黒いリボンを結んだ日

中3の夏、師範が亡くなった。あんなに元気だったのに、交通事故だった。マイキーはちっとも泣かないまま師範を見送った。まだ高校生なのに、マイキーは家族をみんな亡くしてしまった。
それから間もなくして、マイキーと全然連絡がつかなくなった。
置いてかないで、ってお願いした時に「傍にいろ」って言ってくれたのに、マイキーはわたしを置いていってしまった。なんとなくそんな予感はしてた。マイキーは誰より先を行く人だから。この頃、東卍の悪い噂を聞くようになったから、それも関係あるかもしれない。昔からよく知るミツヤくんとはルナとマナを交えて時々会っていたけど、会う度に他の東卍の人を見かけても関わるなって耳にタコができるくらい言われる。同じ団地だからか、圭介がいなくなって東卍を辞めたからか、千冬くんもすごく気にかけてくれている。わたしとはちっとも仲良くなかったのに、圭介との約束を守ってる。千冬くんは時代劇なんかに出てくる武士みたいだ。

夏が終わっていよいよ本格的に志望校を決める必要が出てきた。ミツヤくんも千冬くんも学区内で柄が悪いとか不良が多いって有名な高校だから、絶対にやめるように言われている。わたしだって、もう不良はこりごりだ。ミツヤくんも千冬くんもいい子だって知ってるけど、知らない人たちは怖い。
小学生の時はケーキ屋さんとかお菓子屋さんになりたかった。マイキーが甘いものが好きだから、気を引きたくてお母さんと一緒にシンプルな型抜きクッキーを焼いてみたのがはじまりだった。それが習慣みたいになって、普通のお料理の腕はお母さんに敵わないけど、お菓子作りは得意になった。たい焼きやどら焼きがすきだから、あんこだって作れるようになった。だけど、本当に作ってあげたい人は近くいない。
わたしは大人になったら何になりたいんだろう。何をして生きていきたいんだろう。
悩んだ末、学区内で一番の進学校を目指すことにした。高校を卒業してそのまま就職するのか、進学するのか。どちらにしても頭のいい学校なら選択肢は広がると思った。中1の後半はほとんど学校に行けてなかったけど、1年生の時の内申点よりも2、3年生の内申点を主にみるらしいし、内申点よりも入試の点数を優先されるらしい。一緒に遊ぶ友だちもほとんどいないから、勉強ばかりしているわたしならなんとでもなると思った。

そうやって学区内で一番の進学校への進学が決まって卒業式も終わり、もう入学式まであと数日になった頃、とうとうお母さんまでわたしを置いてった。
勤め先の病院で仕事中に倒れてしまったそうだ。心労と過労が原因なんだって。わたしと一緒にいる時は元気で、優しくて、子どもの時から変わらない大好きなお母さんだったから、ちっとも気づかなかった。お母さんの葬儀のあれこれはお母さんの職場の人と、葬儀場の人が気にかけてくれた。高校の進学は決まってたけど、お金のことはさっぱりだった。お母さん側のおじいちゃんおばあちゃんはふたりとも亡くなっていて、頼れる親戚は誰もいない。
わたし、学校行けないのかな?これからどうしたらいいんだろう?
何をしていいのかさっぱりわからないわたしに、お母さんの仕事場の人はたくさん気にかけてくれた。教えられるまま高校と区役所に今後のことを相談すると奨学金の受給の勧めがあった。それから遺族年金の申請、お母さんが入っていた保険の申請。家賃はこのあたりから出すとして、少なくとも高校を卒業するくらいまではなんとか保つらしかった。きっと大学進学は難しいから、卒業したら就職することになりそうだ。
圭介の時はお母さんが全部済ましてしまったあれこれを、自分一人でやらないといけなかったから泣いてる暇なんてなかった。忙しいと気が紛れてちょうどよかった。

ゴールデンウィークに入るとやっと一段落した。連休が明けたら学校に行こう。もう入学してから1ヵ月経つからなんとなく友だちグループができあがってるだろう。高校でもまた、わたしはほとんど一人で過ごすことになりそうだ。学校に連絡を入れると、担任だという先生にしきりに心配された。心配してくれるのは申し訳ない、気にかけてくれるのはありがたい。でも、腫れ物のような扱いはもうたくさんだ。
学校に慣れたらバイトも探さなきゃ。きっとお墓参りに来ることも減ってしまうから、ひとつの区切りとしてお墓参りにいった。お母さんと圭介にこれからがんばるって決意表明をしに。
その帰りに霊園の入口でただずむ人がいた。逆光になっていて、顔はよくわからなかった。だけど、誰だかすぐわかった。見間違えようがない。ずっと会いたかった大切なひと。

「迎えにきた」
「……マイキー、」
「遅くなってごめん」

走っていって抱きつくと緩く抱き返してくれた。前より背は伸びた気がするのに、ちょっと痩せたみたいだ。顔色もあんまりよくない。わたしといっしょ───悲しくて、寂しくて、苦しんでるんだ。

「……わたし、ひとりぼっちになっちゃった」
「ひとりじゃない。俺がいる──」
「…ぅんっ……」

久しぶりに会ったマイキーは首のところにドラゴンのタトゥーが入っていた。

(20210923)

title by サンタナインの街角で


High Five!