黒トリガー争奪戦2

「…もう帰っていい?」
「えーなんで?お前も近界民ネイバーとやりたいだろー?」
「どっちかって言うと知らない近界民ネイバーよりも慶くんとやりたい」
「お?まじ?明日やろーぜ」
「家で過ごすから無理!!」

そもそも今ごろ家族とゆっくり過ごしているはずだったのだ。普段なら遠征から戻ればすぐに家族や友人たちに帰ってきた旨をメールや電話で伝えるのに、夜に任務があると言われたから、母親と隣に住む従兄には三門に着いたけれど家に帰るのは遅くなりそうだと伝えた。
ある程度事情の通じる他のボーダー内の友人には帰ってきたことを伝えられたけれど、学校の友人たちにはまだ誰にも遠征から帰ってきたことを伝えられていなかった。それがまたもどかしい。
愛真だってお給料をもらっているし任務と言われてしまえば仕方ないので、大人しく仮眠と食事を挟んでから当真と連れ立って集合場所へ行った。そこへは昼間に別れた遠征メンバーに加えて三輪隊もおり、A級上位部隊が勢揃いしていた。改めて任務内容の確認ということで告げられた内容は"玉狛にある黒トリガーの奪取"だった。当真から聞いていた話と少し違ったから、むくむくと反抗心が沸いてくる。

「てかなんで玉狛行くの?近界民ネイバーが持ってる黒トリガー奪いにいくって言ってなかった?」
「なんだよ当真説明してなかったのかよ」
「いや玉狛出入りしてるやつなんて説明したら来ないっすからね、こいつ」

知ってるでしょ、なんて太刀川に言いながらぽんぽんと軽く頭を叩いてくる当真の手を愛真は煩わしく思い身じろぎして離れた。目的の近界民ネイバーがどういう人物かはわからないけれど、玉狛支部を出入りしているということは同盟とか契約とか何かしら玉狛支部の庇護下にあるということだ。愛真は本部所属ではあるけれど、古くからのボーダー隊員であり玉狛支部の面々とも仲がいいから彼らの心証が悪くなるようなことはしたくないのだ。特に大親友の小南はこういうことでかなり機嫌を損ねてしまう。嫌な予感は任務のせいだけじゃなかった。むくれる愛真の耳にため息が聞こえてくる。

「愛真、これは城戸司令から直々の任務だ。お前の気持ちも分かるが黙って従え」
「…はーい」

渋々返事をする愛真に「まったく風間さんを困らせないでよね」なんて今度は菊地原から小言が飛んできた。愛真も組織の人間としてよくない態度だと思ったので、そこは素直に謝っておいた。風間さんごめんなさい、と。すぐに「え、俺には謝らないの?」とかなんとか口々に纏わり付いてくる太刀川と当真の二人を無視したものの、少し離れたところにいる三輪が怖い顔をして睨みつけてくるものだから怖くなって二人の陰に隠れた。二人とも体格がいいので怖い顔はすぐに見えなくなった。普段は特に仲が悪いとは思わないけれど、玉狛が絡むと三輪は怖くなる。


*****


襲撃地点へ向かって三輪を先頭に走っていると太刀川から声をかけられた。

「愛真、今なにセットしてんの?」
「帰ってきたばっかだからいじってないよ。サポートメイン」
観測手スポッターに寄せてんのか」
「うん」

決まったトリガーを固定して使う隊員が多いが、愛真は作戦によってこまめにトリガーを変える隊員だった。好奇心と勘の良さが相俟って器用にいくつものトリガーを使いこなしていた。個人ランクこそ攻撃手アタッカーとして上位に位置しているけれど、ランク戦が始まった頃にずっと使っていた弧月での貯金だ。今ではその弧月も太刀川と個人ランク戦をする時くらいにしか使っていないのでランクはずるずる下がりつつある。
今回の任務は元々近界人ネイバーから黒トリガーを奪うとしか聞いていなかったから、逃げるようであればスタアメーカーでマークを付けて強化レーダーを使って全員に情報共有をするつもりでいた。観測手スポッターに寄せた射手シューターのトリガーセットは遠征でよく行うものだった。

「じゃあ俺はいらねーからてきとーにやっといて」
「は?いらないって何!?慶くん蜂の巣にするから!!」

射手シューター用トリガーが含まれているとはいえ、あくまで近界民ネイバー逃走時の補助に比重を置いているトリガーセットが太刀川は気にくわなかったらしい。他の隊員なら歓迎してくれる愛真の精密な弾道を太刀川は邪険にする。というよりも、彼の場合は兄弟弟子揃って弧月を振り回したいというべきか。
軽口とはいえ言い方に腹が立ったので愛真は子どもの喧嘩のように返していた。太刀川には「明日ランク戦な」なんて都合のいい解釈をされたので、それには返さず無視をした。

必要な情報を得て愛真への関心も薄れたようで、今度は「疲れるからゆっくり走れ」と先頭を行く三輪に絡んでいる。昔っから自分勝手で子どもみたい、なんて愛真が内心思っていると、あんなにヘラヘラしていた太刀川が突然真面目な声音で「止まれ!」と部隊の行く手を制した。言われるままに足を止めれば三輪が低く何かを呟く声と「なるほど、そうくるか」と少し楽しそうな太刀川の声がした。

(20200129)
(20220305)


High Five!