2003年8月14日

「あ、しんいちろーくんっ」

すみっこでやすんでると、おそとのところにしんいちろーくんがいた。まえにおやすみしたから、ちょっとだけひさしぶり。はしってってしんいちろーくんのあしのところをぎゅってする。

「つむぎ元気になったんだな」
「うんっつむぎ げんきになったよ!」

しんいちろーくんにぎゅってしてほしいな。それで、ばんざいしたらだっこしてくれた!やったあ!

「しんいちろーくん、だいすきっ」

しんいちろーくんのほっぺたにちゅーした!えへへっ

*****

電話の鳴る音で目が覚めた。

久しぶりに小さいときの夢、みたな。
夢の中のわたしは保育所に通ってたくらいの小さな女の子で、道場の外の廊下を歩く真一郎くんを見つけて走って飛びついて抱っこをせがんだ。真一郎くんは「つむぎ、元気になったんだな」って微笑って抱っこしてくれた。あの頃はしょっちゅう風邪を引いてたから、そんな風にするのがいつもの挨拶みたいになっていた。抱っこしてくれるのがうれしくて、真一郎くんがだいすきで、見つけてついて回っては「しんいちろーくん、だいすきっ」って、真一郎くんに抱きついてはよくほっぺたにキスをしてたっけ。子どもって無邪気だ。恥ずかしげもなく、全力で好きな気持ちを表現できるから。大きくなった今、キスどころかマイキーにすきって一言さえも伝えられないんだもん。

ぼうっと昔のことを思い出してると、お母さんが深刻そうな声で電話を切るのが聞こえた。外は真っ暗だ。時計を見るとまだ4時にもなってない。圭介の部屋のふすまを開けると布団は空っぽだった。また圭介は抜け出してるらしい。こんな時間にかかってくるのは警察とか病院とか圭介絡みの電話くらいだ。居間の方に行くとお母さんがいつも使ってるカバンに財布と携帯を詰めてるとこだった。いつもみたいに圭介の迎えに行くんだろう。

「ごめん、つむぎ起きちゃったね」
「また圭介悪さしたの?」
「うん、ちょっとね」

お母さんの顔色が悪い。昨日も今日も残業したって言ってたのに。圭介は悪さばっかり!

「お母さん、大丈夫?顔真っ青だよ。疲れちゃった?」
「…うん、忙しかったからね、」
「ね、ほんとに大丈夫?わたしも一緒に行くよ」

着替えるのなんてすぐだ。服をとりに行こうとすると、お母さんに腕を捕まれた。冷たくて、震えてる。

「暗いし、危ないからつむぎはお家で待っててね。まだ早いから、寝てていいよ」

お母さんはわたしについてきてほしくないらしい。

「うん、わかった……じゃあ、圭介が帰ってきたらお母さんの代わりに叱ったげるね」
「……ありがとうね」

圭介大怪我でもしちゃったのかな…。お母さんはわたしのこと、ぎゅって抱きしめてから出かけていった。
お昼より前にお母さんはひとりで帰ってきた。お母さんとなにか話したんだけど、あまりよく覚えてない───

(20210612)


High Five!