03

今日だけで何度通ったか数えるのが嫌になるほど通った市民街と下町を繋ぐ坂を通り、見慣れた広場へと戻る。
水道魔導器は先程より弱まったものの、未だに暴走したまま、広場を水で沈めてしまっていた。

「ハンクスさん。何か手伝いますよ」
「ん?シークか……いやお前さんの手を借りなくても大丈夫じゃろ」
「こんな惨状なのに、ですか」
「こんな惨状だから、じゃな」

ため息が出る。
確かに水道魔導器のそばで水を食い止めているのは下町の男手ばかりではあるけれど……。

「お前さんは自分に出来ることをすればいいんじゃよ。それはユーリよりもよく分かっとるじゃろう」
「ユーリと比べないでくださいよ。出来ることをするという意味ならユーリの方がやってるでしょうに」
「あやつのアレはただの無茶じゃろうて」

多分、これは何を言っても手伝わせて貰うことは出来ないんだろうな。

「……宿屋、戻るか」


宿屋に戻ると地下の排水は終わったものの、後片付けはまだまだ途中の段階だった。
手伝いに関しては既に断られているので特にやれることも無く。ちょうど暗くなってきたところで賑わいだした宿屋兼酒場で客の相手をしたり食器を洗ったり、と少しずついつもの下町の風景が戻ってきたような気がした。

「あ、女将さん。今日ユーリ戻ってこないみたいなんで、ユーリの部屋借りますから」

仕事が粗方片付いてそろそろ店も閉まる時、女将さんが何か言う前に告げる。

「シーク!そんなこと言わずに……隣空いてるんだからそこ使って構わないのよ」
「いえ、ユーリがいない時、ラピードの世話頼まれてるんで問題ないですから」
「ダメよ!いいから空き部屋使ってちょうだい」

まぁやっぱりというかなんというか、ユーリの部屋に泊まるのは反対されてしまった。
女将さんに押し負けて空き部屋に泊まることになり、部屋の鍵を渡される。

「お邪魔します、と」

誰もいない部屋の鍵を開け、部屋の中へ。壁に荷物を掛けてベットに倒れ込む。
いつもより動いて疲れが溜まったのか、目を閉じると緩やかな睡魔に襲われて、急激に意識が遠のいていくのを感じる。

「……今日はもう寝て、明日頑張るか」



□□□


遠くで声がする。
何かを探すような、誰かを呼ぶような。

「なんだよ……人の睡眠妨げて……」

眠い目を擦り、天井を仰ぐ。仄かな月明かりだけが部屋を照らしている。眠りについてからそんなに時間も経っていないんじゃないだろうか。

「ユーリ・ローウェル!!何処だ!!!」

外からそんな声が聞こえる。
この声は恐らくルブランさん、だけど……。

「あいつ、逮捕されて今城の牢屋じゃないの……?」

身体を起こして窓から顔を出す。
ちょうど見える位置に居たルブランさんと目が合う。

「シーク!お前、ユーリを……!」
「ルブランさん、こんな真夜中にそんな声を出すと近所迷惑ですよ。騎士団小隊長ともあろうお方がそんなことしてどうするんですか」
「う、うむ……」

「分かっていただけたようで何より。それで、ユーリがどうしたんです?」
「む……。そちらに上がっても構わんか?」



どうやら、込み入った話になりそうだ。



□□□



「特に何もお出しは出来ませんが。ここ宿屋ですしね」
「スマンな」

部屋にかつての上司を招くことになるとは。
ルブランさんに椅子を勧めつつ自分はベットに腰掛ける。下町の宿屋の部屋でこんなふうに向かい合って話す機会なんてもう滅多にないだろうな、と寝起きの頭でぼんやりと思う。

「あー……で、だ。まずはユーリの話だ」
「まず、ってことは何か他にもお話が?」
「それは後でな。順を追って話すが、昼頃キュモール隊がユーリを連行、牢屋に投獄した」

それは昼間にも聞いた話。
貴族街の屋敷に盗みに入ったユーリ青年はシュヴァーン隊のアデコール、ボッコス両名に発見された。
だが、2人には捕らえきれず、キュモール隊の手柄になった、と。

「そして夜が深けてから巡回の騎士が牢屋を見回ったところ、牢屋の中に姿はなかった」
「とんでもないザル警備じゃないですか」
「同時刻に不審者の侵入もあったそうでな……手が回らんかった、とも取れるだろう」

騎士団もこれだから。ユーリがいくら下町の小悪党とはいえ、牢屋の見張りも立てていないとは……。

「……で、その程度で夜の下町を叫びながら捜索なんてしないでしょう?」
「あぁ。……ユーリ・ローウェルには貴族であるエステリーゼ様誘拐の容疑がかけられた」
「貴族誘拐……?ユーリが、そんなまさか。同時刻の不審者の仕業では?」
「そちらはどちらかと言うと暗殺者のような者達だったらしい。それに、ユーリとエステリーゼ様が一緒に行動してるところを見た者がいる」

