当たり前のように、私なら誘拐していいって思ってんだろ。

「名前、服を買いに行こう」
唐突な言葉だけど、気分を上げるのは容易かった。
樂は可愛らしい年下の男の子だから迷子にならないように気を付けなければならない。そう思っていたのに…
「樂ー!どこー?、」
案の定迷子になった。どうやらかなりの放浪癖があるようで、本当に少し目を離した隙に居なくなっていた。今度からは手を繋ごう。無駄に広いショッピングモールは人一人探すのでさえ困難だ。正直この状況だと私が迷子に見られる。早いとこ迷子センターにでも行くか。
「お嬢ちゃん一人かな?家族はいる?」
明らかに好青年と言う風に話し掛けてくるが、どう見ても不審者だ。気持ち悪い程息が荒く、最高に目が逝っている。あぁどうしようか。しかしこんな人が居るとこで声を掛けてくるなんておかしい。多分ずっとつけられていたのだろう。視線を感じるのは常だから気にしてはいなかったが、こうともなれば非常に面倒臭い。樂のことも心配だし、此奴がもしかしたら何か樂にしたのかもしれない。最初からつけられていたならその可能性はあるし、樂の存在は邪魔であったのだろう。こうなるなら樂のお付きの者でも連れてくるべきだったか。樂が二人で行きたいと言うから、人も沢山いるし安全だろうなんて軽い考えをしていた。なんてこんな風に後悔しても何も変わらない。さて、どうすればいいのか。
「おにいちゃん、私ねトイレ行きたい!」
ここのトイレには比較的人が常に居る。明らかに様子が可笑しいやつが居るんだ。誰かは不審に思ってくれるだろう。まだ十歳このキャラでもいける。あと一年経ったらもう駄目だろうけども。頭の悪い此奴は汚い笑顔で連れてってくれる。誘拐は私が初めてか。阿呆で居てくれてありがとうございます。トイレには珍しく一人しか居らず、選択肢がその女性しかないが仕方ない。
「突然すいません…さっき変な人に声掛けられてトイレに逃げてきたんです。迷子センターまで一緒に行ってもらうことは出来ますか?」
厚かましい願いなのはわかってるけど、此方も緊急事態なんだ。見るところ気の強い正義感の強そうな見た目をしている綺麗な女性だ。きっと助けてくれるだろう。
「なっ!それは本当か?!よし大丈夫だ、旦那と息子も一緒だがそれでもいいか?」
案の定、いや予想以上に正義感の強い…熱い女性だな。巻き込んでしまって申し訳ない云々を伝え何事も無かったかのようにトイレを出た。男はその様子をみて驚いていたが、この女性の息子と旦那も同じ位驚いていた。そりゃまあそうなるよな。女性は二人を丸く収め、私と手を繋ぎながら無事迷子センターへ送り届けてくれた。息子は私と同じくらいだろうか。目元が母似でそれ以外特に髪型が父似というとこか。
「ありがとうございます!」
精一杯の笑顔で告げれば、優しく微笑んでどういたしましてと言ってくれた。この人もいい人だなあ。
丁度その家族が見えなくなった所で、先程の男が現れた。しかし迷子センターに居る今無敵である。それでもそんな私を見て、ニヒルな笑を浮かべた男は私に告げる。
「君の弟君、今くらーい所に閉じ込められてるんだよ?君が僕から逃げるから!」
その言葉は私を動かすには十分であった。自分の行動に、馬鹿だなと呆れているのに。この無駄な正義感は、いつか必ず自分の身を滅ぼすのだろうな。
迷子の泣き声で溢れる室内から一人消えるぐらい気付かれることも無く私は男に近づく。
「…あっ名前!やっと見つけたぞ!」
男の目の前に立った頃、樂の声が背後から聞こえてきた。ばっと後ろを見れば泣きそうな顔の樂が居るのだ。認知した瞬間に私は抱き上げられ男に連れてかれる。まんまと罠にかかったわけだ。この男より阿呆なのかもしれない。私の身体をベタベタ触りながら荒い呼吸で全力疾走する。刹那、先程の女性を見掛けた。パッと目が会った。そんな私を置いてくように駐車場へ向かう此奴の足ほど憎いものはないな。エレベーターの手前で精一杯背中を殴ったら少し身動ぎし、私を放り投げた。背中からぶつかり苦痛が走る。そんな私を見て男は笑い私に近づくのであった。今此奴を止めないと、また…そう思ったら目の奥が熱くなる感覚に襲われた。父の時以来で久しい感覚であった。襲って来た男の血走った目と私の目が合えば、父のように石化していく。
背中の苦痛も気付けば無くなっており、ゆっくりと立ち上がる。ふと周りを見れば、樂と先程の家族が居た。その四人は私を見て驚いている。確かに突然人が石化するのは恐ろしい。それはわかるが、では何故私のことを?疑問に思っていると樂が生唾を飲みながら私に言う。
「…名前、お前メデューサが出てきてるぞ」
メデューサ、その言葉は聞き覚えがあった。醜い怪物の筈だ。それと私になんの関係があるのだ。私がメデューサ?月とすっぽんにも程があるだろう。
「戻った…」
戻った?もうメデューサは出てきてないと?ああ、わからない事ばかりだ。後で詳しく聞くとしよう。
そしてこの家族、主に色々見てしまっている。この石化したやつはどうすれば良いのだろう。どうにかして元に戻さないと、私が殺したみたいじゃないか。否、別に死んではいないんだが。こういう時どうすれば石化が解けるのだろうか。んー、解!とかやってみれば…なんてやっていたら本当に解けた。
戻った男は私を見て怯え、足早に逃げていった。

メデューサかぁ、もっと可愛いやつが良かったなあ。
こんな呑気に考えてる場合じゃないけど
呑気にしないと、自分を保つ自信すらないの。