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脳無と呼ばれた異形の敵が突然駆け出す。一瞬で視界が土埃で覆われ、目を閉じた。再び目を開けたとき、真っ先に視界に映ったのは卯依ちゃんの背中だった。両腕をまっすぐ突き出した卯依ちゃんと僕たち全員を覆うように、白いシャボン玉のような膜が張られている。見たことがある、これはゼファーも使っていたバリアだ。

卯依ちゃんの正面には異形敵が居た。そいつはかっちゃんを狙っていたようで、卯依ちゃんの後ろにはかっちゃんと、助けに飛んだオールマイトが居る。

敵は防がれた拳をバリアから離し、再びパンチを繰り出す。けたたましい破裂音が続き、敵は攻撃を緩める気配がない。ゼファーのバリアは決して破られることが無い鉄壁の護りとして有名だった。番組の企画で行われたオールマイトのパンチすら防いだのだから、その強度は世界一と言ってもいいだろう。だけど、卯依ちゃんは顔を俯かせていて、少し様子がおかしかった。敵の攻撃を受けて卯依ちゃんの足が一歩下がる。精一杯踏ん張っているようで、今にも崩れてしまいそうだった。

「卯依!!」

半透明だったバリアが、卯依ちゃんの前方だけ赤く染まる。卯依ちゃんの腕も熱されているように赤くなっていくのに気付いた直後、オールマイトが叫んだ。かっちゃんが拘束していたワープゲートの敵のもやが、卯依ちゃんの足元に迫っていたからだ。

「―――!」

卯依ちゃんの両足がワープの穴に落ち、体のバランスが崩れる。その瞬間にバリアは消えて敵の攻撃が卯依ちゃんに向けて繰り出された。

「卯依ちゃ―――ッ!!!」

爆風で僕たちは後ろへと飛ばされる。地面に叩きつけられ、すぐに顔をあげた。卯依ちゃんが居た場所には誰も居らず、すぐ横にワープゲートの敵が倒れているだけだった。周囲を見渡すと、少し離れた位置にかっちゃんと二人、座り込んでいる。目立った怪我をしている様子は無かった。そのことに胸を撫で下ろし、オールマイトへと視線を向ける。

オールマイトは卯依ちゃんを庇って敵の攻撃を受けたようで、血を吐いていた。

「加減を知らんのか……」
「仲間を救ける為さ、しかたないだろ? さっきだってホラそこに……あー地味なやつ。あいつが俺に思いっ切り殴りかかろうとしたぜ?」

突然自分を指さされ、肩に力が入る。

「他が為に振るう暴力は美談になるんだ、そうだろ? ヒーロー?」

手をあちこちにつけた不気味な様相の敵は、腕を広げて語り始めた。

「俺はなオールマイト! 怒ってるんだ! 同じ暴力がヒーローと敵でカテゴライズされ、善し悪しが決まるこの世の中に!! 何が平和の象徴!! 所詮抑圧の為の暴力装置だおまえは! 暴力は暴力しか生まないのだと、お前を殺すことで世に知らしめるのさ!」
「めちゃくちゃだな、そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの。自分が楽しみたいだけだろ、嘘つきめ」

オールマイトの言葉に、敵は目を弓なりに変えて笑った。その笑みに背筋が凍る。けど、怖気づいてなんていられない、と手に力を込めた。

「3対6だ」
「モヤの弱点はかっちゃんが暴いた……!」

かっちゃんと卯依ちゃんも立ち上がり、全員が並ぶ。切島くんが「オールマイトのサポートをすれば撃退できる」と口にすると、間髪入れずにダメだ、と止められてしまった。時間が残っていないということを思わず口走ると、オールマイトは「プロの本気を見ていなさい!」と拳を握った。



▲ ▽



火照るような痛みが両手を襲う。グローブからはみ出た部分は真っ赤になっていた。それを自分の視界から隠すように握り、立ち上がる。視界の先で、俊典さんは苦しげに血を吐いていた。

俊典さんに助けられた、よりにもよって、この状況で、怪我を負わせた―――私のせいで

「お前を殺すことで世に知らしめるのさ!」

水中に居るように、敵の言葉がぼやけて耳を通り抜ける。その中でひとつだけはっきりと聞こえた言葉に、マグマのような激しい怒りに駆られた。感覚が無くなるほど強く握っていた拳に気付かないで、敵を睨み付けていた私の名前を呼ぶ声がした。

「大丈夫!!」

はっきり聞こえたその声に、私は何も言えずにいる。俊典さんはいつもの笑顔を浮かべて敵へと立ち向かっていった。その背を見ていることしかできない。それが嫌でこの六年、必死で訓練を受けていたのに。

俊典さんと異形敵の拳同士がぶつかり、凄まじい風圧が襲いかかってくる。ショック吸収の“個性”相手に、真っ向からの殴り合い。驚いた出久の声が聞こえた。

「“無効”でなく“吸収ならば”!! 限度があるんじゃないか!?」

何度も拳が叩きつけられる鈍い音が響く。きっともう限界に近いだろうに、俊典さんが力を緩める気配はない。

「私の100%を耐えるなら!! さらに上からねじふせよう!!」

俊典さんの口から血が吐き出されるのが見える。先ほど抉られた傷だって軽いものじゃないのに。正直目を逸らしたくなった。

「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!

敵よ、こんな言葉を知ってるか!!?」

ボロボロになって、たったひとりで戦う俊典さんと、ただ見守ることしかできない自分。この六年で嫌というほど見てきた光景に悔しさで震える。滲んだ視界にぐっと歯を食いしばって堪えた。

俊典さんは傷だらけで笑う。
いつもみたいに。

空に向かって振り上げられた拳が敵の腹部に突き刺さる。
それと同時に一歩を踏み出した。

「“Plus Ultra更に向こうへ”!!」