「……それを、私に話してどうしろ、と?」

ユーリがなんの理由もなく貴族のお嬢様を拐うとは思えない。面倒事をわざわざ作ることも無い。だとすると拐わなきゃ行けない状態になったか、拐ってくれと頼まれた、か。
それより気になるのはルブランさんが、既に騎士団所属ではない自分にここまでの事情を話してくれたことだった。外聞を気にするのなら内部事情を漏らすわけにはいかないだろうに……。



「それがもうひとつの話なんだが……。シーク、お前……本当に、間違いなく、去年騎士団を辞めているんだよな?」



「……はい?」

とんでもない言葉が飛び出した。

「いや、初めに見た時は私も目を疑った。なんの冗談だとも思ったが……正式な書類だ。間違いはない」
「え、と。何の話です?」
「今日の夕方に、シュヴァーン隊所属騎士名簿を見る機会があってな。所属なんて把握しているわけだからまじまじと見ること自体、普段はないんだが……お前の名前が残っていた。『シーク・ストライル、負傷につき無期限療養中』とな」
「な……ど、どういうことです?」


1年前。
騎士団の規律違反である団員同士の私闘により、右腕を負傷。私闘の相手は2つ上の先輩騎士。
騎士団罰則規定により、両名除隊処分。

騎士団内部ではそう処理されたはず。
右腕は治癒術師の治療もあり、最悪の結果である切断は免れた。しかし傷跡は消えずに残っている。下町の住民がやけに心配性なのはこのせい。見た目は派手な傷だが、時折引き攣る程度で、痛むことはほぼ無いに等しいというのに。


「何故かはわからん。だからお前に直接確認している。本当にお前は除隊処分になったはずだな?」
「……えぇ。除隊処分ですよ。とはいえ証明するものは特にないですが……。あの頃から持ってるものは除隊処分後、宿舎を片付けている際に隊長から餞別で戴いたあの剣くらいですが、それ、ルブランさん見てたでしょう」
「あぁ。……あの時は、餞別として剣を戴くなんぞ、お前は相当隊長に気に入られてたんだなと思ったものだ」
「まさか。隊長の気まぐれか何かでしょう」

2人で壁にかけられた剣を見る。
尊敬する隊長から餞別だ、と戴いた剣。騎士が両手で扱うには少し小ぶり、でも小刀と呼ぶほど小さくはない、片手で扱える業物の赤い剣。
除隊後に銃をメインに戦うスタイルを確立してからも、常に持ち歩いている。大切な、大切な剣だ。

「……まぁとりあえずこの名簿に関しては今度隊長に確認を取っておく」
「お願いしますよ。それにしてもどうして今になって……」

除隊処分を取り消せるのは、直属の隊長、もしくは騎士団長のみのはず。
シュヴァーン隊長か、アレクセイ騎士団長か。
いや、どちらもありえない。御二方とも誠実な帝国騎士の鑑だ。そのような規則をねじ曲げるような行為はしないだろう。
何らかの手違いで名前が載ってしまっただけだ。そう思考を切り換える。

「……で、この話がさっきのにどう繋がるので?」
「もし、ユーリがエステリーゼ様を連れて下町に逃亡してきた場合、シークがエステリーゼ様を保護してくれんか」
「……騎士として復帰するかも分からない人にそういう大事な任務任せちゃいけないでしょう、ルブラン小隊長」
「任務ではない。休養中の部下への頼み事だ」

それを人は任務と呼ぶんですよ、ルブラン小隊長。

「ユーリがどういう理由でそのお嬢様を連れ出したかは知りませんが、今現在、外見的に騎士でもない一般人の私がお嬢様を保護なんて流石に出来ませんよ」
「む、むう……やはり、そうか……」
「……保護じゃなく、護衛としてエステリーゼ様が城に戻る、もしくは騎士団に保護されるまで同行する、という形で良ければ引き受けますよ。真夜中に探し回らなきゃならないくらいの要人なんでしょう?そのお嬢様は」

そのお嬢様の目的が何かは分からないが、ユーリと共に城を抜け出したのだから……城の外、もしくは結界の外に用事があるのだろう。
そしてユーリは必ず下町に帰ってくる。水道魔導器は結局まだ直っていないが、魔核が盗まれたのだからその犯人探しは諦めないだろう。たとえ犯人が結界の外に逃げてしまっても。その旅に、結界の外に用のあるお嬢様を連れていくとしてもなんの違和感もない。あいつは困っている人を、見捨てられないのだから。

なら、接触する機会はあるだろう。

「そ、それは本当か!」
「かわりに、そのお嬢様の意思を最優先にしますけど。お嬢様が騎士団から逃げることを望むのなら、一緒に私も逃げますからね?」
「む……仕方あるまい、か」


「お嬢様が心配ならとっととユーリ捕まえて騎士団で保護してくださいよ、ルブラン小隊長殿」


だからとりあえず、今日は寝てもいいでしょうか……。