誰も知らないオーヴァチュア

こどもの頃、体があまり丈夫じゃなかった。小児喘息を持っていて、空気が悪かったり乾燥していたりすると咳が止まらなかったし、夜中に発作が出て眠れないこともよくあった。季節の変わり目は決まって風邪をひくし、体の調子がいいからと行った遠足や運動会の次の日ははしゃいだ反動か決まって熱を出していた。おまけに体調が悪いと食も進まなかったから発育も悪かった。
反対にふたつ上の兄である圭介は体も大きくて風邪なんかもほとんど引いたことないくらい丈夫だった。近所の男の子たちとしょっちゅうケンカして、すり傷や青アザを作ってばかりいたけど、大きな怪我をすることは滅多になかった。たとえ骨折してても元気に遊び回れるような子どもだった。圭介は体の丈夫さと反比例するように頭のよさがちっとも足りなかったから「つむぎの丈夫さを全部とった代わりに頭のよさをお腹に全部置いてきたんだわ」なんてお母さんはよく言っていた。
わたしたちふたりは正反対の特性をもった兄妹だった。保育園をよく休むわたしには一緒に遊んでくれる友だちがほんとんどいなくて、圭介が1番の遊び友だちだった。小柄な妹相手に力加減が下手くそで泣かされることもよくあった。でも、圭介にわざと暴力を振られることは絶対になかった。
わたしは圭介が普通に好きだったし、うんと小さい頃を除いて直接確かめたことはなかったけれど、圭介もわたしのことが好きだったはずだ。圭介、わたし、お母さん。3人っぽちの家族がそれぞれみんなを大好きだったのだ。たとえ会えなくなっても、ずっとふたりのことが大好きだ。

「つむぎも圭介と一緒に空手、やってみる?」
「からて?」
「そう、空手。先生がね、体鍛えたらその分病気もしにくい強い体になれるって言ってたんだよ」

ある病院の帰り道、お母さんに抱っこされながら言われた言葉をくり返した。いつもは点滴を打ってもらったらすぐ元気になるけれど、その日は微熱があって頭がぼんやりうまく働かなかったのをなんとなく覚えている。ある程度大きくなるとちょっとしたことで風邪をひくことはなくなったけれど、当時はしょっちゅう微熱や本格的な風邪をひいて病院に連れられていた。
圭介が5才の頃、保育園や外遊びでも発散しきれないエネルギーをぶつけるために見つけてきたのが空手だった。道場に通い出してから遊んでくれること減っていてさみしかったし、なによりお母さんの言う体の弱い自分が強くなれるという言葉が魅力的だった。

「つむぎもつよくなれる?」
「つむぎは頑張り屋さんだからなれるよ」
「ん、つむぎもやる」
「風邪がよくなったら、一緒に行ってみよっか」
「うん」

病気がちな体を鍛えるという名目ではじめた空手で、わたしは運命的な出会いをした。生涯、ずっと一緒に居続ける──…そんな運命的な出会い。

(20210603)

title by toad


High Five!