青春のよろこび

*小説版ネタ





久しぶりにまともな休みだった。この頃遠方での任務続きで疲れ切っていたから昼過ぎまで寝るつもりでいた。ところが突然の着信でそれは叶わないこととなる。

「……はい」
「聖那、起きた〜?今から新宿きてよ」
「なんで」
「デートしよ、デート」
「やだ。その辺のこ引っかけなよ」

私は寝る。
そう言って電話を切るとまたすぐにかかってきた。

「寝るって言った」
「ごめんごめん、ちょっと手伝ってよ。恵たち1年生用に呪いの場提供したいんだ」
「……行きたいカフェあるんだけど」
「奢る奢る。じゃ、決まりだね」

後でね〜、なんて軽い調子で電話は切れた。相変わらず生徒の名前を出せば言うこと聞くと思ってるな、あいつ。いや、聞くけど。聞いちゃうけど。特に子どもの頃から知ってる恵。生徒も後輩も、年下の子はみんなかわいい。

電車に乗ると五条あてに乗り換え案内のスクショと一緒に目を付けていたカフェバーのリンクを送る。このお店のターキーを使ったアメリカンクラブハウスサンドがずっと食べてみたかったのだ。写真で見たところ一人で食べるには少し量が多そうだったから、今度恵をつき合わせようと思ってたけどちょうどよかった。ネットニュースに目を通していると五条からどこかのウェブサイトのリンクが送られてきた。

「げ、ホラーサイトじゃん」

呪霊の発生源は人間の恐怖心などの負の感情からだ。こういったホラーサイトも要因のひとつとなる。電話で言ってた"呪いの場の提供"とはつまり、このホラーサイトの怪談を見立てて呪霊を呼び込むんだろう。

*****

「遅い」
「メンゴメンゴ」

カフェバーの最寄り駅で待つこと約10分。五条の方が家近いのに性懲りもなく遅刻してきた。いい加減待ちくたびれていたところに現れた五条に向かってティムくんが腕の中を飛び出して行く。昔はあんなにシャイだったティムくんも、私の成長と共に随分と攻撃的になったものだ。だいたいこの怒りの矛先は五条の元なんだけど。
カフェバーへ着くと目的のアメリカンクラブサンドとコーヒーを頼む。五条はフルーツパフェとチョコレートケーキを頼んでいた。相変わらず見ていてこちらが胸焼けするような糖分の取り方だ。私も甘いものは嫌いではないから少し分けてもらうつもりでいるけど、朝からこんなにはいらない。
ざっくりと今日の行き先を聞いていると食事が届けられた。お目当てのサンドイッチはやっぱり一人で食べるには量が多い。手前に寄せて写真を撮る。後で七海に送ろ。食べようかとおしぼりで手を拭いていると、不意に五条は立ち上がって店員さんに"虫がついてる"なんて大きく手を振った。店員さんの肩に蝿頭がいたらしく、呆気なくいなくなっていた。

「あの、屋内にお席のご移動されますか?」
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

嫌な顔でもしていたのか、店員さんが声をかけてくれた。せっかくの申し出だけど断らせてもらおう。中は中で人の出入りが多いから蝿頭を背負った人間はいくらでもくるだろう。今みたいに五条が格好つけて慈善活動するのであれば開けたテラス席より気が散る。
それにしてもなんでさっきの蝿頭祓ったんだろ。あれくらいなら今すぐ害があるようなものでもないし、人混みにいけば同等のものに憑かれた人間なんてわんさかいるのに。

「さっきのお姉さんタイプだったの?」
「あれれ〜?聖那ちゃん嫉妬ー?さっきのお姉さんにヤキモチ〜??」
「は?寝言は寝て言え」

肩パンすれば当たってもいないのに大げさに痛がって謝ってくる。そういうの、ほんとウザい。

*****

「あ、聖那まって。これやろーよ」

呪霊を呼ぶ環境を見立てる下準備という前提で今日はつき合っていたのに、ゲーセンやらクレープやら何かと寄り道が多い。

「今度はなに?キノコのガチャガチャ?え、いる?それいるの??しかもそれ500円もすんじゃん」
「これ伊地知っぽくない?僕はこれを当てて伊地知にやるんだ」
「いや、伊地知そんなん絶対欲しがらないでしょ」
「あ、100円足りないや。1枚ちょーだい」

