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血溜まりでの目覚め






「使えないんだえ!」

 黄金の美しい銃は、けれど悍ましい水溜まりを作った。
 赤い天鵞絨ベルベッド絨毯カーペットを、さらに濃く染め上げていくそれは、人間の血液に他ならない。
 人間は奴隷であり、奴隷は物だ。黄金の銃の持ち主にとってのは、物であるがゆえにくぐもった声を溢すことは許されず、そして表情を苦痛に歪ませることも許されない。撃たれた銃弾は十六、人間の身体が動かなくなるには充分であり、むしろあらゆる抵抗を奪われた物にとってはどこまでも過剰であった。
 血溜まりを一瞥もせず、凶器を片手に男は笑う。

「これで大丈夫だえ」

 と、父親を名乗る男は言った。
 当然のように。道理のように。原理のように。真理のように。あくまでも当たり前のこと――我が子を傷付ける物など必要ないだろう――を説くかのように。
 堂々とした様は常識を語る講師のようであったが、彼がやったことは、当事者の一員である幼子にとっては「罪なき人間を殺した」という行いだ。子を守る親のものであるとは到底思えず、胃の底がひっくり返りそうだった。
 しかしながら。
 聖地マリージョアにおいて人間が壊れることは日常茶飯事であり、こと天竜人においては人間を壊すことなど些事である。
 そうであるのだから。
 天竜人に血を連ねる幼子が不快になることは有り得てはならず、その一族の子供が拒絶することなど起こり得てはならないのである。

「あ、んしん、したあます」

 血の海に、亡骸なきがらひとつ。
 息絶えた肢体に、幼子は自らが迎えるであろう未来の姿を幻視した。
 厭まれて恨まれて怨まれて。一息に終わらせられることもなく、ひたすらに痛めつけられて。

(恐怖と苦痛のなかに殺されるんだろうな)

 現状と未来を思うと吐き気がする。
 身体は震えそうだし、声だって同じくかじかんでしまいそう。先程のようやく絞り出した返事も、よくちょっと詰まっただけですんだものだ。

「もう少ししたらお前も覚えると良いえ」

 銃の扱い方を?
 それとも、人間を奴隷として扱うこと?

 尋ねたいことが幾つもあったにも関わらず、子供はついぞ疑問を口にすることはできなかった。





 人間の血は赤色である。
 だとすれば神様の血は何色だろう。

 俗に貴人の血は青いと言われるが、この世には貴族のさらに上の身分がある。家紋である天翔ける竜に由来して天竜人≠ニ称されることの多い種族・・のことであり、自らを神の末裔と名乗る世界貴族≠フことだ。彼らないし彼女らが、己が血を神のものと主張するのなら、はたして――その血は何色なのだろう。
 血の海を前にして、幼子の思考は現実逃避でしかなかった。
 命がひとつ、絶える瞬間。育ちきっていない、だからこそ柔らかな五感が必要以上に捉える情報は恐ろしい。そして何より、脳内を駆け巡る情報は、許容量を満たしてなおも溢れるほど刺激的である。

「あ、おわった」

 ただし、と注釈を許されるのであれば。
 この場合の「終わった」とは、何事もなければ今後も続くはずであった天命を終えるまでの長い人生のことである。しかしながら薔薇色の未来は諦めなければならないことを、彼女はよわい三にして悟る。

 なぜならば。

 幼子の名はシャルリアであり、
 ロズワードという男を父に持ち、
 つまり彼女の血筋は神の末裔のものであり、――どの時代でもないいつかの、この世界ではないどこかの、空想として楽しまれた物語で、――たいそうな嫌われ者であったものだから。





 正道、あるいは予定調和。
 心を躍らせる物語とは、どの時代においても根底に在るものは不変だ。特筆すべきは、やはり勧善懲悪あたりだろうか。善良な人や善良な行いを奨励し、悪者や悪い行いを懲らしめる。どんな悪もいつかは滅び、最後には善が栄える。理不尽で不平等ばかりの世の中に対し、これほどまでに映える題材は他にない。
 無垢な子供が英雄に憧れるようなものだ。
 悪はすべからく倒されるべきもの。不条理を課す存在というのは、物語が大衆に好まれるものであれば好まれるものであるほど、最終的には倒されるものだと相場が決まっている。
 善道のど真ん中、立ち塞がる理不尽の権化となる者。
 それが、とシャルリアは口を開いた。

