歌番組収録の翌日、夕方になった。マリアは韓国へ発つ時間が迫っていた。

空港へ向かう車の中、樹とマリアは互いに無言で窓の外を眺めていた。昨日までの時間が嘘のように過ぎ去り、再び別々の場所へと戻っていく現実が二人の間に重く横たわっていた。

「あの…」 「ねえ…」

同時に口を開き、二人は顔を見合わせて苦笑いした。

「さよなら」と樹が先に言った。まだ空港にも着いていないのに、彼は既に別れの言葉を口にしていた。「お互い遠い場所で頑張ろう」

マリアはその言葉に違和感を覚えた。そんな形式的な言葉ではなく、もっと本当の気持ちを伝えたかった。でも、何を言えばいいのか分からなかった。

「そうだね」と返すしかなかった。

車窓から見える桜並木が、風に揺れていた。満開の時期はとうに過ぎていたが、それでも美しかった。

「春が終わるね」とマリアは呟いた。

「また来年、咲くよ」と樹は答えた。「また日本に来る?」

「わからない。スケジュールは事務所が…」

「そうだよな」

再び沈黙が流れた。

マリアは自分の気持ちを整理しようとした。心の中では樹のことを運命と言えるほど大切に思っている。樹がいない場所では、彼への思いを他人に語ることさえできる。でも、こうして目の前にすると、ぎこちない関係にしかなれない。

「変だよね、私たち」突然マリアが言った。

「え?」

「こうやって二人きりになると、なんだかぎこちなくて。でも離れると、すごく大切に思うの」

樹は少し驚いた顔をしたが、すぐに優しい笑顔に変わった。

「そうだな。俺もそう思ってた」

「本当は、もっと普通の兄妹みたいに話せたらいいのに」

「俺たち、普通じゃないからな」

二人は少し砕けた笑い声を上げた。

「いつも大切に思ってるよ」と樹が言った。「大好きな妹だからね」

「幸せを願ってる」とマリアは返した。

空港に到着し、二人は車を降りた。搭乗時間まであと少し。最後の別れの時間が迫っていた。

「マリア」と樹が真剣な顔で呼びかけた。「お前だけが好き。ほんとだよ、信じて」

マリアは一瞬、息を呑んだ。それから小さく頷いた。「私も…あなたしか見えないの」

「だって妹だし」と樹はあえて軽く言った。でも彼の目には、それ以上の何かが宿っていた。

「そう、兄妹だもんね」マリアも同じように返した。

二人は互いを見つめ、そこに流れる空気が変わった。言葉の裏に隠された本当の思いが、言葉を超えて伝わっているような気がした。

「また会おう」

「うん、必ず」

マリアはゲートへと向かった。振り返ると、樹はまだ同じ場所に立ち、手を振っていた。彼女は手を振り返し、それから背を向けた。

胸の中に広がる不思議なすがすがしさ。まるで桜の花びらが風に舞うように、気持ちが軽くなっていくのを感じた。何も解決していないのに、何かが変わった気がした。

飛行機の窓から見た日本の景色は、遠ざかっていくにつれて小さくなっていった。でも樹との距離は、不思議と縮まったような気がした。

「だって運命」

マリアはそう呟き、韓国へと向かう空へ目を向けた。