今日は1日悟を財布扱いしてるから100円くらいあげても全然気にならないけど、目的が目的なので渋々渡す。嬉々として回したカプセルの中味は、残念ながら目的のキノコとは違ってラインナップ唯一の毒キノコだった。

「毒キノコじゃん。悟クンにぴったりだね〜」
「うるさいなー。聖那にあげよっか?」
「いらない」

伊地知にあーげよ、なんて言いながらポケットに突っ込んだ。結局伊地知なんじゃん。

目的のビルにつくと真空管アンプとレコードを配置してさっさと立ち去ったかと思うと、今度は隣のビルの階段を登ってく。

「まって、もう終わりだよね?」
「最後にパンケーキ食べよ」
「パンケーキ?」

指さす看板の先にパンケーキの宣伝ポスターが貼られていた。「さ、いくよー」なんて声を弾ませる五条に連れてかれたところはメイド喫茶だった。"天国を味わってもらう"というのがお店のコンセプトにあるらしく、天使の輪と羽をつけられた。こっち向いてー、と悟に声をかけられるとスマホを向けられたから反射的にポーズをとった。我に返るとカシャカシャと続けて何枚か写真を撮られた後だった。

「聖那ちゃんリアル天使じゃん。学長に送ろ〜」
「やめて!普通にポーズとっちゃったじゃん!」

目的はあったものの、鬱々とした任務ではなくぶらぶら町中を歩き回ることがなんとなく学生の頃を思い出してスマホを向けられるとついポーズをとっていた。学生の時はなんでもかんでも写真を撮って撮られて些細なことで笑い転げていたのが懐かしい。

こういったコンセプトカフェのメニューなんてだいたい大味でパンケーキの味にも期待は全然してなかったけど、"本場フランス仕込み"なんて大層な謳い文句を掲げていただけあっておいしかった。

「てかさっきからあのこたち同じとこで見かけるけど何してんだろ?」
「僕たちがデートしてると思ってつけてきてんじゃないの」
「は??」

五条がゲーセンでお菓子のUFOキャッチャーで惨敗したあとくらいから、恵と悠仁の二人がちょろちょろ後ろをついてきてるのは知っていたけど、五条も中味は中高校生と変わんないから、てっきりふたりとも普通に遊んでると思っていた。さすがに恵がメイドカフェに入ってきたからびっくりしたんだけど。
普段五条とでかけてもナンパとか何かしら絡まれた時くらいしかちょっかいかけてこないのに、道理で今日は人混みに紛れる度にベタベタ絡んでくると思った。ふたりの、というより悠仁の反応を見て楽しんでいたらしい。恵が五条にだる絡みされる私を見たところで今さらいい反応示すとは思えない。

「さっき野薔薇も見かけたよね。聖那最後にひと仕事お願い。隣のビルの中ジャンジャカ動かしてよ」
「私歌うポルターガイストじゃないけど」

ホラーサイトのタイトルを思い出しながら悟に言うと「似たようなもんじゃん」なんて答えが返ってくる。私の術式は付喪操術って言うんですけどね?!

「しかも距離近いし」
「活きのいい呪霊呼んでよ。いい練習になるでしょ」
「ていうか、もともと私に呪霊を刺激させるつもりだったな?」
「あ、バレた?」

でも聖那とデートしたかったのは本当だよ、なんて白々しいセリフは無視してレコードを流して真空管アンプを動かす作業に移った。五条への苛立ちがいい感じで呪力に変換されたおかげで、最初の想定よりも強い呪霊になったかもしれない。ごめんね、1年生のみんな。

(20210202)

title by さよならの惑星「craft」


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