「わたしたちだもんねえ」

 細く吐き出した後に、続いて溜息を吐く。
 現在進行形で英雄の障害物であるのが自分たちの存在であるのだから笑えない。

 ハシバミの髪、焦がし焼いた砂糖の色をした瞳。
 日差しの覚えの悪い肌でできた身体は、まだまだ小さいものである。

 幼いシャルリアは自身でも述べたように世界貴族天竜人だ。とある凶暴な海賊を以ってして「無知なる悪より自覚ある悪の己らがマシ(意訳)」と言わしめたほどに、良識を逸した言動を、一切の自覚も罪悪感も持たずにやってのける一族に連なる者だ。

 本来、シャルリアは血族の行いに疑問を持つことはないはずだった。
 であれば批判的な考え方をすることも、当然ないはずのことであった。

 にも関わらず、今のシャルリアと言えば天竜人らしくない思想を抱き、そもそも――子供らしくない思考回路で物事を捉えている。

「やってらんなーい」

 口元を歪ませたシャルリアの中身は、けしてただの幼子ではなく、ただただ普通の世界を生きてきた人間の精神そのものであった。

 ――シャルリアには記憶がある。
 平成なる時代と、令和なる時代の記憶である。
 そのふたつの時代には空白などというものはない。為政者にやや有利に記されつつも歴史の節目は概ね正しく語られている。

 ――シャルリアには記憶がある。
 日本なる国と、その国に生まれ生きた人間の記憶である。
 裕福とは言えなかったが、おそらく貧しくもなかった。普通の家庭に生まれて、普通に愛され育てられて、普通に成長し、普通に生きてきた。平凡で平穏なありきたりな人生である。

 ――シャルリアには記憶がある。
 「ONE PIECE」なる物語と、それに関連する記憶である。
 記憶に在る人生のなかで、その主はたいそう漫画・アニメといった所謂サブカルチャーを好んでいた。否、愛しているといっても過言ではないだろう。時間と金を費やし、原作を貴びつつも二次創作にも心をときめかせては悲鳴を上げていたのだから。

 そんな記憶を持つのがシャルリアである。
 不愉快で不可思議な現状を把握するのにそう時間はかからなかった。

 ――転生
 ――成り代わり

 そりゃあ異世界転生なんてジャンルが流行ったくらいだ。世はまさになろう時代、俺TUEEE展開も俺何かやっちゃいましたか?展開も勘違い展開も曇らせ展開もTS展開も王道中の王道。所謂テンプレというやつで一次創作にも二次創作にも溢れていた設定だ。随分と楽しんだ記憶・・がある。

 とは言え、である。
 自分自身が物語の主人公に成りたいなどと思ったことなど、一度としてない。

 あくまでも物語であるから、空想としてであるから楽しめるもの。ままならない現実の、その理不尽さを紛らわせてくれるような。そんな一夜の夢ひとときみたいな、空想で良かったのに。

 現実は残酷だ。
 優しさの欠片もない。

 望みもしない二度目の生を世界(ONE PIECE)の嫌われ者として与えたのだから。
 考えてもみてほしい。だってあの・・天竜人だ。主人公ルフィ倒さ殴られた悪役(天竜人)は、どうしたってONE PIECEでは悪の象徴、もしくは無知の象徴だったではないか。良い変化を迎えた人物もいるが、基本となる思想は決して変わることはない。原作でも映画でも嫌な奴どころかクソ野郎として描かれていた。
 しかもシャルリアは原作で殴られた天竜人の血縁者なのである。
 自身に与えられた名前、ロズワードという名の父とチャルロスという名の兄、決定打として天竜人の血筋を持つ者に付けられる敬称の「ぐう」を使われれば同性同名だと言い逃れようもない。
 そして、そういうタイプはONE PIECEという物語では最終的に倒される運命にあると決まっている。そして、必ずや暴虐の限りを尽くした報いを受けるのだと、そういうふうな道筋を辿るのだと決まっている。
 つまるところ、シャルリアの未来は破滅であるのだ。
 嗚呼、けれど。もしかしたら慈悲なのかもしれない。

