3


学校から帰り、着替えてから買い物へ出かけ家に帰宅すると俊典さんが居た。私より先に帰っているなんて珍しいと思ったけれど、ゆっくり体を休めてくれるならそれに越したことはない。買い物袋を下ろして声をかければ、何やら言いづらそうに彼は口を開いた。






「雄英高校の教師に?」
「そうなんだ……根津校長からお声をかけて頂いてね」

俊典さんがそう言って咳払いをする。血を吐いていないかどうかを気にしつつ、私は俊典さんから手渡された書類に目を通した。

「卯依も是非ヒーロー科を受けないか、と」
「でも俊典さんは反対な訳ね」

私が書類から目を離さずにそう言えば、頭上から困ったような唸る声が聞こえた。五年前に公安の“個性”訓練を受けると決めた時も、俊典さんはずっと反対していた。あの時の血気迫る表情はよく覚えている。

「公安の上層部は認めてくれると思う。私がヒーローになるなら、どこの学校へ進んでも良いって前に言ってたし」
「……」
「ナイトアイも私が行きたいと言えば許可してくれる」

後見人の名前を聞いて、すっかり黙ってしまった俊典さんに呆れてため息を吐いた。顔をあげれば思い悩んだような表情をした彼が視界に映る。

「校長があんたを教師にって提案したのは活動限界のこともあるだろうけど、次の後継者を雄英の生徒から選んでほしいっていう考えがあるからでしょ」
「相変わらず、勘が鋭いね」
「俊典さん、前に言ってたじゃん。次の人の力になって欲しいって。なら、同じ学校に居たほうが都合いい」
「……ああ」

ついには視線を落としてしまった俊典さんを放置して、書類を手に立ち上がる。


「とりあえず明日先生に相談してみる」
「……」
「そんなに嫌なら、私が試験に落ちるように祈っとけば?」
「そんなことはしないさ」

そんな言葉を背中で受け止めつつ、自室へと戻ってスクールバッグに書類を仕舞う。ふと部屋を見渡して、来年のことを考えた。もしも雄英の生徒になるのだとしたら。

リビングへ戻ると、俊典さんは大きな背を丸めて何かを考えるように指を組んでいた。どうせ聞いたって答えてはくれないだろう。そう判断して晩御飯の支度に取り掛かる。




それから向かい合って食事をしていて、少し前に考えていたことを思い出した。早めに言っておいたほうがいいだろうと俊典さんの名前を呼べば、もぐもぐと口を動かしたままの彼がこちらを向いた。


「もしも同じ高校の教師と生徒になるなら、同居はやめたほうがいいよね」
「……ン?」
「バレたら面倒だし、受かったら私は出てくよ」

俊典さんは口の中にあったものをぐっと飲み込んで、言葉を探すように視線を逸らしてから言った。

「出ていって、そのあとは?」
「生家に戻る」
「!?」

驚きのあまり血を吐きそうになっている俊典さんにコップの水を差し出してから、右手に持っていた箸を置いた。ひしひしと感じる視線から逃げるようにお皿の上の料理を見つめながら、公安から行ってもいい許可が出たことを告げる。

九年前のあの事件が起きるまで私が住んでいた家。

私の精神状態を鑑みて、これまでずっと許可が下りなかったのだ。机の引き出しには公安から渡された生家の鍵が入っている。俊典さんにすぐに伝えなかったのは、話すきっかけが掴めなかったからだった。言ったらきっと

「大丈夫かい?」

心配させてしまうと思ったから。

「……うん」

案の定眉を下げてこちらを伺う俊典さんに、もう一度「平気」と答える。

「今度の休みに行ってくる。先に言うけど付き添いとか必要ないから、道は覚えてる」

そっけなく言った私に、俊典さんは小さく「分かった」と答えた。

私たちはお互いが隠し事をしていることを知っている。それでもこうして傍に居るのは、言えない事情があるということを理解しているからだ。

私は俊典さんに、これからもたくさんの隠し事をするだろう。それはこの人に、これ以上の傷を負って欲しくないからだ。私の傷を背負わせたくはないから。


鍵を受け取った時に手が震えたことも、未だに両親の写真すら見れないことも、私は一生話すことはないだろう。