やさしい世界にいきたい

"聖那今日休みでしょ?"
"13:30に原宿集合ね"

玄関を出る前に電車の時間を調べようとスマホを開いたら五条からそんなメッセージがきていた。休みの日はよほど疲れていなければ、決まって午前中に津美紀のお見舞いに行ってるからそれを踏まえての集合時間だろう。"OK"と一言だけ返して電車の時間を調べた。
今日は平日だし何か課外授業の手伝いでもさせるつもりなんだろう。去年仲良くなった2年生たちはみんな優秀だから私が要るとは思えない。特級の呪霊がたくさんいるならまだしも1、2体くらいなら五条がいれば十分事足りる。子どもたちが対処している間に帳の外で暇つぶしの相手をさせられるんだ、きっと。夜はしっかりごはん奢らせよう。


*****


「なんか飲み物でも買おっかな」

13:30に集合って言っても五条は時間通りに来たためしがない。だから二人で待ち合わせをするときはわざと10分ほど遅くずらして到着するようにしている。だって遅れてくる相手を黙って待つなんてバカバカしい。それでも待たされることもあるのだから五条のだらしなさがよく現れている。
五条以外に誰かいるのが分かっているなら相手に合わせて時間通りに行くけれど、先ほどパンダに連絡したら東京にいない旨が返ってきた。他の2年生たちに順番にメッセージを送ってもいいけど、別の任務中とかだと迷惑になるからやめた。誰が来るか分からないけれど、五条ではない誰かを待たすのは忍びない。まー、五条とふたりぽっちの可能性もゼロじゃないんだけど。約束の13:30にはまだ少し早いから気になってたお店のリストを呼び出すためにマップアプリを開いた。時間に間に合う駅近のお店を探す。

「ちょっといいですかー」

不意に声をかけられて、つい顔を上げるとにこやかな顔をしたビジネスマンがこちらを覗き込んできていた。……道案内と思った私がバカだった。

「自分こういう者ですけど、お姉さんモデルの仕事とか興味ない?」

めんどくさい…。こういうスカウトとかキャッチの類ってほんと嫌い。だってめげないもんな。しつこく絡んでくるもんな。私じゃなくてももっと若くてかわいい子その辺にいっぱいいるのに、なんで私に声かけるの。ほんとそういうのダルい。
うっかり目を合わせてしまったから「急いでるんで…」と一言だけ発してその場を離れる。……いや、離れようとしたんだけど、ぐるりと回り込んできて「話だけでもぉ〜」なんて言いながら行く手を阻んでくる。あーもーほんとめんどくさいな…。いい感じで五条来ないかな??そして私の盾になって。
なんて思ってたら近かった顔が勢いよく遠ざかった。どうやら高校生くらいの女の子が男性の肩を掴んで引っ張ったらしい。これ幸いとばかりに少し距離を置く。若い女の子だし、連れ去りとかあると心配だから目に見える距離を保って様子を伺う。
スカウトマンは女の子の勢いにタジタジで、建物や車に連れ込んだりとかはなさそうだ。てかよく見たらあれってうちの制服?ちょっと距離があるからなんとも言えないけどボタンは高専のやつっぽい。それに制服の着方というか改造の仕方が独特だ。まーこの辺りじゃそういうコスプレみたいな可能性もあるかもしれないけど。この子が遅れてた新入生かな?あいにく恵以外の1年生の情報を得ていないので確証が持てない。最近なにかと忙しくて一応一般教養受け持ってるのに授業らしい授業は新学期になってから2、3回しかしてない。どうしたもんかと思っていると聞き慣れた声が誰かを呼ぶ声がした。ちらっと視線を送れば五条と恵と、それから知らない男の子が一緒にいるのが見えた。あれ、2年生が一人もいない。みんな出払ってんのかな。
女の子の方も五条たちに気づいたようで、男性に絡んでいた手を止めて黒尽くめ集団に近づいていく。やっぱ新入生かな。せっかく助けてもらったし飲み物奢ったげよう。目星を付けたタピオカのお店に寄ってスタンダードなドリンクをLサイズで4つ頼んだ。持ちきれない分はカバンに入れて黒尽くめ集団に近づく。