 寒さに凍えることもなく。
 暑さに乾びることもなく。
 飢餓に怯えることもなく。
 搾取を恐れることもなく。

 武器を持たぬ世界の記憶感性を抱え込んだシャルリアが、女で、しかも子供である現状で、今さら劣悪な環境で生き抜くことができるなどとは思わない。
 弱者が弱者として搾取されぬようにという時間制限付きの哀れみ。権力が続く限りの、仮初の安寧。ハリボテの平穏、薄っぺらい平和。たとえ偽物だとしても、墜落するまでは安全な天上生活フライトを保障されている。

 たとえば。地に墜ちるとしたらどんなときだろう。

 たとえば「燃料切れ?」政府から見放された場合。

 たとえば「テロ?」革命が起こった場合。

 たとえば「攻撃?」賊に首を落とされた場合。

 この世界の素地を知っているだけに様々な可能性が思い浮かべられてしまって仕方ない。どれも起こりえてしまいそうだし、なんなら同時に起こったっておかしくない。予測できないのはタイミングだけ。遅かれ早かれ天駆ける竜人は必ず地に堕ちることが決まっている。
 もしもONE PIECEという物語を、もしも胸を高鳴らせた空想を、知らなければ。
 心を擦り減らしながらも聖地での生活を受け入れていたかもしれない。聖地に浸透する常識に染まり、人間を物として扱うことに躊躇いを持たなくなっていくのかもしれない。少なくともまだ権力を失うには時間があり、剥奪されたら剥奪されたときで、この年齢なら「誰も教えてくれなかったもの」で許される。許されてしまう。

「でも」

 シャルリアには、無理だった。
 理不尽も。不条理も。記憶にある世界と比べるのが烏滸がましいほど、この世界には満ち溢れている。
 見ているだけで意識が飛んでしまいそうだ。

 引き裂かれる親子を、恋人を、夫婦を、見た。
 子が親の目前で殺されているのを、見た。
 無理矢理に犯されマワされる女を、見た。
 刺され斬られ撃たれ飢えさせられる男を、見た。
 一枚ずつ鱗を剥がされていく人魚を、見た。
 乗り物にされた魚人を、見た。
 闘技場で戦わされるミンク族を、見た。
 腕を引き千切られる手長族を、見た。
 眼球を抉り出される三つ目族を、見た。

 人間が、人間以下の烙印を押されるのを、見た。

 尊厳を剥ぎ取られて踏みにじられて、それでも生きるしかない者を見て、見て見て、見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て「助けて」見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て「痛いよお」見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て「苦しい」見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て「もう殺してくれ」見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て「やめて」見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て見て、見続けて。
 狂ってしまえれば、良かったのに。
 シャルリアには、無理だった。
 だって。だって、だって。

 耳元で囁くのだ。
 以前の記憶が、

『じゃあお前、逆の立場になったら許せる?』
『ずっと、ずーっと、恨まれて?』
『それでどうなると思う?』

 惨たらしく死ぬしかないじゃない行儀の悪い子はディー≠ノ食われてしまうぞ、と。
 いつか亡骸に幻視した未来を、惜しげもなく突き付けてくる。

 ――死にたくない食われたくない

 痛いのは嫌。気持ち悪いのは嫌。寂しいのは嫌。恨まれるのは嫌。恐れられるのは嫌。苦しいのは嫌。飢えるのは嫌。奪われるのは嫌。犯されるのは嫌。寒いのは嫌。熱いのは嫌。嫌われるのは嫌。死ぬのは、――嫌。
 降って湧いた二度目の生だというのに、なんて生き汚いことか!

