夢の終わりに君とキスを

圭介の部屋に気まぐれに遊びにきていたねこちゃんみたいに、万次郎は時々ふらっと家にやってくる。ご飯や甘いものを一緒に食べて、なんでもないことを話して、夜は一緒に眠るようになった。お母さんが赤ちゃんを愛でるように顔や体を撫ぜて、おでこやほっぺたにおまじないみたいに触れるだけのキスをして、隙間を埋めるようにぴったりくっついて、子どもの頃一緒にお昼寝したみたいに手を繋いで眠る。家族を亡くしたひとりぼっち同士で過ごしてお互いの寂しさを埋め合った。
わたしに会う時は"無敵のマイキー"じゃなくて"ただのマイキー"に成りにきてると気づいてから、マイキーじゃなくて万次郎と呼ぶことにした。万次郎は呼び方を変えても特に何も言わなくて、同じようにわたしはベルじゃなくてつむぎになった。圭介と3人で遊んでた時みたいに。
師範がいなくなって佐野道場は畳んでしまったけど、お家はそのまま残っている。なのに普段はどこにいるのか、万次郎は全然帰っていないらしかった。きっと最初の立ち上げメンバーが半分になってしまった、すっかり新しい東卍の誰かと過ごしているのだ。

高校生活に慣れてくるとカフェが併設されてるケーキ屋さんでアルバイトをはじめた。お母さんがいなくなってすぐは生活費のためにたくさんバイトをする必要があると思っていたけど、その生活費は万次郎が肩代わりしてくれたから土日だけの時間潰しのようなアルバイト。万次郎のお金はなんとなくよくないもの・・・・・・だと知っているけれど、それを取り繕う必要のある相手なんて誰もいないから知らないふりをして甘えている。学校へ行って、バイトして、なんとなく毎日を過ごす。
バイト先へは1-2ヵ月に一度くらいのペースでミツヤくんがケーキを買いにきてくれる。ルナが好きなショートケーキ、マナの好きなチョコレートケーキ、お母さん用にモンブランか季節のタルト、それからミツヤくんにはわたしが選ぶおすすめのケーキ。それは何度か繰り返すうちに決まったパターンだった。
他にも東卍のメンバーらしきちょっとイカついめの人が来るから、登下校も含めてこっそり見守られているんだと察した。悪く言うと監視だ。でも知らないふりを続けている。もともとの知り合いであるミツヤくん以外を個人として認識してしまうとよくない気がするから。───きっと、普通の女の子でいられなくなる。

中学の頃と違って、高校では何人か放課後に遊ぶ友だちができた。わたしは髪こそ染めたことはないけれど、オシャレが好きだからメイクだって凝った髪型だってする。万次郎と再会してちゃんとしようと思った。エマとふたりでメイクやファッションの研究をしてた時みたいに。標準服はあるけれど私服校だから服の好みや個性が出てしまって、似た服装をする子と自然と仲良くなった。どちらかというとギャルっぽい、明るい女の子たち。だけど、エマと一緒にいた時ほど楽しくなかった。誰といてもぽっかり空いた穴は埋まらなかった。ただ一人、寂しさを共有する万次郎を除いて。わたしたちはお互いがいるけど、どこかひとりぼっちだ。

高校の3年間はあっという間だった。
遊び友だちを亡くして勉強ばかりだった中学の時に比べて、他の人と同じように学生らしく過ごしてたからかもしれない。進学先は奨学金の出る看護学校に決まった。万次郎が大怪我をするとこを見たことないけれど、いつ何があるわからない。それに大好きなお母さんと同じ仕事をしたいと思ったから。万次郎はわたしがどんな道を選ぼうと気にする素振りは見せなかった。

18才の誕生日の日、学校をサボってデートをした。
動物園にショッピング、気になってたカフェ、夜はバイクで海へ連れていってもらった。砂浜に横並びに座ってお喋りする。晴れていたから星が綺麗に見えて、波の音は子守唄みたいに心地よかった。

「ずっとこうしていられたらいいのに」

万次郎に体重をすっかり預けて小さく呟く。残念ながら万次郎からの返事はなかった。一緒にいる時はそうであっても、わたしの傍で毎日"ただの万次郎"ではいてくれないらしい。しばらくして「帰るか」って、わたしの手を引いて立ち上がった。
その日の夜も一緒に眠ったけど、いつもと違った。
幼なじみや兄妹のお昼寝じゃなくて、恋人とかのそれ。
わたしたち、つき合ってるってことなのかな?「好き」とか「つき合って」って言われたことはない。でも、いつかの「ずっと傍にいろよ」ってあの口約束が、恋人のはじまりだったのかもしれない。
万次郎と今までにないくらいくっついて、痛かったり、うれしかったり、苦しかったり、ドキドキしたり。色んな感情がぐるぐる回って胸がギュッとなった。
なにより穏やかで、しあわせな気持ちだった。万次郎もそう思ってたらいいな。

(20210923)

title being 箱庭「ワンダーランドで愛を叫ぶ」


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