「樹、今度の音楽番組でついに妹と共演するんじゃん」

と誰かが呟いた。その一言を皮切りにメンバーたちが口々に喋りだす。

「そうじゃん、妹にっぽんデビューじゃん」 「おめでと」 「めでてえ」 「うわー感慨深い」 「なんかすごいね、マリアちゃん大きくなって」 「可愛いよな」 「かわいい。綺麗になった」 「馬鹿!ずっと綺麗だったろ」 「あと俺らよりダンス上手い」 「当たり前だろ比べんな」 「美人さんになった」 「樹に似ず綺麗」 「ママに似たんだろ」

メンバーたちの言葉が雨のように降り注ぐ。楽屋の狭い空間に反響する彼らの声に、俺は何も返せずにただ微笑むだけだった。マリアのことを語るのは簡単なはずなのに、言葉が喉の奥で詰まっていく。

「ずっと好きだったんだぜ相変わらず綺麗だな」

ワンフレーズに反応して歌い出した末っ子たちを置いて、今まで喋らずメンバーたちを眺めていた地が口を開いた。

「樹なに、緊張してんの?」

その言葉に的を射られた気がした。地はいつも俺の心を読むのが上手い。

ぱっと歌をやめて、からかうように樹のもとへわらわらと食い付きだす。 「そうなの!?」 「ねえ樹キンチョーしてるって!」 「キンチョー!」

地の発言で騒ぎ出した雰囲気に、ふっと気持ちがゆるむ。邪魔な前髪をかきあげて、耳元のピアスを軽く揺らした。心臓が早鐘を打っているのがわかる。

「いやー嬉しいんだけど、会えるのはさ!でもちょっと、けっこう連絡とってなかったから......勝手に気まずいっていうか、なんていうか」

言葉に詰まる自分に、情けなさが込み上げる。バラエティ番組での質問なら即座に答えられるのに、本当の自分の気持ちとなると、こんなにも滑舌が悪くなる。

「あそうなの?樹んとこ家族仲いいし、俺らとかに話してないだけでめちゃくちゃ溺愛してるもんだと思ってた」

コウイチがまっすぐな目で俺を見つめる。彼は実家が近いから、昔から家族のことをよく聞かされていた。

「してるよ?心の中では、溺愛」

嘘じゃない。でも伝わっているかは別問題だ。

「ただの一方通行じゃねーか」 「片思いだ」

片思いという言葉に、たしかに、と思う。的確すぎて反論できない。

楽屋の鏡に映る自分の顔を見る。マリアとどこか似ているだろうか。目の形?鼻筋?それとも何も似ていないのか。久しぶりに会ったら、すぐに兄だと気づいてくれるだろうか。

スマホを取り出し、既読の付かないメッセージ画面を開いて、意を決してひとこと打ち込む。

「マリア、日本での活動おめでとう。楽しみにしてるよ」

いや、これじゃ他人行儀か?と消す。

「久しぶり!番組で会えるの楽しみ!」

これも違う。軽すぎる。消す。

「元気?そろそろ桜の季節だね」

何度か繰り返して、見かねた慎太郎に「今度出演一緒だね いつ日本?」と送られてしまった。

「おい!」

慎太郎は肩をすくめて逃げ出す。俺は画面を見つめたまま、送信ボタンに指がかかる。

数年前で止まっているやり取り。そもそも、とっくの昔にこのアカウントは使われていないのかもしれない。それでも、一度くらいは俺から歩み寄ってみるべきじゃないか。

俺は兄としてどう思われているだろう。家族として、そもそも家族と認識しているだろうか。嫌っていないだろうか。不安定な気持ちのまま、のんきにはしゃいでいる年下のメンバーたちを眺める。

「俺、マリアのファンクラブ入ってるんだよね」と中島が自慢げに言う。「最新グッズ全部持ってる」

「マジで?樹より詳しいじゃん」誰かが言う。

そう、ファンの方が妹のことを知っているんだ。映像や写真で見る妹は、いつもプロフェッショナルで完璧だ。どんな音楽が好きなのか、何を食べるのが好きなのか、そんな当たり前の情報さえ、俺は知らない。

「ほら、樹も歌えよ」

メンバーの一人が俺の肩を軽く叩く。

「ずっと好きだったんだぜ相変わらず綺麗だな」

懐かしい曲のフレーズに合わせて、口ずさむ。明後日、五年ぶりに妹に会う。何を話せばいいんだろう。

ディレクターが入ってきて「五分後にリハーサル始めます」と告げる。俺はスマホの送信ボタンを押した。

「今度出演一緒だね いつ日本?」

シンプルな言葉だけど、これが精一杯の歩み寄りだった。