「でも、嫌だ」

 惨たらしく殺されてしまうなんて、嫌。自分の預かり知らぬところで生き死にが決められてしまうだなんて冗談じゃない。
 失うなら、いっそ派手に。奪わるなら、いっそ滅茶苦茶に。
 全部。全部、ぜーんぶ巻き込んで。最期の最後まで抵抗して、足掻いて。

「            」

 定められた行末――運命原作にだって逆らってみせる。
 白亜の城の、とある一室。誰に聞かれることもなく、であれば誰に咎められることもなく。たったひとり、シャルリアはそう決めたのだった。



 昨日は銃声で目が覚めた。
 今日は人間の悲鳴で目が覚めた。

 記憶のなかのお姫様像は、同じDでもジャンル違いのDである。眠りから覚めるのは小鳥の囀りであったり、愛する相手の口付けだ。間違っても錆臭く物騒なものではない。
 天竜人がお姫様扱いになるのかどうかは別として(なにせ髪を自称する一族である)、銃声も悲鳴も、情操教育上幼子に聞かせるべきものではないと思う。大事にしたいのであるのなら余計に。
(……痛い)
 シャルリアは瞼を閉じた。縮こまって、耳を塞ぐ。
 とろけるような肌触りの包布にくるまり、朝が来るのを嫌がるみたいにして時間が過ぎるのを待つ。訪れた不完全な静けさ。暗がりのなかでは、否応なしに思考が進んで仕方ない。
(なんで、誰も何も言わないの)
 天竜人だからだ、と原作を知るシャルリアは知っている。
 だけど。だけど、そういうことではないのだ。
 もしも、もしも政府に「世界を正しく導いていこう」という意思が真の意味で正しく在るとすれば。この現状――奴隷しかり天上金然り海軍の護衛然り――を放置したりはしないだろう。
『自分がされて嫌なことは、相手にもしない』
『やったら、やり返される』
 シャルリアの記憶では、生きる上で当たり前として在った前提条件だ。子供だって知っている。
なのに天竜人にはそれがない。
『自分が偉いから何をしても許される』
『逆らわれる理由がわからない』
 選民思想を選民思想と気付いていない。そして本気で、他者から搾取して生きているという自覚がないのだ。
図体ばかりが大きくなった子供のよう、否、子供とは比べ物にならないほど性質が悪い。
この世界に生まれ、何不自由なく生きているというのに、他者と関わらずにいることなど不可能だ。出会いと別れを何度も繰り返すなかで、知る機会など星の数ほどもあるのに。知らなかったでは済まされない状況にあるのに。
疑問を持たないようにされているとしか考えられない。
――特別で在りなさい。
――何も知らずにいなさい。
――与えられるものに疑いを持ってはいけない。
 そういうふうに在れよ、と。
 天竜人の置かれた環境はつまるところそういうことだ。
世界貴族の思考は悪習としか言いようがない。一夕一朝で身に付くものではなく、また独学で身に付くものでもない。間違いなく、そうなった始まりがあるはずだ。
それが何か、今も昔もシャルリアは知らなかったけれど。



