黒トリガー争奪戦

「なんか嫌な予感する…」
「げ、マジで?」
「まじの大まじ」

メノエイデスを立ち本部への通信連絡を終えたあたりから、だんだんと嫌な予感が募ってきた。愛真の勘は良くも悪くも的中する。サイドエフェクトに依るところが大きいけれど、愛真は幼少期から無意識に使い続けていたためか直感力は研ぎ澄まされていた。

「ねぇ当真くん、遠征艇動かすの止めてきて〜」
「いやいや、いくら当真さん凄くても無理だからな」
「勇お兄ちゃーん、おねがい〜」
「可愛い顔しても無理なもんはむ〜り〜」
「ぶうぶう」
「それ菊地原もやってたな。なに1年で流行ってんの?」

当真はそう言いながら膨らんだ頬を片手で潰しにかかる。冷めたい目をした真木から「それセクハラだから」とすかさず突っ込みが入った。当の愛真が気にしてないため、そこまで語気は強くはないが、この場に冬島がいれば恐怖に震えたに違いない。それくらい冷ややかな響きがあった。隊長である冬島は船酔いで随分前から横になっている。幸い当真に関しては、真木の琴線を心得ているので、「まじか。愛真の顔がいい感じに膨れてたからさ〜」なんて飄々としていた。



*****



「愛真、俺は冬島さんの代わりに報告行くから冬島さん連れてってやって」
「はーい、愛真りょーかい」

トリオン体とは便利なもので、通常の身体能力では愛真よりうんと体格のいい冬島を持ち上げるなんてできっこないのに、トリオン体に換装していればいとも簡単に持ち上げることができる。愛真はおんぶする要領ですっかりダウンしてしまった冬島の腕を肩に回した。重さはなんら問題ない。問題ないのだが、別の問題があった。

「いや、これ人選ミスよね。愛真埋もれてるし」
「理佐ちゃん、そんなこと言ってないで助けて〜」
「しゃあない、足持ってやるか」

さすがに膝より下が引き摺られる姿は憚られたのか、真木が両足を持つことで冬島が廊下を引き摺られることは免れた。とはいえ、女子高生二人に抱えられるというなんとも情けない成人男性である。隊室までの道中に人に見られることがなかったのは冬島にとって不幸中の幸いか。
隊室に着くと二人でベイルアウト用のマットまで運び込み、当真の昼寝用ブランケットを持ち出してかけてやった。

「冬島さん自分でトリガーオフできるかな?」
「オフできても余計気分悪くなるんじゃない?」
「あー、そっか。いつもどうしてたっけ?」
「放置よ、放置」
「はーい、愛真りょーかい」

真木は慣れたものでさっさと自室へ戻って荷物の整理をし始めている。愛真もそれに倣っていつでも帰れるようにと身支度を始めた。遠征となると長い間家を空けることになるから早く帰りたくてしかたなかった。ホームシックというほどではないけれど、家族が恋しいことに変わりはない。

「そういえば帰る前に散々嫌がってたけど、あれなんだったの?」
「うーん…なんかヤな感じするんだよね…なんだろ、帰ってきたばっかだけど任務とかかな?あ、やばいほんとにそんな気がしてきた…」

口に出すとぼんやりとした曖昧な感覚が確信めいたものに変わっていく。せっかく久しぶりに帰ってきたのに、家に帰れるのはいつになるんだろう。そう思いながらソファに項垂れた。

「あーあんた寂しがりだもんね」
「寂しがりっていうか…理佐ちゃんいるし、冬島さんも当真くんもいるし…全然平気けど……いや、だって家族に会いたいじゃん!」

照れくさくなって言い訳を放棄した愛真を真木は「ハイ。カワイイカワイイ」なんて揶揄った。

「あーもう、理佐ちゃんお茶!お茶淹れよ、お茶!!」
「紅茶にしよ。ちょっと前にもらったやつ」

あんまり揶揄いが過ぎると愛真が拗ねることを心得ている上、真木もそこまで構いたがりではないため愛真の苦肉の策にあっさりと乗った。愛真の機嫌もすっかり治ったようで、"愛真のおかし!!"と書いた箱の中を「冬島さんもいるかな〜?」なんて言いながらがさがさ漁っていた。真木はヤカンを火にかけながら「今日は無理でしょ」なんてばっさり切り捨てる。
紅茶に合わせてクッキーとチョコレートの袋を掴んでお皿に盛っていると、当真が戻ってきた。

「あ、当真くんおかえり〜」
「おう。お、なにお茶すんの?俺も混ざろ〜」
「あ!つまみ食い禁止ー!!」

理佐ちゃんまだ準備してくれてるのに!
そう思ながら戻ってくるなり伸びてきた手を叩いたけれど、反対側の手が伸びてきた。食い意地が悪い。「理佐ちゃん!」ムッとして頼りになるお姉さんを振り返ったけれど「あいつは子どもだから愛真が大人になってやりな」と諭された。

理佐ちゃん、今日もクール…

やり場のなくなった思いを誤魔化すようにもごもごと呟いた。
ローテーブルを囲んでいつもの定位置につく。

「遅かったけどなんだったの?」
「あー夜に任務入ったんだよ」
「愛真大正解じゃん」
「う、嬉しくない〜…お家に帰りたい〜…」
「愛真もこれ食ったら昼寝だな〜」

むしゃくしゃしながらチョコレートの包み紙を開けた。

(20200123)
(20220305)


High Five!