アヒルのおもちゃ

「ベルにこれやるよ」
「え?なにこれ?」

あひる…?
帰るために佐野家の玄関で靴ひもを結び直していたわたしの腕を取って、マイキーが手のひらに握り混ませてきたのはアヒルのおもちゃだった。ドラマやアニメなんかで子どものお風呂のお供に出てくるようなアヒルのおもちゃ。お腹を押すと空気が抜けて「プピ〜〜」ってちょっと間抜けな音がする。

「えっと、このこどうしたの?」
「ん?お子様ランチでもらった!ベルこーゆーの好きだろ?」

う、う〜ん……確かに、かわいい。かわいいんだけど、どこからどう見ても子どものおもちゃだ。今でもぬいぐるみとか好きだけど、マイキーは未だにわたしはこういうアヒルのおもちゃやぬいぐるみで、エマと一緒におままごとでもすると思ってるのかな。それとも動物のガチャガチャをいっぱい並べてる圭介と勘違いしてる…?
自身満々にいうことにマイキーになんて返すか考えてると、伺うように顔を覗き込んできた。

「すきじゃねえ?」
「ううん、すきっ」

マイキーのくりっとした目と合って、ついつい反射的に答えていた。ちょっと食い気味に言っちゃったし、見上げた顔は鼻先がぶつかりそうなくらい近くにあって気恥ずかしい。顔が、あつい。

「ありがと、マイキー」
「ん」

マイキーは満足そうに頷いて、「行くか」ってつぶやいた。手を引っ張ってもらって立ち上がる。それからエマにバイバイした。
玄関で立たせてもらってから、手はゆるく繋がれたままだった。マイキーは気まぐれなところがあるからこうやって手を繋ぐのは、子どものままの気持ちなのか、恋人みたいに思ってくれてるのかまではわからない。でもエマとはマイキーから手を繋ぐことはないって聞くから、特別に思ってくれてるんだとおもう。
暑くってじんわり手汗をかいてきてるけど、マイキーは気持ち悪くないのかな。わたしの話に相づちを打つばっかりであんまり喋らないマイキーを盗み見る。……つもりがマイキーはこっちを見ていたからばっちり目が合った。さっきまでわたしの話に微笑って聞いてくれていたのに表情をなくしている。

「どうしたの?顔こわいよ」

きゅっと手が握り込まれる。

「マイキー?」
「……今日病院行ってきた」
「えっ?病院…?誰かケガしたの?」
「パーちんのダチの彼女」

びっくりして足が止まる。
東卍の人はみんな、しょっちゅうどこかのチームの誰かとケガするから、てっきりわたしも知ってる誰かだと思ったら、全然知らない人だった。東卍パーちんのダチの彼女。パーちんの名前と実際にケガした人の関係性を聞いて、こないだ言ってた"関係ない人間にも平気で手を出す"が急に現実味を帯びてきた。

「ベル、暗くなったら絶対一人で出歩くなよ」
「…うん」

離れたくなくてマイキーと手をしっかり繋ぎ直した。

「昼間でもできるだけ一人になるな」
「うん、約束する」

それから家まではふたりとも黙ったまま帰った。
家に帰ってからケータイを見るとエマからメールがきていた。ハートの絵文字と一緒に「さっき玄関でちゅーしてた?」だって。してないよ!エマのばか!!

(20211026)


High Five!