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体を揺すられ、微睡んでいた意識が浮上していく。

「俊典さん」と澄み通った高い声が降ってきた。その声に応えるようにゆっくりと目を開ければ、赤い瞳と視線が絡む。
卯依と名を呼ぶと、肩に触れていた手がそっと離れた。ゆっくりと起き上がれば腹の引きつった肌が痛む。悟られないように布団を腕で寄せて誤魔化せば、卯依は少し眉を動かしてから視線を逸らした。

「私、もう学校に行くから。ご飯は用意できてる。お昼のお弁当も。ちゃんと食べて」

卯依は学校指定のジャンパースカートを着て、鞄を手にしていた。屈めていた背を伸ばして言った卯依に「ああ」と答えて、壁掛けの時計に視線を向けた。いつもより遅い起床時間を示す時計を見上げる私を横目に、卯依はベッドから離れて窓際に向かった。

「今日は訓練があるから帰りが遅いと思う。送ってもらうから心配しないで」

窓台に置かれた花瓶に触れた卯依の背に、分かったと言葉を投げかける。卯依は花の状態をじっと確認してから再び窓から離れて廊下に通じる扉へと向かった。

「卯依」

戸を開けて出ていこうとした卯依を引き止める。まっすぐに下ろされた白い髪が揺れ、赤い瞳がこちらに向けられた。

「気をつけて」

胸元で結ばれた赤いリボンに視線を落としつつ言えば、卯依は「俊典さんも」と言い残し、部屋を出て行った。時間が空いて、玄関の戸が開き再び閉じる音も聞こえる。

私はゆっくりとベッドから足を降ろし立ち上がった。寝室を出て廊下を進み、リビングにと足を踏み入れる。テーブルに用意された私用の食事と華やかに飾られた花瓶。カウンターテーブルにはピンク色のランチクロスに包まれた小さなお弁当箱。それを通り過ぎてベランダへと出れば、爽やかな風が吹き私の髪を揺らした。そっと手すりから顔を覗かせはるか下を見れば、地上を歩く白髪の少女が居る。長い髪が風でなびき、陽の光に照らされて輝いているのがここからでも見て分かる。

「ゼファー、見てるかい」

友人の名を声に出したのは無意識だった。何故か人は返事が来る筈もないのに、こうして故人への言葉を口にしてしまうものだ。

「来年はもう高校生だ。時が過ぎるのは早いな」

きっと君も、彼女の傍らで、その成長を見届けたかっただろう。

あの事件から九年が経った。こうして一緒に暮らすようになってからは五年が経過している。あの頃の私は、こうして一緒に住むことになるとは予想もしていなかっただろう。

卯依が歩道を曲がり視界から消える。料理が冷めないうちに早く食べてしまおう。訳あって多くは食べられないが、医者の助言を聞いた卯依が作る料理は絶品だ。部屋へと戻り、ゆっくりと食事をしていた私がテレビをつけるとある報道が耳に届いた。近所の銀行に強盗が押し入ったというニュース。ほぼ条件反射で銀行に出向き強盗犯を捕らえてインタビューに答えている最中、ふと中途半端にテーブルに置いてきてしまった皿のことを思い出す。
それと残してきたお弁当のことも。

活動限界のこともある。そしてなにより食事を疎かにすると卯依がものすごく怒る。卯依が怒るとご機嫌を取るのに苦労するんだ、と取材陣の方に説明することもできないので、私は適当な理由をつけてその場を去った。

起床してからそう時間も経っていない間に事件を解決したと卯依が知ったら、また怒られてしまうかもしれない。

No.1ヒーローの私が、ふた回り以上年の離れた同居人の説教を恐れているとは、この世の誰も知らない話だ。