お姫さまになりたい

道場に通いはじめるとお医者さんの目論み通りわたしの体力は少しずつ向上していき、熱を出す回数も段々と減っていった。道場へは風邪で休むときを除いて、お兄ちゃん風を吹かせる圭介に手を繋いでもらって通っていた。
道場に通う同じ年代の子どもたちはいくつか年上の男の子ばかりだった。時々子どもらしいちょっかいをかけられて泣いたり、思うように体を動かせなくて泣くこともあった。でも、あまり外遊びの経験がなく、遊び友だちのいなかったわたしにとって道場は泣くことなんかちっとも気にならないくらい大好きな場所になった。その理由はきっと他の子と一緒になって意地悪したかと思えば、なんだかんだ優しい圭介と万次郎がいたこと、それからあの頃誰よりも大好きだった真一郎くんがいたことが大きいと思う。
万次郎には何をするにもよくヘタだと言われてたけど、真一郎くんは反対にわたしを見かける度に「つむぎもうまくなったな」って褒めてくれた。だいたいいつも他の子たちがまだ練習してる最中、ひとり体力が追いつかなくて隅っこでふて腐れてるときに、内緒話するみたいにこっそり頭をなでてくれるのだ。それがこしょばくて、うれしくて。誰よりやさしい真一郎くんは、間違いなくわたしの初恋だった。

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半年ほど経ってすっかり体の使い方を覚えた頃、真一郎くんと万次郎の妹であるエマと会った。練習にあまり参加しない万次郎はたまにみんなの練習が終わりかけの頃に「つむぎ、見とけよ」ってわたしにひと声かけてから大技を決めるのだ。繰り出す大技は同じ幼児クラスの誰もできないものばかりで、その姿は子ども心にかっこいいと思っていた。ある日、万次郎の大技をこっそり見ている女の子がエマだった。

「ところでずっといるあの子 誰?」
「エマ。妹」
「え?」
「まんじろーの妹?」

今まで1度も会ったことのなかった佐野家の女の子の存在にわたしも圭介も頭をこてんと傾けた。エマがなぜ佐野家にやってきたかを万次郎から聞いたものの、複雑な家庭環境は幼いわたしには理解しきれなくて、赤ちゃんがどこから来るのか知るまでは佐野家にはお母さんがふたりいたのだと思っていた。まあ、それもあながち間違いではないのだけれど。ともかく、わたしが生まれたときから家にはお父さんがいなかったから、家族の形が違うのは当たり前だと幼いながらもなんとなく分かっていた。お父さんがいなかったり、お母さんがふたりいたり、そんなのは一人っ子や兄弟がいることとなんら変わりなかった。

エマの名前を聞いたとき、圭介はよくわからないことを言ってマイキーとふたりケラケラ笑い転げていた。そんな様子をエマは怒るか呆れるかしていたけれど、わたしはエマが羨ましかった。

「エマっていいなあ、プリンセスのおなまえみたい」

憧れを込めて言った言葉にエマはきょとんとしていたと思う。

「じゃあオレ、エドワードの"エド"」
「オレ、マイケルの"マイキー"」
「つむぎはベルだよ。つむぎもプリンセスのおなまえがいい!」

ふざけて英名を名乗り合う兄ふたりにあわせてそうは言ったものの、誰も"ベル"とは呼んでくれなくてわたしは"つむぎ"のままだった。しばらくして「オレのことは"マイキー"って呼んで」と万次郎が言ったときから、わたしは"ベル"と呼ばれるようになった。そしてエマはわたしにとって1番の親友になった。

(20210718)
(20210918)


High Five!