「あ、きたきた。聖那さっき絡まれてたね〜」
「うそ、あんた見てたの?ティムくんパンチ」

カバンの中からティムくんが飛び出して五条めがけてパンチをする。当然五条には届かないんだけど、「聖那ちゃんここ町中だからね??」なんて言いながらティムくんの胴体を掴んで離さない。

「聖那ちゃんってキモいから言わないで!」

腹が立つから向こうずねを蹴っ飛ばしてやった。「痛っ!」って大げさに喚いているけれどほんとだろうか。当たった感じはしなかった。恵もシラけた目を向けている。

恵はともかく、よく知らない子どもたちの前でしょうもないケンカをしたのが恥ずかしい。あたしたちのことをよく知る恵を盾に知らない子たちの様子を伺う。男の子は不思議そうにこっちを見てるし、女の子は値踏みするような視線を送ってくる。めちゃくちゃ気まずい。
ちょっと見ない間に恵は背が伸びたらしい。高校生の成長って早いなー。おかげでいい感じに隠れられる 。恥ずかしさも相俟って現実逃避していると、「なんで後ろに隠れるんすか」なんて恵に容赦なく前へ引っ張り出された。

「えーっと……こんにちは」
「俺、虎杖悠仁。お姉さんは…先輩、ですか?」

ニカッとお日さまみたいな笑顔で言われた。これは同年代と思われてる……?

「えーっと、聖那デス。私も卒業生だから先輩っちゃ先輩だけど……たぶん、一回りくらい離れてマス」
「エッ!!?」
「どっからどー見てももっと年上でしょ」

改めて上から下に視線を動かした女の子は「確かに大学生くらいに見えなくもないけど」と続けた。嬉しいんだか悲しいんだかよく分からない。やり場のない気持ちを後ろで涙を流しながら爆笑する五条の腰めがけて蹴ることで収めることにした。残念ながら手で掴まれて当たることはなかった。

「そんじゃ改めて、聖那も自己紹介しよっか」

私の真後ろに立った五条は両肩に手を添えながら二人の新入生の前に押し出す。お前は私の保護者か。

「聖那は1級術士だよー。あと普通の授業もやってる。忙しくてあんまり会うことないかもだけど、見かけたら声かけてやってね。いつまで経ってもくまのティムが大好きな寂しがり屋さんだから」
「またそういう変な紹介する」

私の意図を汲んでティムくんが五条の顔めがけて飛び蹴りをする。やっぱり当たらないので大人しくティムくんを捕まえて抱きしめる。

「この子がティムくんだよ。呪骸なの」

ティムくんの手をとって手を振る。男の子の方は面白そうに見てくれるけど、女の子の方はシラけた顔をしている。……き、傷つく……。

「今日から合流の野薔薇とこないだ入学した悠仁だよ」

高校生が親元を離れて寮生活なんて寂しいと思う。私にはティムくんもマサくんもいたし、何かと周りに恵まれていたから一時期を除いてホームシックにはならなかったけど、この子たちは平気なんだろうか。

「あ、そうだ。野薔薇ちゃんさっき助けてくれたお礼。タピオカ平気?」

ストローが刺さったカップはちょっと汗をかいているけれど、買ってから大して時間は経ってないから氷はそこまで溶けきってないし味に影響はなさそうだ。野薔薇ちゃんはキラッと目を輝かせてお礼を言いながら受けとってくれた。うん、かわいい。女の子はこうでなくっちゃ。

「あ、二人の分もあるよ」

カバンの中からティムくんが二つカップを手渡してくれたのにお礼を言って、男の子二人にも手渡す。この二人のお礼の言い方も対照的で、悠仁くんとやらは見るからに陽キャのにおいがする。恵はこの二人とうまくやれるんだろうか。

「あれ、僕の分は?」
「なんで自分の分があると思うの?」

ベッと舌を突き出して恵の隣に回った。五条は特にしつこく絡んで来ることなく二人の新入生とやれ観光だとか何だとかはしゃいでいる。

「二人と仲良くできそう?」
「…別に、ふつー」
「そっか」

恵からはそんな答えが返ってきたけど、ツンツンしてた中学生の頃に比べるとうんと前向きな答えに聞こえた。手を伸ばして頭をかき回すと煩わしそうに「やめてください」って言われた。なんで敬語なの。お姉ちゃん寂しい。

(20210212)

title by icca「君の姿はいつでも朧」


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