 絹の肌に、薄桃の頬。焦がし砂糖の瞳、柔らかなハシバミの髪。
子供ゆえに小さく、加えて同年代の子たちに比べてもずっと小柄な身体。
花の顔(かんばせ)と華奢な体躯。この条件に「日々のお手入れ」「着飾る」が追加されるのである。日を重ねるたびに磨かれる可愛らしさは当然のものだ。麗しく育つシャルリアは、まるで生きるお人形のようだった。
「シャルリアは可愛いえ」
 父と兄は、事あるごとに言う。
 シャルリアもそう思う。だって鏡を見てみろ、ド級の美幼女がいる。
 しかも都合の良いことにシャルリアには記憶(・・)がある。大人が思う子供の可愛い仕草≠熈グッとくるセリフ≠ヘ何通りも思い浮かべられる。何も知らないのだと装うなんて基本装備、その上で愛らしい幼子を演じてみせるのがシャルリアだ。
 ――汚いのは嫌。もっとキレイなのがいい!
 奴隷の扱いは基本変わらない。が、男と女、人間とそれ以外、で差があるのは事実。
男の恰好はみすぼらしいことが常だ。買ったときのまま、あるいは聖地に持ち帰った(・・・・・)ときのまま、破棄されるまで同じ服を着倒すのも珍しくない。まあどこから調達したのか、囚人服に着替えることもあるのだけど。
女はそれなり着飾らせたりもする。美しい容貌のために召し上げられた者であることが多いからだ。が、いつの時代も女の扱いは変わらない。同意のないままに暴かれ、食われた後はほったらかし。後片付けも己でするしかない。
人間以外に分類される種族は所有主の性癖次第。人間相手には幾分か働く理性(ブレーキ)も途端に仕事を放り出す、とだけ言っておこう。
煮るも焼くも、全ては天竜人の気の向くまま。そんな扱いであるのだから、健康状態は、心身ともに極悪の一言に尽きる。
 ――服も流行遅れ! この絵本みたいなのにする。
 宇宙服と着物を足して三で割った服装は正直遠慮したいものだった。ついでにマリーアントワネットの作った流行を和風に歪めた髪型も好みじゃない。だってこんなにもセンスバリ高な服装や奢侈品が溢れる世界でなぜこんな格好を……? というのが本音。
 ――ホント⁈ ありがとうパパ、大好き!
 つまるところ、美幼女特権を駆使して勝ち得たものは少なくないということだ。
 シャルリアは好きにした。精神年齢をおいてけぼりにして駄々を捏ね、我儘を叶えてもらってきた。
(天竜人としては変わってる)
 ときに乗り物にし、ときに鞭で撃ち、ときに理不尽に殴り、ときに心なく犯し、ときに殺す。そのすべてがてんりゅうびとだからこそ許される。
そして同じくして、ときに優しくすることも。天竜人だから許される。
(でも)
 可愛いから。子供だから。
 何も知らない子供だから。純粋で無垢で、優しい子供だから。
(私は許される)
 血筋も幼さも愛らしさも、
力を持たないシャルリアの武器だ。
 好き放題して、我儘に。天竜人らしく、けれどちょっとだけ方向を違わせて振る舞うこと。
(変わり者として可愛がられるのはいいとして、)
 よくある権力使って改変なんてものは不可能だ。
 いや、可能には可能なのだ。奴隷を買って、心と身体を癒してあげてから、元居た故郷に帰してあげる。同じ人間だからと言って優しくして、天上から地に降りて一緒に仲良く暮らす。あとは悪魔の実を手に入れて食べるだとか、鍛えるだとか。結構、それらは確かに美談であり夢である。
 ただし、そんなことが許されるかどうかは別の話だ。
ドンキホーテ家の末路を思い出して見ろ。足並み揃えてワンツーしてる選民思想のなかから一歩踏み出せば、異物とみなされて排斥されるのがオチだ。出る杭は打たれるのだと歴史(と原作)が証明している。
 聖地での鍛錬とかも頭沸いてる。師はどうする? 場所はどうする? よしんば師が見つかったとして、ついでに鍛錬場が確保できたとして、妨害が入るとは思わないのか。
(上(・)は、イムや五老成は、天竜人に愚かで在ってほしいんだ)
 ミョスガルド聖なんか良い例だ。人間に成った天竜人は、地上だけではなく、聖地での安全も保障できないことが証明されている。
(まあその理由は知らないわけだけど)
 記憶のなかの物語は、まだ真相を明かしていなかった。
 続き(未来)を楽しみにしていた、ところでシャルリアのかつては終わった。
 イムの謎も。ポーネグリフの謎も。政府の謎も。悪魔の実の謎も。Dの謎も。古代兵器の謎も。戦士の謎も。空白の歴史の謎も。言語の謎も。聖地の謎も。ラフテルの謎も。世界の謎も、――全部は作者(神様)の御心のままに。
古今シャルリアは天才ではない。良くて秀才、実際にはただの凡人。誰もが唸るような考察はできやしないし、信条でさえ推し図ることもできない。でも、イムだの五老成だのに目を付けられることが悪いことだとだけは理解できる。
 何が正しいのか、誰が正しいのか。知らないし、考えもつかないながら、天竜人の在り方の根底には後ろめたさがある。
こびりついていた罪の意識が形になったものが、

