2005年7月**日夏休みに入ってすぐ。一人ぼっちのごはんを食べて、やらないといけないことを済ませて、そろそろ寝ようかという時にエマから電話がかかってきた。マイキーとドラケンが大ゲンカをしたらしい。
「ふたりがケンカ?いつものことでしょ」
「違うの、いつもと違うの!」
パーちんが捕まって、そのことで集会をしたこと。マイキーとドラケンがケンカをはじめたこと。トップのふたりがヒートアップして止まらないから、マイキー派とドラケン派にチーム内が割れていること。
エマは途中から泣いていて話がいったりきたりしたけど、内容をまとめるとそんなところだ。
「ベル、ずっとケンカしたまんまだったらどうしよう……」
「……そんなの、いやだね」
ふたりなら大丈夫!
ってほんとは自信を持って言いたいけれど、元々がどれだけ仲がよくても一度拗れてしまうとなかなか仲直りってできないものだ。……それはわたしがよく知ってる。ケンカの当事者であるマイキーとドラケンよりも、ふたりを心配して泣いてるエマよりも、誰よりもずっと。
ふたりがケンカをしてからもう10日くらい経つ。あの日は夏休みに入ったばかりだったのにもう8月になる。
エマによるとふたりは相変わらずケンカをしたままらしく、あんなに毎日佐野家に出入りしていたドラケンはあれから一度も家に来てないらしい。最初はずっと落ち込んでいたエマも今ではすっかり落ち着いて、ふたりをどうやって仲直りさせるか息巻いている。エマからの又聞きだからケンカの原因なんてあまりよく分からないけど、どうにかふたりを会わせることが最初の課題だった。
東卍の集まりか他所の誰かとケンカしてるのか。佐野家に遊びに行ってもいないことが多いけど、暗くなってから帰ろうとするとマイキーは変わらず家まで送ってくれるし、ドラケンを見かけなくなったくらいで、わたしにもエマにも普通なのだ。そりゃまあ、ケンカの相手がわたしたちじゃないから当たり前かもしれないけど。だって、
わたしたちだってケンカ中のふたりは口を利かなくても他の交友関係は大きく変わっていないもの。まあ、わたしたちの場合は正確にはケンカと言えないものだし、わたしはエマと違ってあの日から東卍の集まりには一度も行っていないから、隊長たち以外にどんなメンバーがいるかなんて全く知らない。
夏休みに入ってからの何度めかの作戦会議で、武蔵祭りの登りを見かけた。それを見た時にほとんどふたり同時に似たことを思いついた。わたしたちがそれぞれマイキーとドラケンを誘って、こっそり待ち合わせて引き合わせるのだ。会った途端にまたケンカを始めるかもしれないけど、わたしたちが近くにいるとめちゃくちゃ大暴れはしないと思う。もしものためになんとか止めてくれそうなミツヤくんをこっそり呼ぶことにした。ほんとはもう一人くらいケンカを止めてくれそうな人手がほしいけど、わたしたちとそれなりに親しい隊長クラスなんてケンカの当事者を除けばミツヤくんくらいだ。ふたりが暴れてどうしようもなくなったら、ミツヤくんに一人抑えてもらって、残りのどちらかをふたりがかりで止めようって話になった。
「ねぇエマ、ドラケンにお祭りデートしよって誘いなよ」
「エッ!?」
「だってわたしがドラケンにデートとかふたりで出かけようって言ったら変だよ」
他の誰かと合流前とか別れたあとにふたりっきりになることはあっても、ほんとにふたりで出かけるなんて今まで一度もしたことない。そんなわたしが誘ったら何か企んでるなんて丸わかりだ。それにエマがドラケンのことすきなの知ってるのに、わたしがドラケンを誘うのはよくないとおもう。マイキーだってケンカ中とはいえ、エマがドラケンのことをすきなのは知ってるわけだし、今さらドラケンと出かけたところで怒らないはずだ。まあ、後から知ったらちょっと拗ねちゃうかもしれないけど。
「ケンちゃん、バイクとケンカのことしか頭にないんだよ」
「それは東卍のメンバーみんなそうだよ。真一郎くんとかもそうだったもん」
ケンカ=男の子たちの遊び、なのだ。お互いに殴ったり蹴ったりしてたはずなのに、次の日にはケロッとしてまた一緒にバイクを乗り回してる。……まあ、今回のマイキーとドラケンのケンカはいつもと違って長引いちゃってるんだけどさ。
「ドラケンは身内のみんなに優しいけど、前に他校の男の子たちに絡まれたときめちゃくちゃエマのこと気にしてたよ」
「あの時ベルだって助けてもらって……あっ!じゃあ、マイキーにはベルがデートって言うんだー?」
「でっ、デートっていうか…!」
さっきはしどろもどろだったエマがニヤッと笑った。あの時エマはドラケンに助けてもらってたけど、わたしはマイキーの背中に守ってもらったのを思い出した。でも、あれは子どもがオモチャをとられるのを嫌がるというか、自分の身内に絡まれたのが嫌だったのだ。わたしだけじゃなくてエマだってその対象だもの。
「だって、マイキーだよ?自分の身内にちょっかいかけられたから、子どもがオモチャとられて怒ってるのと一緒」
「マイキーは絶対ベルのことすきだよ」
「うっそだあー…そりゃ嫌われてないと思うけど、すきなんて言われたことないもん」
「子どもの時から甘々だったじゃん」
「マイキーはエマにだって甘いよ」
「そりゃ妹だもん。ウチが他の男の子といてもマイキーヤキモチなんて焼かないよ。ベルがずっとくっついてた真兄にも、バジにだって……」
不意に途切れた言葉のあと、エマは「ヤキモチ焼いてたよ」ってそっとつけ足した。
「……そうかな」
「そうだよ」
なんとなく気まずい沈黙が下りる。こういうの、オバケが通るって言うんだっけ。だったら、わたしたちを心配して真一郎くんが見に来たに違いない。
エマと意味もなく微笑いあって、「男の子って、よくわかんないね」って結論になった。
(20210816)
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High Five!