友人の声は柔らかかったが、含まれる現実は冷静だった。

「グループ、組めないよ」

主人公は当たり前のことのように答えた。ずっと前から分かっていたことだった。個として求められ続けることの光栄と、その裏側にある孤独。彼女はその両方を知っている。

「誰も隣に立ってるイメージがないもん」

友人はそう言いながら、ふと視線を落とした。

――本当にそうだろうか?

目の前の若いエンターテイナーは、ひとりで舞台に立ち、誰よりも輝いていた。グループに所属しなくても、彼女の才能はまぎれもなく本物だった。そのことが、かつて舞台に立っていた者として誇らしくもあり、少し寂しくもあった。


「なに?」
「なんでもない」

友人は微笑み、残りのコーヒーを一口で飲み干した。