『悪い子はディー≠ノ食べられてしまうぞ』

 という、教えなのだろう。
 一族の子供たちを諭す決まり文句は、きっと天竜人の未来を示唆している。



 つまるところ『死にたくない(食われたくない)』などと決意したところで、幼いシャルリアに出来ることなど高が知れているのだ。
 かの主人公、モンキー・D・ルフィでさえ初登場時は七歳であり、少なくとも身を守る力を身に付けようとしていたところ。現在のシャルリアはその半分をようやく過ぎたところ。しかも弱っちいときた。何を出来るわけでもなし、まあ百歩譲って出来るとすれば愛想を振りまくくらい。
 女は愛嬌、の言葉がかつて知る世界にはあったほどだ。女で子供。ないよりあるほうが断然良いだろう。ということで、シャルリアは今日も今日とて笑みを浮かべては好き勝手に走り回っている。
 これがまた評判が良い。ロズワードやチャルロスは勿論であるが、奴隷としてかわれている人々からの反応が少しばかり柔らかい。無理もない。走り回るとは言ってもシャルリアは銃も鞭も持たなければ、父や兄のように理不尽に怒鳴ったり、無茶な命令をすることもなく、きゃらきゃらと笑っているだけなのだから。
 むしろこれだけで評判が上がることに驚きが隠せない。
 幸福の閾値が下がっていることは、長く虐げられたことの証明である。不良が雨の日に子犬を拾って株が上がるみたいなもの、もしくは犯罪者が善行をしたときに必要以上に持ち上げられるようなもの。最初から善人であることのほうが、よほど善人としての証明であるというのに。摩耗した心は思考力をも削ぎ落とす。
 先は長い、とシャルリアは溜息を吐いた。 

 さて、ここで時系列について考えてみよう。
 初登場時のシャルリアは十五歳、ということは原作の約十二年前。
 冒険家フィッシャー・タイガーによる聖地襲撃は十五年前、つまり奴隷解放から約三年後。であれば、すでにゴルゴン三姉妹は聖地にはいない。もっと遡るのであればドンキホーテ家もいない。海軍と繋がりがあるのは父であるし、シャルリアが外出を強請るのは年齢的にまだ早い。
 時間はあってもあっても困らない。動き出すなら早ければ早いほど良い。理解はしている。が、周囲に怪しまれてしまっては大損だ。

 シャルリアは子供でいなくてはならない。

 無垢で。
 純粋で、可愛くて。
 守ってあげたくなるような。
 でも、とてつもなく変わり者で。
 天竜人として狂っていて、なのに目が離せなくて。

 思わず我儘を聞いてあげたくなるような、この子のお願いなら仕方ないって頷いてあげたくなるような、可愛がらずにはいられない、そんな子供でなくてはいけなかった。



 昨日は小鳥の囀りで目が覚めた。
 今日は蕩けるような歌声で目が覚めた。

 シーツの海から出たくなくて、でも起きたからには支度をしないと叱られてしまう。シャルリアではなく、手伝いをする奴隷たちが、である。
「んー、おはよう!」
 爽やかな覚醒に見合う声を上げれば、同じように挨拶が返ってくる。それも畏まった感じのやつ。それをどうこうしようとは、今はもう思っていない。だってこれがシャルリアたちの在り方だから。
「今日はどうしましょうか?」
 頭を下げ、用件を伺うのはシャルリアに従して長い女性だ。流浪の修道女だった過去を持つ彼女は、旅先で培った才なのか、いつだって心躍るようなコーディネートを提案してくれる。腕の良い彼女に着飾らせてもらうために、シャルリアがまずすることと言えば。
「先にお風呂行ってくる!」
 寝起きの身体を負から零にしてくることだ。
 夜眠って見た夢と昨日の疲れを、猫足のバスタブに満たされた花びらの浮かぶ湯で洗い流して。雲のように軽いバスローブに身を包んで。世話係たちに肌と髪のお手入れをされて。
 化粧台の正面、ひとり。着飾る前の待ち時間。
いつものように、今日を恙なく過ごすためのおまじない。

「可愛い私(シャルリア)、子供な私(シャルリア)」
「聖地(マリージョア)の生んだ永遠の子供」
「素直に我儘(お馬鹿で)、純粋に傲慢(愚かしくて)、無垢に狂気(お可愛らしい)」

 紡ぐのは、戒め。
 間違っても賢くはない自分が、決して勘違いしないように言い聞かせる。
 特別な人間ではないこと。許されるのは天竜人であるからで、個人の力ではないこと。守られているのは子供であるからこそで、個人の行いではないこと。
 道を踏み外さないように、シャルリアは口にするのだった。



汝の隣人を愛せよ、惜しむことなかれ

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宵、泳ぐ鳥